西岡良仁ら多くの日本男子が自己最高を更新! 高田充・日本男子ナショナルヘッドコーチに聞く2023年シーズン「日本人同士で刺激し合った」

高田充・日本男子ナショナルチームヘッドコーチ「日本人選手同士で刺激し合ったところが大きい」

2024年シーズンも間近に迫る男子ツアーだが、2023年シーズンの日本男子は西岡良仁(ミキハウス)やダニエル太郎(エイブル)らだけでなく、若手が共に成長を見せた1年であったように思う。西岡が自己最高となる24位を記録し、ダニエル太郎(エイブル)はキャリアを通じて最高の75位でシーズン終了。そして、新たな顔としては、綿貫陽介(SBCメディカルグループ)がトップ100入りを果たし、一時は72位までランキングを上げ、望月慎太郎(木下グループ)は「木下グループジャパンオープン」(東京・有明/ATP500)4強入りでキャリアハイの129位となった。彼らの活躍を間近で見てきた日本テニス協会強化本部ナショナルチーム男子ヘッドコーチを務める高田充コーチに今年を振り返ってもらうとともに、復帰初戦でチャレンジャー優勝を果たしたものの再び怪我で試合から遠ざかっている錦織圭(ユニクロ)について語ってもらった。

――最初に2023年の日本男子ナショナルチームを振り返っていただけますでしょうか。

「全体的には今年キャリアハイを更新した選手が多くて、西岡良二が全豪オープンと全仏オープンで4回戦進出を果たし、10月にはツアー準優勝(中国・珠海)がありました。全仏終了後にはキャリアハイ24位になり、綿貫陽介が72位、望月慎太郎が129位、島袋将(有沢製作所)が135位、内田海智(富士薬品)が147位、清水悠太(三菱電機)が203位を記録しています。そこにキャリアハイではないけれどダニエル太郎が75位となっています」

――6人の選手がキャリアハイを記録した今年、その要因となることがあれば教えてください。

「日本人選手同士で刺激し合ったというところが大きいと思います。西岡がグランドスラムで2度の4回戦進出があったことは、日本人トップとして結果を残せるんだというところを見せてもらいました。その中で綿貫や島袋、望月、清水を強化していくという目標があったのですが、最初に島袋がチャレンジャー(タイ・ノンタブリー)を優勝し、次にクレーコート(イタリア・バルレッタ)で望月が優勝。また、綿貫は全豪の予選を勝ち抜いてグランドスラム本戦初出場を果たし、本戦1回戦も勝った。3月にはマイアミオープン予選をクリアして2回戦に勝ち上がりました。みんなが刺激し合った中で、グランドスラムやマスターズ大会で勝ちを重ねることができるようになり、ダニエルも綿貫が100位以内に入ったことで負けられない!というのはあったと思います」

――今年は成果を挙げたと感じていますか。

「そうですね、これだけのメンバーがキャリアハイを更新するというのはあまりないことだと思います。ナショナルチームのネクストジェネレーションとして、この4人(綿貫、望月、島袋、清水)の強化メンバーをツアーの中でもサポートしてきたので、成果といえばそう言えるのではないでしょうか」

――昨年の全米オープン時のインタビューでは「ここ4、5年で100位以内に4~5人いることが目標」ということでしたが、既に2年足らずして目標に近づいています。

「(100位以内に)本当に2~3年というふうに思っていて、年初めに全員に目標設定を決めました。例えば、綿貫(シーズン当初のランキングは140位)に関しては、80位ぐらいを目標にしそれに対して逆算したところから、何が必要なのかというところから始まりました。大会を選ぶこともそうですが、怪我をしないフィジカルに加えて、レベルが上がってくる中での身体の強さも必要。それに戦術やプレースタイルを見直した取り組みも含め、80位はハッパをかけたランキングでした。結果的にキャリアハイ72位となり、最終的には99位ですが現実になりました」

「これまでの感覚からすると140~150位ぐらいから100位を切るというのは、簡単なことではなくて、出場する大会のレベルが高くなっていきます。もちろん『レベルの高い大会にチャレンジしたい』という気持ちも選手の中でありますが、ツアーレベルになると一段とレベルが上がり、そこのメンバーに勝ってポイントを重ねていくことは難しいと考えていました」

「というのもチャレンジャーで1回優勝してポン!と150位ぐらいになったとしても、そこから上を目指すとなると、さらにチャレンジャーで2回優勝とツアーでベスト4というジャンプアップがないと100位以内は入ることができない。通常は1年ぐらいもがいてその次の年に突破という現実的にはそうなのかなと思っていました。それが今年は取り組みとしていい形でできたように思います」

――成果を積み上げて結果につなげていくプロセスが実を結んだことについての要因を教えてください。

「このメンバーは、良い悪いは別として新型コロナの影響でアジアの大会が少なくなったことによって、アメリカやヨーロッパに出て行くことが多くなってからこの成績なので、ちゃんと“世界が見えている”。以前は、アジアで稼いだポイントでランキングを上げ、欧米へ向かう傾向がありましたが、常にそこでやってきた中でコーチも含めて選手自身も周りが見えているように思います。特にフィジカル面を重視して取り組むようになったというのは、世界を間近に見ているからこそだと思います」

