接近戦が生んだ緊張感。衝撃の接触、初タイトルの裏側【2023スーパーフォーミュラ/印象に残るレース3選】

 2023年は宮田莉朋の初戴冠で幕を閉じた全日本スーパーフォーミュラ選手権。新型シャシーSF23、そして新スペックのコントロールタイヤ導入などにより、接近戦やオーバーテイクも増え、白熱した展開のレースが数多く見られた1年となりました。

 ここではオートスポーツwebのSF担当編集スタッフが『印象に残った3レース』を選出し、当時の取材エピソードを交えつつ振り返ります。

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■第4戦 オートポリス

「野尻(智紀)が欠場するみたいだ」

 オートポリス戦の金曜日は、そんな話が飛び込んでくるところから始まりました。すぐにTEAM MUGENのピット裏に確認に行くと、そこには忙しく電話対応にあたるチームスタッフの姿が……。こうして、2連覇中の王者が欠場するという、ショッキングなニュースからレースウイークが始まりました。

 予選は坪井翔選手(P.MU/CERUMO・INGING)が初ポールを獲得。2番手に初オートポリスのリアム・ローソン選手(TEAM MUGEN)、そして3番手にもP.MU/CERUMO・INGINGから阪口晴南選手が入るという、「王者不在の間に、何かが起きそう」という予感に満ちた結果に。

 決勝では、ピット作業を後半まで引っ張った大湯都史樹選手(TGM Grand Prix)の追い上げが注目されました。フレッシュタイヤの利を活かしてスパートをかけた大湯選手でしたが、阪口選手を抜く際に接触。大湯選手はここでレースを終え、ペナルティも受けることに。

 第3戦に続く接触でのリタイアとなったことにより、レース後の大湯選手の表情は決して明るくはありませんでしたが、それでも“次戦以降は戦える”という手応えを得ていた雰囲気がシーズン中盤以降の躍進を感じさせてくれたのです。そう、このときは……。

 優勝はローソン選手で、この時点でランキング首位に。開幕戦で初優勝という衝撃を与えたローソン選手が、やはりシーズンの主役になるのだなと確信させられた一戦でもありました。

2023スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス 大湯都史樹(TGM Grand Prix)
2023スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス リアム・ローソン(TEAM MUGEN)

■第9戦 鈴鹿サーキット

 最終戦の鈴鹿で印象的だったことはふたつ。ひとつは宮田莉朋選手(VANTELIN TEAM TOM’S)のタイトル獲得です。

 このラウンドに至るまで、「タイトルはあまり意識していません」という趣旨の発言を繰り返していた宮田選手。その発言は本心なのか、はたまた自身をプレッシャーから遠ざけるためのある種の“フェイク”なのか。それは取材陣にも分かりかねる部分がありました。

 しかしこの第8戦との連戦となった週末の宮田選手は、タイトルを相当に意識して戦っていた雰囲気が伺えました。当然といえば当然です。

 最終第9戦の予選、ギリギリのところで四輪脱輪を避けて4番手を獲得。「これはスタート前の様子を追った方がいいな」と感じた筆者は、グリッドにマシンを止めた後の宮田選手を観察することにしました。

 喧騒のグリッドを離れた宮田選手は、一目散に小枝正樹エンジニアらが控えるピットへ直行。PCの画面を食い入るように見つめてデータを確認し、話し合う様子からは、ただならぬ緊張感が漂っていました。

 後に同僚がこの件を確認したところ、スタートへの不安が大きかったとのこと。見事に初タイトルを手にする数十分前、緊張のピークにあった宮田選手の様子を見て、伝えることができたことに、取材者としての満足感を得ることができた一戦でもありました。

スタート前のグリッドウォーク中、ピット内で深刻な表情で長い時間話をしていた宮田莉朋と小枝正樹エンジニア
2023スーパーフォーミュラ第8戦&第9戦鈴鹿 宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)

 最終戦でもうひとつ印象に残っているのは、太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)の初優勝です。

