「未来の松山英樹」を育てるコーチング/プロコーチ黒宮幹仁 2023年の歩み(後編)

黒宮は月に一度福井を訪れてジュニアゴルファーを指導する(撮影/服部謙二郎)

松山英樹、畑岡奈紗らを指導するプロコーチ、黒宮幹仁は毎月、母校の福井工大福井中高ゴルフ部を訪れる。ツアー選手に帯同する傍ら、ジュニア選手にもレッスンを行う意図と内容はいかなるものか。日常を探りに福井に足を運んだ。(聞き手・構成/服部謙二郎)

学生のうちは自分を磨け 易しいパターを使うなかれ

取材当日。黒宮は福井工大の敷地内にある室内パッティンググリーンで、レッスンを行っていた。中高生の男女約20人に対し、ひとり一人丁寧にアドバイス。パターに計測器具を取り付け、ストロークや球の転がりをチェックするところから指導は始まった。

データを元に生徒たちの課題を洗い出す(撮影/服部謙二郎)

生徒たちは計測器具ではじき出されたデータを黒宮と一緒に眺め、その後は課題克服の練習ドリルを続ける。シャフトにレーザーを付けて軌道チェックをしたり、プレートに描かれたヘッド軌道をなぞったり。そのやり取りは、黒宮が普段ツアー会場でプロ相手に行っている指導と何ら変わりない。「子どもたちが納得するために言葉を噛み砕いたりはしますが、中学2年生でも(松山)英樹もやっている中身は同じ」。その器具だって松山が使うものと一緒なのだ。

一見、黒宮は怖そうな雰囲気(失礼!)も醸し出すが、レッスンする口調は優しく、練習器具の使用目的の説明も丁寧。「みんな(シャフトではなく)ヘッドを真っすぐ動かしてしまうから、シャフトがねじれてインパクトが安定しない。パットのときのシャフトは物理的に直線運動しかしない。シャフトが真っすぐ動くことで、ヘッドがライ角の分だけアークを描く。その原理をまず理解しないと。その上でボールが真っすぐ出ることを、レーザーをつけて覚えなければいけない」。話を聞いた生徒は納得した様子で、レーザーが描く黄緑色の光線の動きを確認しながら球を打ち続けた。

データをとる最新器具も使う(撮影/服部謙二郎)

一方、そうした最新器具ではなく、ヘッドの上に百円玉をのせて練習する女子もいた。切り返しでコインを真下に落とすというドリル。実にアナログだが、どんな効果があるのか。

「みんなストロークのスピードが遅いなぁ…。信ぴょう性が高いデータでは、テークバックは0.65秒、切り返しからインパクトまでが0.35秒、だいたい1秒間でインパクトまで終わらなければいけない。テークバックで0.75秒かかると、0.1秒遅い。その結果、切り返しで加速度が低くインパクトで振り遅れている」と、ある生徒の右へ出やすいミスを解析。では、振り遅れ防止になぜコインがイイのか。「コインを落とすためにはヘッドは速く動かさないといけない。コインが真下に落ちるときのヘッドのスピードやテンポで振り幅を作る。コインをのせることでクラブを上げるきっかけもできるから、ストロークも滑らかになる」

ヘッド上部にコインをのせる(撮影/服部謙二郎)

コインを使わずとも速く振れそうだが…。「『ヘッドを速く振って』と言うと手を加速させてしまう子が多い。手だけで加速させたら、余計に振り遅れてフェースは右を向いてしまう」。肩をはじめ体全体を使ったストロークのスピード感を養うのが、コインドリルなのだ。

「生徒が抱えている問題に対してパッと思い浮かぶドリルは15個ぐらいありますが、選手の理解度と次にレッスンに来る1カ月後まで継続できることを考えたら、どんなドリルが適しているかはだいぶ絞られる。彼女の場合は、『コインドリル』が最も効率が良かった」。コーチが不在の時間、生徒の理解度、練習量などを総合的に考えた上でドリルを与える。黒宮のように手を変え品を変え、的確に指導するためには引き出しの量も問われる。

学生とのやり取りを見る限り、黒宮は“特別なことをしていない”と感じた。基本動作の指導が多く、中でもアライメントのチェックに時間を割いていた。「パッティングの結果は打ち出しの94%がアライメントに影響されます」

体のバランスとアライメントを揃えている。アライメントスティックはタテにも置く(撮影/服部謙二郎)

いかに再現性高く構えられるかはすべてのゴルファーにとっての永遠のテーマ。特に黒宮がトレンドだというのが、練習に“タテのライン”を入れること。アライメントスティックをターゲットラインと平行に置くことは多いが、さらに直角(タテ方向)にスティックを置いて練習させる。「タテ線があるとヨコの方向性がズレないんですよ。タテの目安がないと、人間ってヨコが出ない」。テーラーメイドのTPリザーブなどは、ヘッド長が長く、アライメントが取りやすいパターだという。