「(ナショナルチームの)合宿でも個々の目標は異なり、取り組み方もそれぞれ違うのだけれど、そういう意味では“チーム”を作る形というのはちゃんとコーチ、フィジカルトレーナーと向き合い、選手も世界の選手たち対峙した中での取り組みに慣れてきたように感じます」

――コロナ以後、テニスがまた一気にスピード化した印象がありますが、来年以降のテニスの流れについてはどのようにお考えでしょうか。

「以前は100位以内に30代以上が40人以上を占めていましたが、現在は21人となっています。10代や20代前半に占める割合が上がっていて、そういう意味では世代交代の流れになってきているような印象です。トップ10にはジョコビッチ以外の30代の姿はなく、今の世代のスピードテニスは今後も加速していくように思います」

――アメリカ男子テニスも一時的にトップ30にランクインできないということもありましたが、現在大躍進を遂げています。

「アメリカのテニスの流れも現在の日本男子と似ている部分があるように思います。フリッツやポール、ティアフォーらが競い合っている。『あいつが行くなら!』というように。日本も元はと言えば、(錦織)圭が先に出てきて『あの身長で』『あの体格で』『俺ももしかしたらできるんじゃないか』というような流れがありました。松岡(修造)さんしかそれまでいなくて、身長がないと難しいと思われていたところから添田(豪、現デビスカップ監督)とか伊藤(竜馬)、杉田(祐一)がそれをクリアした時にいける!と心の壁が破られました」

「アメリカも30位以内に入っている選手が現在5人いますが、その中から来年のパリ五輪の米国代表に漏れる(各国最大4人まで)選手がいることも事実。またシェルトンの活躍で大学上がりでもツアーで活躍できる流れになってきているように思います」

――錦織圭選手について高田コーチが現在感じていることをお話しいただけますでしょうか。

「最近までずっと日本で滞在していて、リハビリや練習など苦しんでいる姿や地道にやっている姿をずっと一緒に見ています。時間はかかっていますが、徐々にやれることが増えてきている感じが見えてきています。慎重にならざるを得ないところですが、どこかでそれを振り切れるような気がしています。基本的な練習をしているのですが、ボールの質の高さは現在のツアーレベルと比較してもやっぱりすごいなと思います。身体さえ、というのはもちろん一番でありますが、本人も辛いと思うし周りのサポートしているチームも苦しいと思います。まだまだモチベーションを持ってやっているので、我々もできる限りサポートしていきたいという想いがあります」

――先に開催された慶應チャレンジャーや松山チャレンジャーなど日本における「テニス熱」についてどうお感じになられましたか。

「観客は年々増えてきているように思います。ジャパンオープンで望月が頑張ったことや島袋、ダニエルも奮闘したことは大きくて、今年は試合を観戦される方が多かったですね。圭が出場しないことが決まった時にどうなるかと大会側も心配していたと思いますが、それでも多くの方々に観戦していただけました」

「神戸チャレンジャーは例年、土日は観客でいっぱいになるのですが(3,000人規模の観客動員)今年は慎太郎の活躍で平日も同じようなことがありました。ジャパンオープンも日本人以外の観客もある中でテニス熱というのはあると思います」

――錦織選手や大坂なおみ選手の活躍により「フィーバー」が起こった後に少し心配となるところではありましたが、日本男子の活躍により「テニス熱」が継続していく流れになっているように思います。

「個人的にももう一度、圭には頑張って欲しいですね。やっぱりというか圭の存在は大きくて全然違うものを与えてくれます」

――その違いというものは何でしょうか。

「言わずもがな世界4位までいき、グランドスラムであれだけ活躍したことのある選手。フィジカルが万全であればコンスタントにグランドスラム8強入りし、全米オープン準優勝やリオ五輪銅メダリストというのは特別です。彼がテニス界のみならず日本のスポーツ界全体へ与える影響は大きい。あの身体で海外の大きな選手と戦って倒していく姿も日本人として親近感に似た感覚を覚え、勇気をもらえるところにもあると思います」

――これまで多くの選手と携わって来られた高田コーチの「世界基準」のようなものがあれば教えてください。

「選手それぞれのキャラクターがあり、その人が持っている“武器”をどう活かしていくか、ということを一番に考えています。西岡と綿貫とは全く違いますし、左利き同士で背丈も同じくらいの西岡と清水が似ているテニスをするかと言えばそれも全然違います。清水は清水の良さをどう生かししてどう伸ばしていくかというのが大事だと思っています。そこの能力を伸ばして、高めていきたいと思っています」

――ポテンシャルを最大限に引き上げて生かそうとする中でアドバイスが出てくる。

「去年から綿貫に帯同している中で『こういう部分ではトップとやり合えるものはある』、『これが全部出ればトップ10に勝つチャンスもあるよ』と伝えています。実際にトップ10~20にもいい試合ができて、8月にはオジェ・アリアシム(当時世界ランク12位)にも勝ちました。いい試合ができるということはそこまでのポテンシャルがあるということなので、このいい部分をさらに上げていき、課題となるところを詰めていく作業になります」

「トップの人達より優れている部分もあるし、見えているところをいかにレベルアップさせるか、ポテンシャルを最大に高めていけるかということに尽きると思います」

――新しい分野にトライしないといけないリスクに対して、それを進めることで調子を落としてしまったことなどはありますか?

