真摯に役を生きる宮沢氷魚、発達障がいを抱える天才画家に挑む

「第16回アジア・フィルム・アワード」で最優秀助演男優賞を受賞した映画『エゴイスト』、明智光秀を好演した『レジェンド&バタフライ』のほか、6月からスタートする舞台『パラサイト』にも長男役でキャスティングされている俳優・宮沢氷魚。そんな彼が最新主演作『はざまに生きる、春』で挑んだのは、「発達障がい」の特性を持つ天才画家だ。

映画『はざまに生きる、春』で主演を務めた俳優・宮沢氷魚

同作は、宮沢扮する若手画家・屋内透役と雑誌編集者の淡い恋を描いた純愛映画。天才的な画の感性を持つ透は、「青い絵しか描かない」ことで有名な画家で、感情を隠さず「誰かの気持ちを汲み取る」ということが苦手な一面を持つ。そんな繊細な役どころを見事に演じ切った宮沢に作品への想いを訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤 写真/バンリ

■ 繊細な役柄に真摯に向き合う宮沢

──宮沢さんの最近の活躍といったら、ものすごいですね。

ありがとうございます。

──この間も映画『レジェンド & バタフライ』の大友啓史監督とのインタビューで明智光秀の話について盛り上がりました。スピンオフができてもいいんじゃないかと。

結構カットされているシーンもあるので、撮っているのを全部繋げて明智版も作って欲しい(笑)。

──2017年のテレビドラマ『コウノドリ』でデビュー以降、ほとんど拝見していますが、今回の『はざまに生きる、春』はちょっと泣いてしまいました。いわゆる「アスペルガー症候群」の主人公を演じてみていかがでしたか?

どの役も自分でない人を演じることは決して簡単ではないから、難しさはどの役でもありますが、ただ、この『はざまに生きる、春』の透くんの場合には、自分のなかで整理しなくてはいけないことがたくさんありました。僕たちが表現、伝え方を間違えてしまうと本当に多くの人を傷つけてしまうし、差別を助長してしまうので、その辺はすごくセンシティブに、大事に大事に役と向き合って。映画が完成してからも、丁寧に発信していきたいなと思っています。

映画『はざまに生きる、春』[5.26 Fri公開] 主演:宮沢氷魚・ヒロイン:小西桜子

──なるほど。この映画を観ていると「発達障がい」という言葉自体がかなり幅広い解釈があるなと思います。

撮影の前後に勉強会を開いていただいたんですが、やはり発達障がいというのはすごく人に伝えづらいというか、レンジも広くて。「これが発達障がいです」という典型的な例も年々変わっていくし。日々、社会の認識が変わっていくなかで発達障がいのことを知ってもらうという難しさはありました。でも、少しでも発達障がい、アスペルガー症候群という特性を知っていただける機会になればという思いはありました。

──特に外国映画ではアスペルガーを扱った映画・・・例えば『レインマン』や『メアリー&マックス』ってアニメーションが昔からあります。それぞれに特性があって、そんなことを言い出したら僕自身も発達障がいそのものじゃないかって、この『はざまに生きる、春』を観ると思ってしまうんですよね。

大人になってから発達障がいと診断される人も結構いますよね。子どもの頃から発達障がいと診断できると思っていたんですけど、それを知らずにずっと生きる方もいる。この映画で初めて自分がそうであると気付く場合もあるかもしれません。だから発達障がいってなんだろうっていう。

──なんなんでしょうね?

