活況のM&A、「買収する側」に熱視線=2023年を振り返って(10)

後継者不在に起因する事業や株式譲渡を通じたM&Aの動きが活発化している。TSRの企業データベースによると、代表年齢が70代の企業の約3割、80代以上でも約2割の企業で後継者不在だ。経営者の高齢化に伴う円滑な事業承継は大きな課題であり、M&Aはその有効な打開策でもある。
事業承継を目的とした「後継者不在」型M&Aは、経営資源の乏しい中小企業に多い。このためM&Aの対象企業も小規模化し、広範囲におよぶ点が最近の特徴といえる。
こうしたなかで、「買収する側」に対する問い合わせも増えている。背景にあるのは異業種による買収や、M&Aビジネスに乗り出す専門業者の増加だ。馴染みのない企業がM&Aに介在していれば、どんな企業が取引先を買収したのか、与信管理を行う上で、その素性や経営内容を探る必要が出てくる。
10月、都内で人気の立ち食いそば店「いわもとQ」が店を閉めたことが話題になった。運営会社の登記では2月に創業者が辞任し、新代表と取締役1名が就任して本社を移転していた。同時期に経営権が移ったとみられるが、その後の事業停止を受けて関係先や顧客の間に困惑が広がった。新経営陣には最近、各地の企業を買収していたコンサル会社の役員が就任していたことも明らかになり、さらに注目を集めた。
また、一時は20社以上の企業を買収して業容拡大した企業にも関心が集まっている。この企業はこれまで、業種を問わず中小企業を次々と買収したが、その資金には主に金融機関からの借入金を充当してきた。ところが、シナジー効果を発揮できず、金融債務の約定弁済が難しくなり拡大路線が頓挫した。現在、金融機関に返済猶予を要請し、買収した企業の整理を進めているが、傘下企業の信用も大きく毀損させることとなった。
後継者難を理由とするM&Aは、今後も増えていくだろう。だが、事業譲渡や承継を円滑に進めるには、企業文化の融合、取引先や従業員への説明と理解など、多くのステップが必要だ。これらをなおざりにすれば、企業価値や雇用を守るために講じた策がかえって信用を落としかねない。本末転倒の事態を避けるためにも、M&Aには先を見据えたパートナー選びと関係先への丁寧な説明が欠かせない。

閉鎖された「いわもとQ」の店舗(10月、東京・神保町)

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