易しいパターは“感覚”を削っていく

レッスンを終えた後、黒宮は生徒たちにあることを問いかけた。「ここにあるパターを“易しさ順”に並べてごらん」。ズラリと並ぶのは40本近いパター。学生たちは相談しながら、ネオマレット型やネック部分に新機能が施された高慣性モーメントのいわゆる機能系パターを左側(より易しい)に、ブレード型をはじめとした伝統的なモデルを右側(難しい)に並べていった。

「最近は機能的なパターを使う子が増えた。ここにある40本も慣性モーメントが大きいパターばかり。スコッティキャメロンに代表される削り出しのパターを持つ子が減って、特に女子はプロツアーで流行っているものを使う子が多い」。その現状を黒宮は憂いているようだった。

黒宮の指導は座学も多い(撮影/服部謙二郎)

「機能が充実したパターばかり使っていると、どんどんパッティングが下手になるよ」と言って、黒宮は生徒たちを見回した。何も易しいパターが“悪”だと言うのではない。「性能が良すぎるとゴルファー自身が持つ感覚が消されてしまう。ミスヒットをしても、それに気付けなくなる。本来、ジュニアは感覚が優れているので、ピュアにタッチを出せる子が多く、ストロークさせたらプロよりジュニアのほうがうまかった。でも、それが最近は覆っている気がします」。その現状には危機感が募って仕方がない。

「一番重要なのはタッチ。距離感と打ち出しをそろえる練習が大事になる。でも機能付きのパターを使っていたら、インパクトが悪くても入る可能性が高いし、ショートしても入るかもしれない。今の段階(育成時期)にそこまでの恩恵を受けることが必要だろうか?自分の技術を磨くことの方が大切では?やっぱり鉄の塊を削ったヘッド、ミスがミスだと分かるパターを選んでほしい」。アイアンでいえば、マッスルバック。打感がぼやけるようなアイアンを若いうちから使っていたら、技術が磨かれないと語るのだ。

松山英樹と変わらず生徒にもレッスンの“理屈”を話す(撮影/服部謙二郎)

黒宮は松山を引き合いに出して続けた。「英樹はめちゃくちゃ難しいパターを使う。単一素材で作った削り出しヘッドで、フェースのミーリングもないに近い。乗用車ではなく、ハンドルに“遊び”のないF1のレースカーのような、激ムズなモノであえて戦っている。本人になぜかを聞くと、『練習しなきゃいけないから』と返ってきたのは衝撃的だった。『機能に頼ってしまうと、練習しなくなってしまう』と言う。彼はまだまだパッティング技術の向上を目指しているということ。だから皆も、道具に頼り切るのではなく、『自分のストロークの再現性は誰にも負けない』と言えるほどに腕を磨いてほしい」

その手の機能系パターを一度使うと、プロでも感覚を取り戻すのに数カ月はかかると黒宮は言う。松山が「マスターズ」をスコッティキャメロンの“激ムズ”パターで勝ったことは、とても大きな価値があった。

教えの裏にいる松山英樹の存在

松山英樹のキャディ・早藤将太も飛び入りでレッスンを受けに来た(写真中央)。彼の話に生徒たちも耳を傾けた(撮影/服部謙二郎)

黒宮が普段、松山をはじめとしたトッププロとやり取りしていることが、学生たちに与える影響は大きいだろう。「普段はツアーでコーチをやって、非常勤で学校に教えに来る立場。ですからプロツアーのリアルなことを伝えたい。英樹、奈紗がやっている『こうしなきゃいけない部分』を聞いてもらって、 その先の取捨選択は生徒たちがすればいい」

会話の中に松山の練習に関するエピソードがあった。「みんなは練習で握力がなくなったことはある?100~110ydの距離を練習中、英樹は80球ぐらい集中して打った後に、『もう、手を握れない』って言ったことがあった。体幹に力を入れて、わきも締めて全力で打って、途中“ホールインワン”も2回して。81球目で『もう打てない』って息をゼーゼーさせていた。彼の場合、一球一球が全力勝負。握力もない、過呼吸に近い状態で、『これって最終日の優勝争いの感じと一緒だ』と言って、さらにパット練習に行った。常に、何かに繋げて練習しているんだ」。こんな話を聞いてしまったら、学生たちも「自分もやらなきゃ」と体が動くのは当然だろう。

各々の課題に黙々と向き合う生徒たち(撮影/服部謙二郎)

トップ選手を教える傍ら、ツアーで得たエキスを学生に還元し、次なる松山英樹、畑岡奈紗を育てる。黒宮の2023年は目まぐるしく過ぎた。PGAツアーの新シーズンは1月4日(木)開幕の「ザ・セントリー」でスタート。オフの休みもそこそこに、松山とともにハワイへ旅立つ。

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