沢口靖子, 生瀬勝久, 亀田佳明 etc, 出演 二兎社公演47『パートタイマー・秋子』作・演出 永井愛 インタビュー

『パートタイマー・秋子』は、2003年に永井愛が劇団青年座に書き下ろし、再演を重ねた人気作品。このたび、作者の永井愛が自ら演出を手がけ、初の二兎社公演として装いも新たに上演される。
初演から20年が経過、非正規労働者は増大し、格差が広がるばかり。組織の上層部が公然と嘘をつく昨今。町のスーパー「フレッシュかねだ」で働くパート従業員たちは、私たちの身の周りにいそうなごく普通の人々。ヒロインの秋子を演じるのは長寿ドラマ『科捜研の女』で知られる沢口靖子。二兎社への参加は、『シングルマザーズ』(2011)以来13年ぶり。“いかにも場違いな”新米パートとして、傾きかけたスーパーに波紋を起こす。また、二兎社初出演の生瀬勝久が、一流企業をリストラされ、慣れない仕事に四苦八苦するパート従業員を演じる。さらに、『ブレイキング・ザ・コード』で、2023年上半期読売演劇大賞男優賞にノミネートされ、NHK 連続テレビ小説『らんまん』の植物画家役でも注目を集める亀田佳明が新任店長に扮するほか、個性豊かな俳優陣が脇を固める。
この作品の作・演出を担う永井愛さんのインタビューが実現した。

ーーそもそもスーパーマーケットを物語にした理由は?

永井:この作品を書き始める数年前に、福岡で「あすばる演劇祭」という、男女共同参画をテーマにした短編戯曲のコンクールがありまして、私は審査員だったんですが、そのなかに『パートタイマー・秋子』という参加作品があったんです。パートで働き始めた女性の直面する問題を扱った、とても真摯な内容でしたが、一見サスペンス風のタイトルがすごく気に入っちゃって。青年座から「女性のたくさん出る新作を」と依頼されたときに、このタイトルで書きたいって言ったのを覚えています。それで、作者にお願いして許可をいただきました。そこから、パートタイマーといえばスーパーでしょう、という流れになったのが発想の動機だったと思います。ちょうど、大手メーカーの食品偽装が問題になったりしていたころで、当時の世相がそのまま表れているんですよ。

ーーたしかに、パートタイマー募集ってよく見かけますよね、スーパーで。

永井:そう。すぐにスーパーのレジが思い浮かびまして。本来、パートっていろいろなお仕事があるけど、スーパーは割合気軽に応募できる身近な存在ですよね。

ーー時間の融通もきくし、働きやすいイメージ。

永井:家事、育児、介護などを一人で背負わされがちな女性が収入を得ようとしたら、パートしかないですよね。夫の扶養家族でいるためには、所得制限もあるし。

ーー実際にスーパーマーケットを視察したりしたのでしょうか。

永井:書くために、実際に働いてみようかと思っていたんですよ。でもほかの仕事とスケジュールが重なっていたので諦めて、取材だけにしました。それで、「フレッシュかねだ」よりもさらに小さいスーパーでバイトしている女性を紹介してもらい、話を聞いたんです。あとは、青年座公演で演出助手に決まっていた女性が、実際にスーパーで働いて、全部レポートにまとめてくださったんですね。それはもうちょっと大きいスーパーだったんですが、それがとても参考になりました。今回の公演パンフレットに、そのレポートを再録させてもらいます。2003年のパートタイマー体験記ですね。スーパー関係の書籍も参考にしましたが、スーパー自体を描きたいというよりは、それを通して世界を描く……といったら大げさになりますけれども(笑)。どんなささいなものでも、その場を深く描けば、そこから世界が見えるはずなので。スーパーっていろんな人が出入りするじゃないですか。だから、世界の片隅でありつつも、中心の問題がそこにすでにあるような、そういう重層的な劇世界にしたいと考えながら書きました。

ーーたしかに、スーパーは老若男女いろんな人が来ますよね。今回、読ませていただいたんですが、「フレッシュかねだ」、カオスなスーパーだなという第一印象ですね。

永井:あまりほのぼのとしたものは狙っていませんからね。

ーー秋子がパートに出た理由が、旦那さんの会社の倒産で、ちょっと離れた場所を選ぶんですよね。

永井:そうですね。彼女はセレブなので。周囲の目がどうしても気になるから……。

ーーそして、生瀬勝久さん演じる貫井はリストラされたサラリーマン。

永井:2003年当時は、「リストラ」って言葉がそこかしこで聞かれたんですよ。当時の政権の「聖域なき構造改革」で不良債権の処理が徹底的に行われた結果、倒産、リストラの嵐でした。本作のちょっと前に『こんにちは、母さん』という作品を書いたんですが、そこにも大手企業がリストラを断行する話が出てきます。そういう社会的背景がありましたから。

