幾多の苦難乗り越えた歩み後世に 西大寺観音院 縁起絵巻続編制作へ

西大寺観音院の境内で、新たに作る縁起絵巻について語る坪井住職。未来の人々に向けたメッセージにもなれば、と言う

 長いトンネルの先にあった明かりが輝きを増す一年が幕を開けた。暮らしを一変させた新型コロナウイルス感染症の5類移行から間もなく8カ月。この間、社会経済活動は相次ぎ復活を遂げ、ポストコロナの未来図を模索する動きが活発化する。勇壮な裸祭りで知られる国重要無形民俗文化財「西大寺会陽」にも主役の宝木(しんぎ)争奪戦が戻ってくる。舞台となる西大寺観音院(岡山市東区西大寺中)は、新たな歴史の一歩を踏み出すこの年に、室町―江戸中期の自らの歩みを描いた「縁起絵巻」の続編制作に着手することを決めた。現代の寺院では極めて珍しいと評される新たな挑戦が2024年、岡山の地でスタートする。

 迎春準備に追われる年の瀬の観音院。500年余の伝統を誇り、1カ月半後に迫った裸祭りは今回、宝木争奪戦がコロナ禍による史上初の中止を経て4年ぶりに完全復活する。「幾多の苦難を乗り越えてきた歴史を数百年後の人々にも伝えたい」。坪井綾広住職(47)が絵巻の続編制作に懸ける思いをのぞかせる。

 観音院の縁起絵巻は、写本とされるものを含め7巻が現存し、総延長は約9400センチ(いずれも幅35センチ前後)に達する。このうち室町―江戸前期に作られた3巻は岡山県重要文化財の指定を受け、県立博物館(岡山市北区後楽園)が保管。777年創建とされる観音院の沿革のほか、火災で本堂が全焼した際に本尊の千手観音像の頭部が無傷だった―といった霊験記が載る。

 裸祭りについては江戸前期の絵巻で描かれ、締め込み姿の男たちが吉井川とみられる境内脇の川で身を清めたり、大床上で肉弾戦を繰り広げたりする様子が見て取れる。〈夜陰に(中略)詣衆へ投授事あり〉と、宝木投下を解説する一文も添えられる。

 新たな縁起絵巻は33年に1度の本尊御開帳(2028年)に合わせ、5年がかりで完成させる。明治政府の神仏分離令に伴い全国に広がった廃仏毀釈(きしゃく)や太平洋戦争、西日本豪雨、コロナ禍などを題材に、江戸後期以降の観音院の関わりを記す予定。絵は伝統的な大和絵の画風を作品に取り入れる画家山口晃さん(54)=東京=が手がける。

 県立博物館によると、縁起絵巻は制作費用がかかる上、寺の修繕費などを集める「勧進」での利用が主な目的だったため、現在は新たに作る寺院がほとんどない。坪井住職は「連綿と受け継がれてきた観音院と地域の営みの記録を未来につなぎ、後世の人たちが先人の思いを感じられる絵巻としたい」と話す。

歴史見直す機会に

 岡山県立博物館の岡崎有紀学芸員の話 縁起絵巻は当時の世相や文化、人々の信仰心が分かる貴重な史料となる。寺院は厳しい時代に人々のよりどころとなってきた。その歴史を残すことは地域の歴史を見直す機会にもなる。

 西大寺観音院の縁起絵巻 室町―江戸前期に作られた「金陵山古本縁起」と題した3巻と、江戸前期―中期に制作された4巻が残る。「金陵」を山号とする西大寺観音院は、周防(山口県)の藤原皆足(みなたる)姫が751年に本尊・千手観音像を現在の観音院の近くに安置し、安隆上人が777年に建立したとされる由来などが描かれている。締め込み姿や着物の男たちが宝木を奪い合う初期の西大寺会陽の様子も盛り込まれる。

江戸前期に作られた西大寺観音院の縁起絵巻。初期の西大寺会陽の様子が描かれている=岡山県立博物館

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