子どもを取り巻く環境に改善の兆し、課題は? 阿部教授に聞く 希望って何ですか 第1章特集-上-

阿部彩氏

 「子どもの貧困対策推進法」が施行され、今月で10年が経過した。子どもの貧困率は2012年の16.3%から、21年の最新データで11.5%と10年弱で約5ポイント改善。一方で、いまだ8人に1人が貧困の中で生活している現実がある。子どもを取り巻く環境が好転する兆しは見えてきたのか。課題は何か。貧困や格差問題に詳しい東京都立大人文社会学部の阿部彩(あべあや)教授に現状を聞いた。

 ■数値改善も苦しさ深刻

 子どもの貧困率は、国民生活基礎調査の数値では過去最高だった2012年の16.3%に対し、最新が11.5%(21年)。数値的に改善したと言える。新型コロナウイルス禍までに労働市場の改善がなされ、特に(子育て世帯の)母親の就労率、正規雇用率が高まったことで所得が上がったことが要因に挙げられる。

 ただ、子どもの貧困対策の枠組みとして母親の就労率への取り組みが行われてきたわけではない。コロナ禍以前の景気回復に、非正規雇用労働者の正規雇用への転換や、最低賃金の引き上げなどの労働政策、企業側の人手不足が相まった結果として、経済状況が好転したと考えられる。

 一方で、子どもの貧困率の改善と、貧困状態にある子どもの生活改善は必ずしも相関しない。今もなお11.5%に残る子どもたちは、難しい問題を抱えていると言えるし、コロナ禍における多くの制約や物価高が重なり、より厳しい状況に置かれている。 

 この10年間で、以前は中間層が大多数だった子育て世帯の所得分布には変化があり、年収1千万円以上の高所得者層もかなり増えた。低所得者層の人たちが感じる格差感が、より大きくなっている可能性もある。

 ■痛み伴う改革も必要

 子どもの貧困対策の取り組みとして、この10年で最も進展してきたのは教育の無償化だ。高校が無償化され、幼保も拡充された。大学生年代でも、奨学金や授業料の免除が広がった。

 ただ、生活苦があり、食費が足りないなどの状況下では、教育が無償化されたとしても十分ではない。生活保護制度や児童扶養手当など、本当に苦しい人たちへの生活支援は基本的に何も変わっていない。最も不足している部分だ。

 リーマン・ショック後には、生活困窮者自立支援法など、不十分ながらさまざまな枠組みをつくる機運が高まった時期もあった。しかし、コロナ禍ではその苦境が一過性のものと考えられていたこともあり、恒常的な生活困難に対する制度の拡充には至らなかった。今後、より手厚くする必要があるだろう。

 同時に「どこを拡充すればいいか」では済まない段階にもなっている。現在の日本は海外と比べても地盤沈下が進み、子育て世帯の平均所得で言えば、欧米の先進諸国だけでなく韓国よりも低く、今後、他国にも後れをとっていくだろう。国が相対的に貧しくなっている。

 その状況下で、政府は財政的な大盤振る舞いを続けているが、それは後世へのツケになるので全く子どものためにはならない。その上で「緊急給付しよう」「減税しよう」「大学を全て無償化しよう」と言うのは簡単だが、その財源はどうつくるのか。成長が見込めない衰退産業を生かすための補助金ばかり出しているが、それをいつまで続けていくのか、という議論もある。

 子育て世帯からも、高齢者世帯からも増税できない。だから、後世へのツケで拡充を図ろうというのは責任逃れと言える。本気で、痛みを伴う改革が求められている。

 ■進学の「先」も充実を

 教育の無償化が進み、「大学へ進む」という選択肢があるようになった意義は大きい。一方で、卒業後にどんな職に就けるのか、ということも考えないといけない。

 一流の大学はもちろん、そうでない大学に行ったとしても成長産業に就き、生涯ちゃんと暮らしていけるスキルを身につけられるか。(行き先として)どんな産業を育てるべきか。いかに若者の労働市場を精査するか。お金のばらまきでは解を見つけられないような部分にも、踏み込んでいかなければならない。

 また、「大学に行かない」という選択肢も魅力的であるべきだ。かつて18歳と言えば一人前に稼げた年齢だが、今は大卒と高卒の格差もあり、それは簡単にかなわない状況だ。本来であれば高卒で働く側に回っている人を、全て大学に送っているような側面もある。

 例えば、(不登校数の増加もあり)通信制高校などに通う子どもが増えている。そういった学校の教育をどうするかも議論していくべきだ。一流大学に行くだけではないトラックもきちんと用意して、大卒に見劣りしないキャリア人生を歩めるような道筋を多くつくっていかないといけない。

 子どもの貧困対策というと、小さい子どもをイメージしがちだが、実はそれよりも年齢の高い、若者期以降が最も貧困率が高い。その層をいかにサポートしていくかが大切だ。

◆東京都立大人文社会学部 阿部彩教授◆

 米マサチューセッツ工科大卒、タフツ大大学院修了。国際連合、海外経済協力基金などを経て、2015年から首都大東京(現・東京都立大)教授、同大子ども・若者貧困研究センター長。研究テーマは貧困、社会的排除、社会保障、公的扶助。

阿部彩氏

© 株式会社下野新聞社