「新しい部分というより、その選手が持っている良い部分にフォーカスするようにしています。例えば前の試合で良いところが20%しか出ていないとしたら、それを30%にしていくというイメージですね」

「これまでのことで言えば、2年前は綿貫のポジションが後ろでとにかくディフェンシブ。あれだけの攻撃力を持っていながら、その殻を破れないことがありました。それで勝ってきているので(綿貫本人は)変えたくないんですよね。リターンも下がって、安全に返すことで相手にプレッシャーをかけたいと考えるのもわかりますが、ベースラインの中に入って打つことによって相手にプレッシャーをかけていこう!とギャップを埋めることが大変でした」

「攻撃的にプレーする能力を持っているということを綿貫本人も気がついているし、周りも気がついている。彼にダブルスをやらせてみるとリターンで絶対に下がらないんです。それをなぜシングルスで使わないのか?と問うのですが、『エラーが出てしまう』というリスクと前に入ってリターンができた場合でもそれが『甘いとその次でやられてしまう』というネガティブなところでリスクヘッジしている。ですが、1回成功してくると『あれっ?』って気づいてくる。それが彼にとっては新しいことかもしれないし、チャレンジするまで我々コーチが誘導し、彼が本当にいい!と思えるまでは少し時間がかかったかもしれないですね」

昨年準優勝だった「横浜慶應チャレンジャー」で優勝した綿貫陽介をねぎらう高田充コーチ

「去年のチャレンジャーで綿貫が優勝2回、準優勝1回という成績を出しました。これで140位ぐらいまで上がりましたが、その時の1週目(慶應チャレンジャー)の決勝では(ポジションが)下がって結果が出なかった。試合が翌週も続いているおかげで、次も試す機会があり、それが課題克服に向けた取り組みとしては効果的だったように思います。練習でできても試合になるとできないとなると自信にならないということはあります。実戦で試し、結果が出てはじめて彼も『これでいける!』と感じたのだと思っています。そういう意味で失敗してもトライし続けて身につけたものは大きいと思います」

――そういう意味で選手との信頼関係の構築は大事で、その立ち位置はコーチをしている方々の共通の悩みでもあると思います。高田さんにとって理想のコーチ像みたいな方はいらっしゃいますか?

「選手との押し引きや経験もあるので距離感というところは大事にしています。私にとってこの人という理想はないのですが、杉山愛とツアーを回っていた頃は、お母様の杉山芙沙子さんがコーチをしていた時に、(お母様が)テニスプレーヤーではなかったのですが、明らかに違う視点から見ていた。我々が当たり前だと思うことをズバッと言ったりすることは、テニス経験者からは想像できないアドバイスであったりすることに刺激を受けました。そのほかにも私が大学時代にお世話になった堀内昌一さん(亜細亜大学総監督)はいろいろアイディアを出しますし、竹内映二さん(竹内庭球研究所)はナショナルチームに私が入った最初の数年間にご一緒させていただきましたが、当時の世界トップを見た中で日本人でもトップ100にいけると確信していました。植田実(デビスカップ、フェドカップ監督などを歴任)さんからは選手に伝える言葉などテニスに取り組む情熱を学びました。いろんなコーチからたくさんの刺激を受け、今に生かしています」

――テニスに対するコーチ目線での面白さを表現できるとすれば何かお伝え願えますでしょうか。

「(どの選手を見るか)タイミングもある中で、才能に溢れた選手たちを見させてもらっています。先ほどのお話と重なるようですが、その才能をどう開花させていくかというところに面白さがあります。日本のジュニアもそうですが、みんなタレントがある子が多いと感じていて、トップの子は世界でも活躍できる才能を持ち合わせていると思います。その中で「本気」でやっていける子が多くいて欲しいですね、15歳~18歳ぐらいまではテニスが生活の中心になるほどプレーする量も必要なことだと思います」

――2024年日本男子の展望や目標があればお願い致します。

「来年パリ五輪があります。ここに各国4人までは出場できるので最大数の4人を連れていきたいです。残り半年ぐらいの期間となりますが、出場枠をかけて日本代表も熾烈な競争があっても良いかと思います。もう一つ、今年は綿貫が100位以内に入りましたが、彼に続いて望月や島袋などもう1人入ることですね」

――来年の活躍を楽しみにしております。ありがとうございました。

© 株式会社キャピタルスポーツ