福山市の名産品のひとつが「保命酒(ほうめいしゅ)」です。
かつては幕府に庇護され高級品として大切にされていた保命酒ですが、現在では福山市民でも保命酒を知らない、飲んだことがない、という人も増えています。
その状況を変えようと、保命酒Bar「HOREI(ホレーイ)」を開き、保命酒の魅力を伝えている大学生がいます。
どのような経緯で保命酒Barを開いたのか、お話を聞いてきました。
保命酒Bar HOREI
福山に保命酒があることは知っていても、現在保命酒を製造しているのは4社だけであること、その4社の保命酒の味がまったく違うことを、知っている人は少ないかもしれません。
筆者もそんな一人でした。
HOREIのメニュー
「保命酒をあまり飲んだことがない人にぜひ挑戦してほしいのは、保命酒4種の飲み比べセットですね」
福山市立大学都市経営学部3年生の佐藤俊介(さとう しゅんすけ)さんにすすめられるまま、飲み比べセットを頼みました。
「まずは味の違いを確かめてみてください」
並べて眺めてみると、色も違います。ひとつずつ、香りを嗅いでみました。香りも、同じではありません。
一番色の薄い、入江豊三郎本店の保命酒からいただきました。最初に感じるのはしっかりした甘さです。
「入江豊三郎本店さんの保命酒が一番甘みが強いと思います。次を飲んでみてください」
うながされて、岡本亀太郎本店の保命酒を試しました。
たしかに味が違います。少し甘みが抑えられ、薬草の香りが強まりました。
これは興味深い。
次は色の濃い、保命酒屋(鞆酒造)をいただきます。さらに甘さが減り、薬草の香りが強くなりました。
最後に八田保命酒舗を。一番薬草感が強く、甘みはかなり抑えられています。
同じ保命酒でも、甘さと薬草感がまったく違うことがわかります。
「ストレートで飲むと味の違いをはっきり感じてもらえますが、そのまま飲むのが苦手でしたら、残りはリンゴジュース割りや牛乳割りなどにできますよ」
それも魅力的だと思いましたが、まずは4種類の違いをじっくり楽しんでみたくて、ストレートのまま飲み続けました。
なるほど、これが保命酒か……。今まであまり飲んでこなかったことが悔やまれます。
佐藤さんが友人たちとともに実際に自分たちで飲み比べて感じた味の違いを、グラフにしていました。実測値ではなく感覚を可視化した結果なので、自分の感覚と同じかどうかを比べてみるのもおもしろいのではないでしょうか。
メニューには、保命酒を使った料理があります。まずは、手羽元の保命酒煮込みをいただきました。
保命酒で煮込んだ手羽元にかぶり付くと、手が止まらなくなりました!
保命酒は、みりんに薬草を浸して製造しています。そのため、保命酒で煮込んであっても違和感がないどころか、こっくりと深い味に仕上がるようです。実にHOREIらしいと感じました。
もう一品注文したのは、酒粕ポテトサラダ。
じゃがいもに刻んだベーコンとたくあん、玉子を加え、保命酒の酒粕とマヨネーズで和えています。
食感が楽しいうえに、酒粕の旨味がプラスされたポテトサラダは、やはりHOREIならではのつまみです。
次に、保命酒の牛乳割りを作ってもらいました。
注文時には4種の保命酒のどれにするかを指定します。
牛乳割りは保命酒の製造者もおすすめの飲み方だそうですが、配合比は佐藤さん自身がいろいろと試しながら調整したとのことでした。
驚いたのは、その飲みやすさです。
ストレートで飲むよりも、ずっとまろやか。これなら毎日飲みたい、そんな飲み物になっています。
イメージとしては、カルーアミルクに少し似ていますが、それに薬草の香りがほんの少し加わった感じといえばよいでしょうか。
だいぶ酔いも回ってきました。しかし、もう1杯、ぜひ飲んでおきたかったのが鞆ハイボール。
ハイボールに保命酒を加えた鞆ハイボールは、甘さの苦手な人にも飲みやすいと感じました。他のお客さんからも、人気の飲み方のようでした。
その他に注文が多かったのは、保命酒の酒粕からていねいに作る甘酒です。寒い季節の温かい甘酒は、何よりのごちそうですね。
HOREIの営業時間
毎週金曜日の午後7時から午前0時までが、HOREIの営業時間です。
昼間は「昼から酒場 泡幸(あわゆき)」として営業しているお店を、金曜日の夜だけ佐藤さんが借りてHOREIを開いているのです。
そのため、フードメニューにはHOREIオリジナルのものの他に、泡幸のおばんざいもあります。
週末の夜を楽しもうと集まってくる大学生や、イベント出店でHOREIのことを知り、興味を持った社会人たちで店内は賑わっています。
お客さんがいっぱいになったら、席を譲り合ったり、カウンターのお客さんがお酒を手渡すお手伝いをしたり。
初めて出会うお客さん同士も、保命酒をきっかけとして話が弾みます。
HOREI出店まで
この場所での定期的な営業が始まったのは、2023年12月1日からです。
それまでは、イベント的に出店して少しずつ手応えを感じてきました。
最初の出店は2023年7月、福山駅近くの店舗を借りて。次は10月にiti SETOUCHI(イチセトウチ)内で。
11月には同じくiti SETOUCHIで開かれた「第13回備後ふくやま伝統産業展」に、備後絣や福山琴などとともに出店しました。
Instagramでの情報発信もスタートし、徐々に市民にもその存在を知られ始めています。
保命酒Bar開店までの経緯について、さらに詳しくお話を聞いてみましょう。
保命酒Bar「HOREI」佐藤俊介さんにインタビュー
そもそものきっかけは大学の授業だった、と佐藤俊介さんは話してくれました。
知られざる名産品
──なぜ、保命酒を飲めるBarを開こうと思ったのですか。
佐藤(敬称略)──
大学の授業で、鞆の課題解決に取り組んだのがきっかけです。この授業では、数か月かけて町の課題を解決する方法を探ります。僕たちのグループが注目したのが「保命酒」でした。
保命酒の歴史を知り、実際に飲んでみて、保命酒には多くの可能性があると感じました。しかし、学生にアンケートをしてみたところ、保命酒を知っている人は半数弱、飲んだことがある人は1割もいませんでした。
その理由はなんだろうと考えてみたんです。
──その理由は?