 チームメイトの牧野任祐選手とともに、シーズン中の富士での公式テスト以降、安定して上位に食い込むことになったDOCOMO TEAM DANDELION RACINGは後半戦の“台風の目”だったと言えます。

 太田選手は第7戦モビリティリゾートもてぎでもフロントロウを獲得していましたが、スタートでギヤが1速に入らず出遅れてしまっていました。

 雪辱を誓った鈴鹿の最終2連戦では、4番手&2番手と、再び予選で速さを発揮。第9戦ではタイトルを争う2台の間に入ったことで「正直、嫌です」「僕が鍵を握っているので」と冗談めかしていましたが、いざレースが始まればスタートで首位に立ち、そのまま初優勝へ突っ走るという、あらゆる意味で“タイトル争い関係なし”な好走を見せてくれました。

 その独特の受け応えやキャラクターも大きな魅力となっている太田選手。2024年以降も勝ち星を重ね、ホンダの中核を担うドライバーとなっていくのではないでしょうか。

2023スーパーフォーミュラ第9戦鈴鹿 ルーキーイヤー初勝利を挙げた太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)

■第3戦 鈴鹿サーキット

 最後に選出したいのは、宮田選手が初優勝を飾った春の鈴鹿戦です。セーフティカーが入る絶妙なタイミングでのピットイン、そしてそこからのフレッシュタイヤでの追い上げは『お見事』のひとこと。予選12番手からの大逆転で、待望の初優勝となりました。

 同時に、多くの人々の印象に残っているのは、大湯選手と野尻選手の接触シーンではないでしょうか。

 アウトラップの大湯選手に近づく、野尻選手。「これはデグナーくらいまでに抜くだろうな」と思った次の瞬間、53号車のテールに吸い寄せられるように1号車のノーズが接触し、まさかの両者リタイアに。

野尻智紀(TEAM MUGEN)と接触しクラッシュ、マシンから降りる大湯都史樹(TGM Grand Prix)

 マシンを降りた野尻選手が大湯選手に一声かけた後、ふたりはしばらく呆然とコース脇に佇んでいましたが、その様子を撮影したカメラマンも「近づくのははばかられた」と言います。

 それだけに、レース後のミックスゾーンにふたりが現れるのかが気がかりでしたが、野尻選手はかなり早いタイミングで登場。自らの非を認めつつ、複雑な胸中を素直に吐露してくれたところに、ある種王者としての“強さ”を感じました。

 一方の大湯選手は、指定の時間が終わりかける頃、まだリタイアのショックが抜けきらない……といった表情で現れました。ひとつひとつ言葉をなんとか手繰り寄せながらではありましたが、彼もまた素直な感情を語ってくれたことが強く印象に残っています。

2023スーパーフォーミュラ第3戦鈴鹿 クラッシュし呆然とコース脇に佇む野尻智紀と大湯都史樹

■シーズンオフテストに感じた2024年への期待

 印象に残るレースとして上記3イベントを選出しましたが、思い返せば2023年はローソン選手という“大型新人”のデビューウインから始まったことは忘れられませんし、もてぎのスタート直後に起きた多重クラッシュも衝撃的でした。

 そしてもうひとつ印象に残った出来事を挙げるとしたら、大嶋和也選手(docomo business ROOKIE)の「優勝に値する4位」(第5戦スポーツランドSUGO)でしょうか。レース後のミックスゾーンで大嶋選手のまわりにできた報道陣の輪は、“今季最大”だったかもしれません。

 新型車両SF23と新タイヤの導入、そしてルーキー勢などの新たな要素が満載のなか、新チャンピオンが誕生した2023年のスーパーフォーミュラ。記事ランキングでもお伝えしたように、シーズン後の12月に行われた合同/ルーキーテストが大きな注目を集めたことも、新鮮な驚きでした。

 この勢いのまま、2024年のスーパーフォーミュラも熱戦が繰り広げられることに期待したいところです。

2023スーパーフォーミュラ第6戦富士 決勝レーススタート

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