正解は僕のなかではまだ無いし、理解するのが難しい人もたくさんいると思うんですけど。でも、やっとこの何年かで少しずつ前進してる気がします。それは社会的サポートもそうだし、発達障がいというものを認めている国も多くなってきた。そこに少しでもこの作品がプラスになれたら良いなという思いはあります。

■ 監督、現場を支えたプロフェッショナルな座組

──そんな教育的な意味でも、この映画は良くできていると思うんですが、まず恋愛映画としての機微が素晴らしいと思いました。僕は、この葛里華さんという監督は初めて拝見したんですが、なかなかセンスがあって。それにスタッフがみんな行定勲組じゃないですか。

そうなんです。すごい豪華な。

──製作の「セカンドサイト」が行定監督の事務所ですし、撮影の福本淳さんも録音の伊藤裕規さんも。

福本さんもすごくユニークなおじさんだし、ほんとに職人さんの集まりでした。

──伊藤さんも音に関してはホントにこだわりがすごいし。

職人さんたちが監督のやりたいように合わせてくれる。みなさんキャリアがあるのに、葛監督が監督であるということをすごく大事にしていて。こんなイメージなんです、と監督が上手く言葉にできない時には「分かった、じゃあこう撮ろう」と、あくまで監督発信を尊重する。素晴らしい環境でしたね。

──徹底的にプロフェッショナルに仕上げる。その効果が今回の映画にもすごく出てると思うんですよね。新人監督とは思えない。

監督も実体験を基にこの映画を作ってるわけですから、こだわりが。

──そうなんですか!

そうなんですよ。監督が以前発達障がいの方に恋をして。監督は、本業では漫画のエディターをされてて。

──そうらしいですね。調べたら結構有名な漫画を担当されてて。

だから、小西桜子ちゃん演じる小向春ちゃんに葛監督の心情が投影されているんです。だから春ちゃんに対する演出はすごく厳しかったです。

■ 相手役・小西桜子に寄せる信頼

──なるほど。でも小西桜子さん、見事に応えてたと思いますけど。

本当に、ほかに春ちゃんを演じられる女優さんが思い浮かばない。監督の桜子ちゃんに対する要望を近くで聞いていると、指示がすごく難しいんですよ。自分の実体験を基に作っているから、昔の巨人の長嶋監督がバッティングを教えるときのようで、「ここでグッとして」っていうのがあるじゃないですか、ニュアンスで伝えるみたいな。僕にはよく分からなくても、ちゃんと桜子ちゃんは自分のなかに落とし込んで演じてるから、本当に素晴らしいと思いました。

(c)2022「はざまに生きる、春」製作委員会

──監督からの氷魚さんに対するリクエストはありましたか?

時々ありましたけど、結構自由にやらせてもらっていました。逆にこっちが不安になるので、監督に聞くんですけど「いや、いいと思いますよ」って。

──それが正解だったんでしょうね。実際の体験を基にされてるんだったら。

最初はちょっと不安だったんですよ。もっとこうして欲しいと言われたら、それをクリアしていけば良いんですけど、「良かった」って言われると、自分では何が良かったのかいまいちはっきりしてない。そこを見つけるまでちょっと時間がかかりましたけど、それを1回掴んでからは自由に、僕が思ったようにやって、違ったらもちろん演出が入るという感じでしたね。

──タイトルにある「はざま」の意味は、「発達障がいとのグレーゾーン」と最初に説明されますけれども、そのうち水族館に入る時に、透くんから「自分は発達障がいだ」と告白します。あのあたりで、観てる側も「はざまってどこにあるんだろう」と思うわけです。春ちゃんもやっぱり、自分とどこがどう違うのか、なぜ透くんに惹かれるのか。彼氏もいるのに、彼氏とどう違うのか。そうしたいろんな世間の境界とのはざまをいろいろ描きつつも、移ろいゆくところが面白い。

ほんとにその通りで。僕も演じていて、いつからそう区別するようになってきたのか、その境界線というものはいわゆる僕たちの日常生活では発達障がいの特性を持っているとか、身体障がい者であるとか、一応あることにはなっているんですけれども。それがどこなのかは目に見えないものだから、どこが境界線なのか結局分からない曖昧なものなんです。そのなかで揺れ動く春ちゃんとか、自分で自分の道を全うして生きている透くんの描き方が、僕は葛監督のすごく上手いところと思っています。

■ 「僕は透くんがうらやましい」

──そんなこと言いだしたら、それこそレオナルド・ダ・ヴィンチとか、ゴッホとか、モーツァルトとかベートーヴェンとか発達障がいの特性を持っていたと言われていますもんね。

