岸田首相の「政治力」では、川勝知事に太刀打ちできない理由|小林一哉 パーティ券問題が自民党を揺るがし、自民党県議団は知事辞職に求める政局がらみの騒ぎを起こしている余裕がなくなってしまった。しかし、それ以前に、岸田首相は、本気でリニアを進めようとしているのか……。

奇跡は起こらず

26日会見でことしを象徴する1字を『脱』とした川勝知事(静岡県庁、筆者撮影)

12月15日公開の記事『「リニア建設反対派と言われるのは明らかに誤解」と発言、川勝平太知事は?リニア推進派だった?だった!?』は、「(リニア静岡問題の解決には)自民党県議団の対決姿勢に期待するしかない。静岡県議会最終日の21日に“奇跡”が起きることを祈るだけである」が結論だった。

残念ながら、祈りは通じず、“奇跡”は何ひとつ起こらなかった。

12月県議会では、知事の「不適切発言」、リニア問題などに対して対決姿勢を強め、追及の火の手をあげた自民党県議団だったが、結局、「ああ言えばこう言う」川勝知事を切り崩すことはできなかった。

国政の動きが影響したこともある。

安倍派、二階派の政治資金パーティー問題で、東京地検特捜部は19日、強制捜査に入り、大物議員の逮捕が目の前に迫っているようだ。

新聞、テレビなどは連日、自民党の裏金疑惑を大きく伝えている。

自民党県議団には、知事辞職を求める政局がらみの騒ぎを起こしている余裕などなかったのが本音だろう。

国民の間には、政治への不信だけが募る状況が続いている。

そうは言っても、政治の強い力がなければ、リニア静岡問題の解決が困難であることは明らかである。裏金疑惑の発覚前には、政治への期待が大きかった。

政治への期待を担うように、2023年がスタートしたばかりの1月4日、岸田文雄首相は、リニアの全線開業に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたいと宣言した。

未着工の静岡工区に触れて、地元との調整、国の有識者会議の議論を積極的に進めていくとした。

その切り札として、リニア問題の解決を念頭に、リニア開業後の東海道新幹線駅の停車頻度の増加についてシミュレーション結果などから静岡県のメリットを8月頃までに示したいと発言した。

リニアへの関心が薄い岸田首相

この発言を聞いて、筆者は、岸田首相があまりにも静岡県のリニア問題に関心が薄く、さらに川勝知事の本性を全く知らないのだろうと冷めた気持ちになった。

案の定、川勝知事は1月11日の会見で、官邸に意見書を送り、岸田首相に直接、説明するために面会を要請することを明らかにした。

川勝知事は「シミュレーションは2つ別にわけて考えるべきである。品川、大阪間だけでなく、まずは品川、名古屋間を開業したときをシミュレーションする必要がある」などと、品川、名古屋間の開業についてもちゃんと静岡県のメリットを示すよう求めたのだ。

その結果、1月24日に「東海道新幹線の需要動向(静岡県へのメリット)調査について」と題したA4判4ページの意見書を岸田首相宛に送っている。

同意見書は、2027年品川、名古屋間を開業した場合、ひかり、こだまの大増発はムリだから、静岡県にメリットはないことを県民にわかるように説明するよう求める趣旨だった。

それだけでなく、2027年開業を困難にしているのが、静岡工区の未着工ではなく、神奈川県の用地取得の遅れなど他の懸念する6事案があることを指摘した上で、それらを解決するJR東海の方策について岸田首相の回答を求めていた。

そして、夏を過ぎて、10月20日になってから、国交省はようやく報告書を発表した。

リニア開業によって、のぞみの需要が3割程度減ることを想定して、ひかり、こだまの静岡県内の停車数が1・5倍程度に増えることを予測した。

これによって静岡県外からの来訪者増など地域にもたらす経済波及効果を1679億円と試算、雇用効果は年約15万6千人を生み出すとしている。

他にも企業立地や観光交流など地域の活性化への期待などもあるとしている。

当然、品川、名古屋間ではなく、品川、大阪間の全線開業を前提とした報告書である。

発想の貧困さに呆れ

JR東海のリニア紹介パネルの一部(JR静岡駅、筆者撮影)

