2011年、一生(かずき)さん(25)中学1年生の夏。
「まるでごみ屋敷」のような家の中を、日光市内のNPO法人代表、畠山由美(はたけやまゆみ)さん(62)たちが4人がかりで片付けに取りかかった。
畠山さんは数カ月をかけて根気よく一家とつながり、一生さんと妹、そして金銭管理と片付けが苦手な母親に寄り添い続けた。
時に光熱費を立て替え、妹の病気などを心配した母親から通院支援も依頼されるようになり、一緒に市外の病院に通った時期もあった。信頼関係を築いた。
かたくなに畠山さんたちを家の中に迎え入れることを拒んでいた母親は、ついに玄関のドアを開けた。
みんなで積み重なった衣服をどけ、見えるようになった床を磨き、トイレも使えるようにした。軽トラック2台分の不用品を運び出し、普通の暮らしができる状態にした。
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「普通ってこういう感じなんだなって、初めて思った」
それまでの暮らしをおかしいと思いながら、「当たり前」が分からなかった一生さん。畠山さんたちがちょくちょく家を訪れては掃除をしてくれるようになり、「基準ができた。ごく一般的な感覚ですけどね」。
何より、母親が明るくなったことがうれしかった。「少しは気持ちに余裕を持てるようになったのかな」
一生さんはずっと、「母親を反面教師にしようと思っていた」という。水や電気が止まる暮らしはしたくない。でも、ひだまりに通うまで、どうすればいいのかが分からなかった。
「同じような人はたくさんいる」と思う。もしかしたら、母親も同じような環境で育ったのではないか。
「普通じゃない暮らしを嫌だと思う気持ちを秘めていても、当たり前を知らないと現在の暮らしを続けることしかできない。結局、貧困が連鎖していく」
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暮らしは徐々に改善された。母親は家事が得意になったわけではないが、畠山さんをはじめ他人の助けを受け入れられるようになった。苦手なトイレや風呂の掃除は一生さんたち子どもが分担し、水道やガスが止まることのない「当たり前の暮らし」を維持できた。
一生さんが強調するのは、「親も変化できる」ということ。
畠山さんと出会い、母親の中の当たり前も変わった。「居場所は子どもだけでなく、親のことも助けてくれる。見えづらいかもしれないけど、実際に母親も少しは変わったと思うんで」
それは「良い家族になる」ことにつながると感じている。「親が変われば子が助かる。『親がいてよかった』と思える。親子関係は大人になっても続くから」