透くんもあれだけ素晴らしい絵をたくさん描いてて、天才であって。みんながみんなそういうわけではないですけれども、発達障がいの特性を持っている方は拘りが強い分、その道で才能が開花したときはほかの人よりもすごく優れているというのは演っていて思いましたね。透くんの場合、自分のライフワークを見つけられたということに関してはすごく恵まれているんじゃないかと。

──無意識ではなくね。自分で絵を描くことを選んでいる。

みんながみんな自分のパッションをぶつけられるものとか、ライフワークにしたいと思うものを持てるかと言ったら、そうじゃない人の方が多いですよね。だから、ある意味僕はそういう透くんがすごく羨ましい。自分が生きていく道がちゃんとはっきり見えていて、自分が描く絵には自信があって、それをいろんな人と共有していく思いがあって。僕もそうでありたいなと思わせてくれる作品でした。

──しかも透くんには志向性がハッキリあって、青に対するこだわりがものすごく強い。

そう、びっくりしました。青もあんなにいろんな種類があるんだって。あと、ペットボトルのことを語るときとか。

──あれ、すごいですね!ペットボトルの底に光が溜まってるんですよね。乱反射を起こしていて。

そうですよね。やっぱり自分が興味を持ったものには、ほんとにもうそこに熱量ががーっと注ぎ込まれていって、なんか独りよがりなことじゃなくて、自分だけのためにやってるんじゃなくて、「この素晴らしさを分かって!」という。自分の思いを誰かに伝えたいって心がすごく美しいなぁと思って。

──ああいう、なんでもないところから見えてくる宇宙観というものが透くんにはあるんだな、というカットでした。

透くんに見えてる世界というのが、我々に見えてる世界とちょっと違って。それこそ僕の好きなシーンで、取材を受けた後に外に出たら雨が降ってて、透くんが傘も差さずに外にワーッと出て「雨だ!」ってはしゃぐシーンがあるじゃないですか。僕、あそこで本当に透くんって素晴らしいなって思ったんです。僕も子どもの頃に雨が降ったら楽しかったし。

──台風が来たらちょっとワクワクしたりとかね。

そう。そんなドロドロになっても構わないみたいな。あの純粋さが子どもの頃にはあったのに、今だったら、面倒くさってなるじゃないですか。あの純粋な気持ちはどこにいったんだろうって思うんですよね。だから、あれだけ目の前にあるものを後先考えず楽しめるのは深いなと思って。

■ 「はざまで生きる」に込めた想い

──その一方、透くんは自分自身にレッテルを貼ってるようなところもある。僕は障がい者だから他人のことが分からないという漠然とした思いに、囚われてるところもあるんですよ。それが一番最後のシーンで別の光の美しさを見つけることになる。その構造が恋愛映画としても素晴らしいなぁと。

透くんもだし、春ちゃんも、お互いに影響し合ってどんどん変化していく。確かに透くんの場合はその成長スピードが遅いかもしれないんですけど、でも春ちゃんと出会ってなかったら、あの絵は描くことがなかったと思うし、透くんのなかで「幸せとは何か?」という答えは出なかったと思うんですね。人と繋がることで、自分の知らなかったことが活性化されていく、そこに僕はすごく希望を感じました。

──はざまで生きる、はざまで生きていくって決意させる。あの絵自体も素晴らしいですもんね。

素晴らしいです。僕が描いた訳じゃないんですけど(笑)。監督の中学の同級生である泉桐子さんが描かれていて、脚本を読んで、監督からこういう男の子です、ってことを聞いていくつか絵を描いてくださったらしいんですけど。見事に透くんの心を理解していて。僕も見た瞬間に、「あ!確かにこれは透くんが描きそうな絵だ」って。

映画『はざまに生きる、春』

2023年5月26日(金)公開
(c)2022「はざまに生きる、春」製作委員会

© 株式会社京阪神エルマガジン社