佐野史郎が追う表現者の「熱量」 病を克服、敬愛する音楽家・遠藤賢司の追悼公演で熱唱、新作映画も公開

今年も残りわずか。音楽界では様々なライブが行われたが、都内の老舗ライブハウスに超満員のファンが詰めかけた伝説的な〝純音楽家〟の追悼公演が印象的だった。日本のフォーク&ロックの礎を築いたレジェンドの1人で、2017年に亡くなった〝エンケン〟こと遠藤賢司(享年70)に捧げるライブだ。出演者の中には俳優の佐野史郎がいた。その思いを年の瀬に再現する。(文中敬称略)

命日前夜となる10月24日に新宿ロフトで開催された「純音楽の友~遠藤賢司七回忌公演」。遠藤とエンケンバンドを結成した湯川トーベンと石塚俊明(頭脳警察)を皮切りに、斉藤哲夫、友川カズキ、友部正人、ムーンライダーズの鈴木慶一と武川雅寛といった同世代のミュージシャンが続々と登場した。

今年の再放送で話題となったNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽担当としても知られる大友良英は「エンケンさんは『あまちゃん』ファン。熱い感想をメールで送ってくれていた。ドラマの舞台となった岩手県の久慈で、あまちゃんのビッグバンドで演奏した時も打ち上げに来てくださった」と懐かしみ、遺品のアンプを使った即興演奏でギターの轟音を鳴らした。

佐野は遠藤の曲「ハローグッバイ」などをカバー。80年代半ばには4人組バンド「タイムスリップ」で遠藤のバックを務めた。92年放送のTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で演じた〝冬彦さん〟が社会現象になる以前、そんな時代があったのだ。

佐野は21年に多発性骨髄腫と診断されて闘病生活を余儀なくされた。今年2月に復帰も、6月に急性腎障害で緊急入院。苦難の日々の中、病を克服し、全身全霊でギターを演奏しながら熱唱する姿に、表現活動と向き合う「熱量」を感じた。

佐野はMCで「エンケンさんと最初にお会いしたのは83年くらい。僕は中学生の時から好きで、どんなに好きかを渋谷のライブが終わった後に熱く語った。『ほんとだよ』という曲は『こんなに君のことを思っているのに分からないはずはないさ』とか『君の窓を叩くものがあればそれは風なんかじゃない、僕だ…』って怖すぎる。ちょっと紙一重ですよね。でも、表現は犯罪と紙一重だと思います。『ハローグッバイ』も、こんなに嫉妬に狂った男の歌も珍しいんじゃないか」と歌の世界観を俯瞰して解説した。

その場に、遠藤と70年頃から接点がある元はっぴいえんどの鈴木茂が合流。佐野が「大瀧詠一さんに直接聞いたことがあるんですけど、エンケンさんの歌っているのを聞いて、これにドラムとベースとギターを入れたら『日本語のロック』になると。それで『エンケンさんの歌い方を踏襲した』と大瀧さんはおっしゃっていました」と貴重な証言を紹介すると、鈴木は「僕たちはグループサウンズ以降のロックで、音の作り方がフォーク系の人と似ている。自分たちで詞と曲を作って。ちょうど、その間の存在がエンケンなんだよね。幅の広い人だった。刺激になったし、参考にさせてもらった」と打ち明けた。

最後は遠藤の代表曲「不滅の男」で締め、アンコールとして遠藤が日本武道館で絶唱した「夢よ叫べ」の映像が流された。会場には、19年1月の追悼ライブにも出演した落語家・春風亭昇太が一観客としてレコードを抱え、ステージや映像に見入っていた。歌手の畑中葉子は「私も、ちゃんと歌わなきゃダメだと思いました。人が集まらないから歌わないという逃げがあったんですけど、エンケンさんから『ヨーコちゃん、歌わなきゃダメだよ』と言われている気がしました」と当サイトに語った。

昇太や畑中らも参加した会場での打ち上げ。佐野のMCについて、記者が「当時を知るリスナーの代表として次世代に歴史を伝えようとする意志を感じた」と本人に伝えると、「リアルタイムで体験した者として、こういう場がある限り、自分なりに伝えていきたい」という趣旨の思いを明かした。

2か月後の12月23日、佐野は全国順次公開中の映画「火だるま槐多よ」の初日舞台挨拶(新宿K’s cinema)に佐藤寿保監督や若手俳優らと登壇した。大正時代に22歳で夭逝した天才画家・村山槐多の作品に魅了され、その魂を継承しようと模索する現代の若者たちを描いた作品だ。

佐野は「子供の頃から学校や家庭で『これが正しい、美しい』と言われているものが、『えっ、そうかな』と思うことがいっぱいありました。表現という世界に触れて救われたことが随分ありました。大正時代から昭和の初期に現れた、ものすごい熱量があるものが大好きです」とコメント。その「熱量」という言葉は遠藤の音楽にも、そして自身にも、時代を超えて通じていた。

来年1月6日には「遠藤賢司研究会」によるイベントが東京・渋谷のロフトヘヴンで開催される。大友と石塚の演奏やトークで新年も遠藤の魂を語り継ぐ。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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