ーー秋子も貫井も、今まで自分が境遇からかけ離れた”異世界”のスーパーに飛び込んだということでは、共通点があるといったところでしょうか。

永井:秋子も貫井も、超セレブというわけではないけれど、そこそこの「勝ち組」だったわけです。貫井は有名企業で部長職についていた。秋子は専業主婦として、大手ゴルフ会社で営業部長をしている夫や子どもと豊かな家庭を営んでいた。それが突然、非正規労働者になるんです。スーパーで働くほかの人たちは、経済的に恵まれた生活はしたことがないし、社会的ステイタスもない。秋子や貫井にとっては深く関わることのない人たちだったはずなのに、いきなり同僚になってしまう。そして、そういう人たちに、叱られたり指導されたりする立場になる。言わば、社会的地位の逆転ですよね。秋子が、本来だったら一生経験しない世界に投げ込まれたという設定は、おもしろくふくらみそうだと思いました。「フレッシュかねだ」は、問題だらけのスーパーだけれど、低賃金で働かされる人たちが上層部に抱く不満は、ハードな憎しみに発展する場合があり得るわけですよね。この作品を書いていたのは、米国など有志連合によるイラク攻撃が行われる直前でした。世界の大国であり、民主主義国であるはずのアメリカが、国力では遠く及ばないイラクに攻め込み、民間人が犠牲になる。そんな理不尽が、刻々とあらわになっているときだったので、世界的な経済格差、恨みの構造への意識も少なからず影響していると思います。

ーー作中では、改革や変革を望む人と、現状維持を望む人と。その間のせめぎあいみたいなものがありますよね。そこで人間の本性が見えてくるような。

永井:そこにも経済格差の問題がありますよね。もともと“ずるい”人たちがいて、自分たちが得をしようと思って改革を阻んでいるわけではなくて、自分たちのギリギリの生活を何とか守ろうとする思いから抵抗している。貫井も秋子もそういう異世界があるということを知らなかったし、知ろうともしなかった。自分たちの豊かな生活を下支えしていた相手側と初めて対面したというところでしょうか。

ーーところで、副店長は貫井や秋子よりもずいぶん若いんですよね。そんな若造からああだのこうだの言われるのは気分がよくない(笑)。

永井:あれは、私が実際に量販店の売り場で見かけた風景なんです。ハッピ姿で威勢よく呼び込みをしている男性店員がいたんですね。年配の方だったので、たぶん主任か責任ある立場なんだろうと思って、商品について聞いたら、何にも説明できない。そこに若い男性店員が走ってきて、とても乱暴な言葉で叱りつけたんです。その様子は、今で言うパワハラなんですけど、それでも年配の店員は笑顔で耐えている。「この人、リストラか倒産でここに来たのかも」と、ハッとしました。失職して、前の仕事とまったく関係のないところで働き出したばかりなら、何も知らないのも納得がいく。自分よりずっと年下の若造から客の前で罵倒されて、それでもニコニコしているのにはよほどの事情があるんだろうなと思いました。貫井や、秋子の夫のイメージはここから来ているんです。作品には、どうしたって、作者の体験や、当時の世相が反映されますよね。

ーーキャスティングも、おもしろいですね。店長が亀田さん、お客さんが石井さんってあたり(笑)。

永井:なにかしでかしそうな感じがするって言われるんです(笑)。

ーーなにかしでかしそうな感じとはいえ、出てくる人は全員、悪い人ではないですよね。

永井:そうですね。本当に、人間社会で起きているいろんなことを、たまたまスーパーを通して観察してみたい、ということだったので。世の中であまり見ないようなおかしなお店がありました、という話にはしていないつもりです。いま、政治の世界がめちゃくちゃですよね。与党の裏金疑惑にしても、内部から改革しようという声は出てこなくて、「フレッシュかねだ」とそう大差ないように見えます。そもそも日本人は、声をあげて何かを変えようとするのが得意じゃないから、見て見ぬふりをしたり、文句を言いつつ我慢してしまう。そういうところも、この作品に反映されています。スーパーでは、客の問題行動も多いですよね。万引きって今、高齢者の割合が半数を超えると聞きました。あちこちに監視カメラがあって、警察にすぐ通報されてしまうのにも関わらず、ついやってしまう。物価高で年金が目減りしているということもあるでしょうね。動機は節約と生活苦が八割というデータもあります。そういう人たちも日々出入りするスーパーは、やはり社会の縮図ですね。

