<レスリング>【2023年全日本選手権・特集】引退も考えた4年前の黒星を胸に、“高谷超え”を果たす…男子フリースタイル86kg級・石黒隼士(自衛隊)

(文=布施鋼治 / 撮影=矢吹建夫)

1-1というスコアでの激しい攻防が続く中、第2ピリオド1分半すぎ、勝負の均衡は崩れた。2023年全日本選手権権・第3日(12月23日)の男子フリースタイル86㎏級決勝戦。タックルに来た高谷惣亮(拓大職)を受け止めた石黒隼士(自衛隊)は、相手の横についた状態で一気に場外へ押し出した。

「切磋琢磨しながら決勝まで勝ち上がってきた重みが、(相手を上回るための点数を取る)最後の一歩の体力を振り絞ってくれたように感じました」(石黒)

この攻撃によってスコアは3-1となり、流れは一気に石黒に傾いた。その後、アクティビティ・タイムでポイントを取られ、3-2と1点差にまで追い上げられるが、それ以上の加点を許すことはなかった。試合終了のホイッスルが鳴ると、石黒はマットを闊歩しながら勝利をアピールした。

▲今年6月に続いて高谷惣亮を撃破した石黒隼士。オリンピック・アジア予選へ向かう

「今年の世界選手権で負けてから、本当に、この全日本選手権にかけていました。(パリ・オリンピックまでの道のりは)まだ終わっていないけど、まずは第一関門である高い壁を超えられたことは非常にうれしい」

そのとき、石黒の脳裏には2019年12月の東京オリンピックの予選として行われた全日本選手権決勝で高谷に0-6と1点も取れずに完敗を喫した記憶がよみがえった。石黒は「あの一戦はトラウマになりそうだった」と打ち明けた。「(それが原因で)一度はレスリングをやめようと思ったこともありました」

▲東京オリンピックを目指して高谷惣亮と闘った石黒。この時点では大きな差があった=2019年全日本選手権

自衛隊に出げいこに来た高谷と壮絶スパーリング

それから4年、石黒の前に立ちはだかったのは、またも高谷だった。2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2021年東京と3大会連続でオリンピックに出場している海千山千のベテランは、4大会連続でのオリンピック出場を狙っていた。

石黒は、決戦1ヶ月ほど前から高谷が自衛隊に5回ほど出げいこに来たという意外な事実を話し始めた。「(スパーリングの)最初の4回は自分が負けたんですよ。しかも(回を重ねるにつれ)内容はどんどん悪化していくような感じだったので、本当にやばいなと思いました」

思い切り機運の下がった石黒に、自衛隊の湯元進一コーチが「そんなんじゃ、あかんぞ」と声をかけた。かなり気持ちのこもった言葉に石黒は発奮するしかなかった。

「結局、最後に惣亮さんが来られたときには、僕が勝って終わった。今回はそのときのイメージを持ってマットに上がりました」

そのときのスパーリングの内容から、今大会での具体的な作戦も立てていた? 「いえ、正直、対策というのは立てていなくて、今まで惣亮さんとのスパーリングで取れるパターンと、取られるパターンを3つほどピックアップして挑みました」

▲1点をめぐる攻防が続いた闘い。最後は石黒の手が上がった

「高谷さんがいたおかげで、自分自身の成長があった」と感謝

当初は自分が先制点を奪うイメージを持っていたが、アクティビティ・タイムで逆に先制された。「惣亮さんの低い構えをなかなか崩すことができませんでした。そこでカウンターを狙うしかないと思いました」

その気持ちの切り替えはずばり的中する。冒頭で記した勝負のクライマックスも、高谷のタックルを切り返してのものだった。

「カウンターを取る練習はしていました。ああいった形でとることがでてよかった」

この優勝で来年4月のパリ・オリンピック・アジア予選の出場権を得た石黒は、高谷の存在に感謝した。

「高谷さんがいたおかげで、自分自身の成長があった。だから最後は、結果にこだわらず握手で終わろうという思いがありました。終わった直後には喜んだけど、自分の中でその感情としっかりと向き合えたと思います」

石黒は高谷のみならず、準決勝でぶつかった同門の奥井眞生ら86㎏級でオリンピックを目指した全ての選手の思いを背負いながら、来春のアジア予選に挑む覚悟だ。

「今大会では、惣亮さんとの決勝以外では攻めに対するリスクを背負っていた。このままだとアジア予選は絶対勝ち抜けないので、2回、3回と取れる選手になりたい」

決戦の地であるキルギスで、高谷との闘いで一皮むけた感のある石黒がパリ出場の切符をつかめるか。

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