佐藤──
そもそも保命酒を知る機会がないことが理由です。福山の名産にもかかわらず、駅前で保命酒が飲める場所はほぼありません。福山駅の近くで4種類の保命酒を買えるお店もありません。4種類の保命酒がそろうのは鞆だけです。
福山市民にとっても、僕のように福山市外からきた大学生にとっても、保命酒を知るための場がないから、魅力が伝わらないのだと思いました。
──なるほど。言われてみれば、保命酒をお土産にすることはあっても、自宅やお店で飲む機会はなかったですね。
佐藤──
ないなら作ろう。そう思って、保命酒Barを企画したんです。グループのメンバーで試飲会をして、いろいろ調べながら保命酒カクテルのレシピや、味のグラフを作りました。
保命酒の歴史
佐藤──
保命酒の製造が始まったのは今からおよそ350年前。大阪の漢方医だった中村吉兵衛(きちべえ)が保命酒の生みの親です。
保命酒は江戸時代に非常に珍重され、中村家だけが製造を許されました。幕府への献上品として用いられ、ペリーのもてなしにも保命酒が使われたといわれています。
明治時代に入ってからは、中村家以外にも保命酒の製造が許されるようになり、多くの業者が保命酒を造るようになりました。
保命酒製造の全盛期は昭和初期です。この頃には甘いお酒は少なかったので、多くの人が保命酒を楽しんでいました。
しかし、今は甘いお酒もたくさんあります。人々の健康状態も良くなってきて薬酒の需要も減りました。今、鞆で保命酒を製造するのは4社だけになったんです。
──長い歴史があるものだから残していきたい、と思いますか。
佐藤──
いいえ。伝統産業だから価値があるとか、伝統だから残すべきだ、というのではありません。
保命酒は、魅力的な存在だと思います。けれども、今、その魅力が伝わっていないんです。
だから、知ってもらいたい。飲んでもらいたい。現代に合わせたアプローチが必要です。
──だから、保命酒Barなんですね。
佐藤──
そうです。まずは、駅前で保命酒を飲める場を作り、現代に合った飲み方を提案したいんです。保命酒の歴史を伝え、保命酒を使った料理を提供して、今まで保命酒を知らなかった人に、保命酒を知ってもらいたいと思います。
──4社の保命酒の違いを、もう少し教えてもらえますか。
佐藤──
はい。鞆に3店舗を構えるのが入江豊三郎本店さんで、甘い味が特徴です。福山ブランドに選ばれた「甘酒」や「鞆の浦サイダー」など、保命酒を使った商品も多くあります。
岡本亀太郎本店さんの店内にある、龍に守られた保命酒の看板は中村家から受け継いだもの。「梅太郎」や「杏子姫」など、新しい味の保命酒も作られています。
鞆酒造さんの創業は明治12年。4社のうちもっとも古くから保命酒を作っています。太田家住宅の一部を改装した店舗や、自作の徳利(とっくり)も風情があります。
八田保命酒舗さんの保命酒は、香りにこだわりがありますね。柑橘系を含む16種類のハーブを使っているのが特徴で、海外でも人気です。
──ありがとうございます。4社それぞれに特徴があるんですね!
佐藤──
そうなんです。とても興味深いですよね。
HOREIが目指すもの
佐藤──
僕が提案したいのは、保命酒全体の盛り上げです。鞆まで行かなくても、福山駅前に4つの保命酒の味を比べて楽しめる場所があれば、保命酒に興味を持つ人が増えるのではないでしょうか。
──たしかに、飲み比べることで保命酒の魅力をさらに感じられますね。ところで、店名が「HOMEI」ではなく「HOREI」なのが気になっているのですが、どういう意味ですか。
佐藤──
「ほれみいー」とか「ほれいいやろー」という言葉の響きが良いなと思って。かけ声みたいじゃないですか?そこから「ホレーイ」にしました。
ロゴも自分で作りました。文字の雰囲気は鞆の浦の波をイメージしています。最後の「I」を常夜灯の形にしたのは、けっこう好評です!
──この常夜灯は目を引きますね。では、これからどういうことをしていきたいですか。
佐藤──
福山にはまだ余白がある、と感じています。「福山には何もない」なんて言葉もよく聞きますが、何もないということは何でもできるということですよね。
福山は規模が大きすぎず小さすぎず、いろいろなことにチャレンジしやすい町、とてもおもしろい町だと思います。まだ学生なので、今のうちにいろいろなことを経験したい、失敗も含めていろいろなことをやってみたいですね。
保命酒の魅力を再発見しよう
「何もないということは何でもできる」という言葉がとても印象に残りました。
若い力が福山を動かし始めていると感じます。
HOREIに立ち寄って、気軽に保命酒を飲んでみませんか。そして、隣りに座った誰かと、保命酒や福山の魅力を語り合ってみませんか。
きっと、楽しい夜になることでしょう。