ーー終わり方も、どこか独特ですよね。みんなが大団円、というわけではなくて。

永井:解決策を示す、というのは演劇の役割ではないので。演劇ができることは「あなたはこれを観てどう思いますか」と問いかけるだけ。そういったパワーは持ちたいなと。そういう意味では、劇に引き込まれて、自分のこととして想像を巡らせてもらえれば一番うれしい。

ーーところで、今回は初めて演出も担当されていますね。

永井:そうです。私の作品で演出をしたことがなかったのが2つあって、1つが『見よ、飛行機の高く飛べるを』で、もう1つがこの『パートタイマー・秋子』でした。残った『見よ、飛行機の高く飛べるを』は、いつかやりたいと思いながら、なかなか実現しないんですけど。

ーーそれでは、最後にメッセージを。

永井:映像は観客が入る前にすでに完成しているので、観るという行為が作品に与える影響はないけれど、芝居を最終的に完成させるのは観客です。真剣な目線だったり、笑い声だったり、息を呑むような沈黙だったり、一人一人の観客が舞台を見ながら感じたことが、総合されて舞台上の役者に伝わっていく。稽古場で役者同士が演出家とともに考え、試行錯誤したものは、観客と出会って初めて命を吹き込まれる。それはその日の舞台にも、また次の日の舞台にも連鎖的に影響していくんですね。こんなふうに、観客の反応から体感できたものが舞台を成熟させていくので、観客は舞台の創造的な参加者でもある。ぜひ劇場に来て、観るということにおいて、創造に参加してほしいなと思います。とくに、なかなか舞台では観られない沢口靖子さんの演技が存分に展開されますので、それに対しても、客席からフィードバックしてほしいなと思います。

ーーありがとうございました。公演を楽しみにしています。

あらすじ
樋野秋子(沢口靖子)は成城でセレブな生活を送る専業主婦。だが、夫の会社が倒産したため、働くことを決意する。パートタイマーとして働く姿を近所の人に見られたくなかった秋子は、自宅から遠く離れたスーパー・フレッシュかねだを勤め先に選んだ。しかし、そこは秋子の想像を超えたディストピア的世界で、賞味期限の改ざんやリパック、商品のちょろまかし、 いじめなど、あらゆる不正が横行している。正義感が強く世間知らずでほかのスタッフから浮いてしまう秋子は、大手企業をリストラされ、この店で屈辱に耐えながら働く貫井(生瀬勝久)と心を通わせるようになるが……。

概要
日程・会場:2024年1月12日~2月4日 東京芸術劇場シアターウエスト
作・演出:永井 愛
出演
沢口靖子 生瀬勝久
亀田佳明 土井ケイト 吉田ウーロン太 関谷美香子
稲村梓 小川ゲン 田中亨 石森美咲
水野あや 石井愃一
美術:大田 創/照明:中川隆一/音響:市来邦比古/衣裳:竹原典子 ヘアメイク:清水美穂/舞台監督:澁谷壽久
共催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
主催:二兎社
全国公演
日程・会場
2月7日(水) 宮城/えずこホール(仙南芸術文化センター)
2月10日(土) 滋賀/滋賀県立 芸術劇場びわ湖ホール
2月12日(月祝) 愛知/穂の国とよはし芸術劇場 PLAT
2月14日(水) 新潟/りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
2月 17日(土)・18日(日) 長野/まつもと市民芸術館
2月21日(水) 愛知/パティオ池鯉鮒(知立市文化会館)
2月23日(祝) 埼玉/所沢市民文 化センター ミューズ
2月25日(日) 埼玉/富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ
2月28日(水) 福岡/大野城まどかぴあ
3月2日(土)・3日(日) 兵庫/兵庫県立芸術文化センター
3月8日 (金) 山形/東ソーアリーナ
3月10日(日) 山形/川西町フレンドリープラザ
3月13 日(水) 富山/オーバード・ホール
3月16日(土)・17 日(日) 石川/能登演劇堂

公式サイト:http://www.nitosha.net/index.html

取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし

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