アニサキスを“感電死” 食中毒対策に合計1400万円以上の寄付集まる 熊本大・浪平准教授

食中毒やアレルギーを引き起こす寄生虫「アニサキス」を生魚から撃退するプロジェクトが今月、クラウドファンディングで1400万円以上の寄付を集めた。強い電流で“感電死”させて、冷凍・加熱処理をしなくても安全に食べられるようにするという。プロジェクトを主導する熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授は「魚を生で食べる選択肢を残したい」と話し、2024年からはより精力的に装置の社会実装を目指すとしている。

アニサキスを殺虫する装置(浪平准教授提供)

EUでは冷凍を義務化

アニサキスは長さ2~3センチ、幅1ミリ弱の線虫。人体に入ると胃や腸の壁に潜り込み、激しい腹痛や吐き気を伴う食中毒(アニサキス症)を引き起こす。腹痛は内臓を傷つけられた痛みではなく、分泌液が注入されたことによるアレルギー反応だとされる。食品安全委員会によると3週間以内に体外に排出されるが、早期治療には手術が必要になる場合もあり、患者の肉体に大きな負担を強いる。

プランクトンのオキアミを食べる生き物であれば原因になりうるが、国内ではサバなどの青魚の生食でかかるケースが多い。酢やしょう油では死なず、冷凍や加熱の処理で死滅する。生の切り身から手作業で地道に取り除く方法もあるが、作業が大変で取り残しのリスクがある。水揚げ後に魚の内臓から筋肉に移動するので、新鮮なうちに内臓ごと取り除くという対処法も知られているが、これも完璧ではない。

「多くのアニサキスは魚が死んだあと内臓から身へ移動するのですが、太平洋側に多いシンプレックス(A. simplex sensu stricto)という種類は魚が生きているうちから身の部分に寄生してることが多いとの報告があります」(浪平准教授)

海外では1960~70年ごろ、ニシンの酢漬けによるアニサキス症がオランダで問題になった。その影響もあり欧州連合(EU)では生魚の冷凍が義務化されている。生魚を食べる習慣が根付く日本では、厚生労働省がマイナス20度で24時間冷凍する、70度(60度なら1分)で加熱する、目視して除去するなどの予防法を推奨するにとどまっている。

日本で起きるアニサキス食中毒は年間500~600件。届け出がなく統計に含まれない患者を合わせると年間約2万人が苦しんでいるとする推計もあり、浪平准教授は日本でも生魚の冷凍規制が入るかもしれないと懸念する。実際、馬刺しに関しては食中毒予防で2011年から冷凍するようにガイドラインが設けられた。スーパーの売り場に、冷凍処理した魚の切り身や刺し身が並ぶのも安全性を重視した結果と言えるが、浪平准教授は「生の食材には買い物をするときから選ぶ楽しみがあります。すべてを冷凍にするのではなく、消費者が生を選べる選択肢を残したい」と訴える。

1億ワットで“感電死”

これまでも高圧力や薬品でアニサキスを殺虫する方法が研究されているが、冷凍・加熱処理ほど効果的な術は見つからなかった。ただ、解凍の際などに風味や食感が変わるというデメリットを感じる人も少なくない。

浪平准教授が開発した「新アニサキス撃退法」の仕組みはこうだ。塩水が流れる装置に魚の切り身を入れ、「パルスパワー」の技術を用いて1億ワットの電気を流す。電流は強力だが一瞬なので、塩水の温度が上がって切り身の性質が変化する影響は小さい。これを数分間繰り返すと品質を保ったままアニサキスを感電死させられる。動かなくなったアニサキスは人間の胃や腸の壁に潜り込めないので、体内に入っても食中毒が起こらないというわけだ。

じんましんやアナフィラキシーなどを引き起こすアニサキスアレルギーは、アニサキスの死骸やその分泌物といった「アニサキスがいた痕跡」(浪平准教授)だけでも発症してしまうので、どんな対処をしても完全に防ぐことは難しいのが現状だ。だが、新技術を用いれば食中毒のアニサキス症をきっかけに発症するケースを減らせる可能性があるという。

目標より1000万円多い寄付

浪平准教授は水産加工会社のジャパンフーズ(福岡市)と共同実験を行い、アジに寄生するアニサキスを殺虫する効果を確認した。現在、アジ用の装置は稼働しているという。11月8日からは、対象の魚種を拡大する「水平展開」と新技術をメーカーに訴求することを目指して、クラウドファンディングサイトの「READYFOR」で寄付を募った。

目標金額は人件費や論文投稿費などを合計した400万円。だが、プロジェクトの賛同者が続々と現れ、期限の12月26日時点で寄付者が1397人、寄付総額は当初の目標を1000万円以上超える1412万5000円に上った。「海外にならえば生魚の冷凍処理が妥当ということになります。しかし日本ではこれほど多くの人が魚を生で食べたいと考えていることが分かりました」と浪平准教授は手応えを語った。

今後はサバ、サケ、サンマなどへの拡大や装置の小型化に取り組む。小売店や飲食店によって処理する魚の量が異なるため、導入店の規模に合わせて装置のバリエーションも増やすなどして本格的な社会実装に踏み出す予定だ。

「一社が独占するのではなく、希望する人が使える技術であってほしいと思います」

日本では安全においしい生魚を食べられると海外で評判になれば国のインバウンド施策にも貢献できる。正月などの「ハレの日」に欠かせない魚を安心して食べられるようにする技術は、家庭の食卓と健康を守るだけでなく、より大きな成果を生み出す可能性を秘めているようだ。

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