この報告書に対して、川勝知事は10月23日の会見で、「10カ月も掛けてやられたことに、お粗末であり、あきれている」、「1・5倍にすれば、どれだけになるかと算数の計算を、子どもにさせるようなことを、大官僚組織がやるほどのことかと改めて思う」など「お粗末」を計4度も繰り返して、徹底的にけなした。

ただ相手をけなすだけで、自分自身の間違いには全く触れなかった。

川勝知事の意見書には、『JR東海の長期債務残高「6兆円」問題』という大間違いのタイトル事案を登場させていた。

どう考えても、国交省の報告書をけなすことのできる立場ではないのだ。

知事意見書では、「JR東海は長期債務残高を『5兆円以内』とすることが適切かつ必要」としていたが、「現在のJR東海の長期債務残高は健全経営の限度5兆円以内を優に超えている。国に提出した事業計画とは明らかに異なる事態で、政府による検証が必要である」などとしていた。

実際のJR東海の長期債務は、財政投融資からの借入額3兆円を含めて、「4・99兆円」に過ぎない。

つまり、「JR東海の長期債務残高は『6兆円』ある」と大きな間違いをしてしまった。

どっちもどっちである。

筆者は、岸田首相の政治力は、ひかり、こだまの本数が増えることを見せるだけで静岡県のリニア問題を解決させようとする発想のあまりの貧困さにあきれてしまった。愚策以外の何ものでもない。

JR静岡駅構内へ行けば、JR東海がリニアを紹介したパネルに、のぞみが減って、ひかり、こだまが増えることを図で紹介している。その本数が何本になるのか、いまの時点で1・5倍になるなどに誰も関心を持っていない。

リニアが開業すれば、ひかり、こだまが増えることは当たり前である。

一番、問題なのは、国交省が報告書を発表したことで、リニアがJR東海の事業ではなく、国の整備新幹線のような事業と勘違いした県民が少なからずいたことである。

川勝知事は12月県議会で、リニア問題の解決策が「部分開業」だと述べて、「できるところから開業すればいい」と発言した。当初は、南アルプストンネルができないならば、品川、山梨県駅を開業すればいいと主張していた。

国の公共事業ではないのだから、大赤字を覚悟で民間のJR東海がそのような「部分開業」に耳を貸すはずもない。

しかし、一般の人たちは国の事業と勘違いしているから、「部分開業」に大賛成の人が出てきてしまうのだ。

小手先では解決できない

JR東海の長期債務には、3兆円の財投資金が含まれる。

この多額な資金は、当時の安倍晋三首相の指示で、2016、17年の2カ年で投入された。

品川、名古屋間の開業後に、名古屋、大阪間のリニア工事に早期着手させる趣旨である。利子負担も非常に軽く、30年間元本返済猶予でリニア開業後に元本返済という非常に有利な債務だった。

これこそが政治の力である。

小手先で片付けられるほど、リニアの静岡問題は簡単ではなくなっている。川勝知事という「権力者」に真正面から対峙しなければならない。

事業者のJR東海では手に負えないから、岸田首相も年頭に、リニアの全線開業に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたいと宣言したのだろう。

結局、国交省はムダな仕事を1つ増やしただけで、何ら実効性のない報告書をつくっただけである。

1年が過ぎようとして、いまや岸田政権は風前の灯である。

G7議長国として、地元、広島でサミットを開催、とにかく外遊が多かった印象だけが残る。

岸田政権が発足した直後の2021年10月6日の会見で、川勝知事は「リニアに対して、一度だって反対したことはない。のぞみ機能がリニアに移ると、ひかりとこだまの本数が増える。従って、リニアは静岡県にとってメリットがある。だから、一度だってリニアに反対していない」などと自信たっぷりに述べていた。

当然、すべての政治家は嘘つきであると考えたほうがいい。その上で、川勝知事にちゃんと向かい合える政治家はいないのかと、残念な気持ちで年末を迎える。

静岡県のリニア問題は、解決の兆しが見えないまま2024年に突入する。

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小林一哉(こばやし・かずや)

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