<レスリング>【2023年全日本選手権・特集】6月に切れかけたパリへの気持ち、めぐってきたチャンスをつかむ!…男子フリースタイル65kg級・清岡幸大郎(日体大)

(文=布施鋼治 / 撮影=矢吹建夫)

いったい、だれがこんな衝撃的な結末を予想したであろうか。2023年全日本選手権の最終日(12月24日)、男子フリースタイル65㎏級は清岡幸大郎(日体大)が優勝した。

優勝会見に途中から飛び入り参加のような形で参加した2日前の女子55㎏級で優勝した妹の清岡もえ(育英大)は兄の快挙を祝った。

▲決勝戦を制し、万感の思いでガッツポーズをとった清岡幸大郎

65㎏級のクライマックスとなった試合は、清岡がアップセットを起こした準決勝だった。妹が「正直、(前日の)準決勝はどうかな? と思っていました。だから勝ったときには驚きました。東京オリンピックの金メダリストに勝てるなら、絶対決勝もいけると思いました」と話したように、「乙黒拓斗(自衛隊)が有利」が大方の予想だった。

乙黒に対する“枕詞(まくらことば)”は必要あるまい。水の流れるような攻撃力を伴った動きで、東京オリンピックを制した日本男子フリースタイルのエースというべき存在だ。

案の定、清岡と対峙したときも、緩急のついたダイナミックな攻めで攻略を図る。しかし、乙黒がアタックしても、清岡は相手の背中で半回転するようにしてクリアする。さらに乙黒のがぶりをくぐり抜け、片足をつかんで回すようにしてステップアウト。この一連の攻撃で清岡は4-0と先制した。

▲積極的な攻撃で東京オリンピック王者を攻めた清岡

第1ピリオド終了間際、乙黒は場外間際で清岡の身体を回転させ2点を返すが、試合の主導権は清岡が握っているように見えた。

薄氷を踏む思いの最後だったが、東京オリンピック王者を破る!

第2ピリオド、乙黒の片足タックルによるアタックを清岡は当たり前のように切る。そしてかち上げるような差しで追撃を許さない。乙黒がフェイントをかけ続けても、それに乗る素振りは見せなかった。

試合展開が早すぎてメモが追いつかない。次の場面を想像できないほど、二人の攻防は目まぐるしかった。

ここから乙黒は怒濤の反撃を見せる。清岡のしつこい片足タックルを切ると、タックル返しで相手を2度回転させ、3度目も仕掛けたが、これは清岡のタックルによる技と判断され、スコアは6-6のイーブンに。このまま進めば、ラストポイントを取った清岡の勝利となる。

残り20秒、乙黒は終了間際にレッグホールドで清岡の身体を回転させ8-6と再び逆転に成功したかのように見えた。ここで清岡サイドのチャレンジが入る。映像を見返した結果、清岡の肩は返っていないと判断され、スコアは6-6のまま清岡が薄氷の勝利を得た。

▲乙黒(赤)が勝負をかけて仕掛けたレッグホールド。清岡の肩は返らなかった

▲マットサイドの電光掲示板に映し出された最後のシーン

アジア予選まで残された時間は少ない、「1日1日を大切に」

翌日に行われた決勝戦。清岡は高校時代に1勝1敗と五分の星を残していた小野正之助(佐賀・鳥栖工高~山梨学院大)と“決着戦”を行ったが、乙黒を破った勢いが止まることはなかった。アンクルホールドやリンクルホールであっという間に点数を重ね、11-0で圧勝した。

決勝の後、清岡は「お互いレベルアップしていたと思う」と試合を振り返った。「小野選手はまだ大学2年生。まだまだ伸びしろがある。これからも常に彼の前に立ちはだかっているような選手になりたい」

乙黒との大一番を制したことで気持ちが切れることはなかった。

「決勝で負けたら意味がないと思っていました。そう思うことはプレッシャーにもなったけど、周りの方々が応援してくれたのでそれが力になりました」

▲小野正之助(青=山梨学院大)には、2019年インターハイ決勝で小野の1年生王者を許してしまった苦い過去がある。この日は快勝

今年6月の全日本選抜選手権で乙黒が優勝し、世界選手権の出場切符をつかんだ時点で、清岡の気持ちは一度切れそうになった。それでも、「チャンスがもう一度自分のところに回ってきたら、絶対に取ってやろうと心に決めていました」

東京オリンピック前、一度は「出場は不可能」といわれていた須﨑優衣がチャンスをつかんだように、勝負の世界に「絶対」はない。今後の抱負を問われると、清岡は手綱を絞め直した。「アジア予選まで残された時間は少ないので、1日1日を大切にしたい」

65㎏級の新星は、パリ・オリンピックの出場切符をつかめるか。

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