北欧で活躍する注目のピアニスト田中鮎美、来日控えインタビュー公開

オスロ在住のピアニストである田中鮎美がECMからトリオによるリーダー作『スベイクエアス・サイレンス−水響く− 』をリリースしたのが、2021年のこと。彼女は菊地雅章、福盛進也に続く、ECMからリーダー作を出した3人目のジャズ・アーティストとなった。そして、実のところその『スベイクエアス・サイレンス−水響く− 』はマンフレート・アイヒャー制作の作品のなか、異色の背景を持つ。

同作はもともと田中が長年の同志たちと別のレーベルから出そうと、自分たちで2019年に録音したものなのだ。それをマンフレート・アイヒャーが気に入り、彼が曲順や曲の長さを少しいじった末にECMからリリースされた。その事実は、田中鮎美の創造がECM/アイヒャーの美意識といかに合致しているかを物語るものだろう。彼女は他にもタイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドの『Lucus』(2018年)やトーマス・ストレーネン/田中鮎美/マルテ・レア三者名義の『Bayou』(2021年)などのECM作品にも名を連ねる。そんな彼女は2024年1月から2月にかけて、様々な設定によるライヴを日本で行う。その近況とともに、彼女の様々な表情が開示されるだろう諸公演のことを、彼女に問うた。

<YouTube:田中鮎美トリオ『スベイクエアス・サイレンスー水響くー』日本語EPK

――1〜2月に予定されている公演のことを伺う前に、ちょっと近況をおたずねしたいです。パンデミックのときはどうなさっていたんですか?

なんか不思議な時間でした。ノルウェーは結構早いうちにシャット・ダウンし、家の中にいてくださいってことになりましたね。それで、計画していた演奏とかは全部中止になってしまいました。でも、オン・ラインのコンサートは早い段階から始めました。ノルウェーって、PAとかそういう音楽のシステムが結構ハイテクなんですよ。

 ――ずっとオスロにお住まいなんですよね。

 はい。でも、今はちょっと短期なんですけど、イギリスにいるんです。

ECMレーベルはすごい大きな存在

 ――今、田中鮎美トリオの『スベイクエアス・サイレンス−水響く−』を振り返るとどんな感想を持ちますか。

今振り返ると、私が日本からノルウェーに渡ってやってきたことが形になって世に出せたと思っています。それまでは演奏する場にいる人に向けてという感じでしたが、いろんな場所にいる方たちに音楽を届ける、いいきっかけになったアルバムだと思っていますね。

 ――それ以前にもいくつか質の高いリーダー作を出していますが、やはりECMからアルバムを出したというだけで俄然注目する人もいると思います。同社発というのは、田中さんにとっても大きなことであったのでしょうか。

そうですね。私にとって、ECMレーベルはすごい大きな存在です。ヤン・ガルバレクをはじめとするノルウェーのミュージシャンたちをECMレーベルを介して知りましたし、その流れでノルウェーにも行ったわけです。そして、私がついた先生もECMレーベルから作品を出しているミシャ・アルぺリンでした。そういう流れがありましたので、マンフレート・アイヒャーと出会い、彼がアルバムをリリースしようって言ってくれたこともなにか繋がりを持つ、いいご縁だと思っています。

――その『スベイクエアス・サイレンス−水響く−』を今回改めて聴いたのですが、もう本当に一音一音が研ぎ澄まされ、えも言われぬ空間を作っていて感嘆しました。そういう聞き味は、やはりノルウェーに居住しているからなのでしょうか。

ノルウェーって、何をするのもわりと許されるところがあるんです。その人のパーソナリティが出る音楽をしないとやっていけないよとはじめに友達に言われたんですが、そういう環境にいることができ、ありがたいことにこういう形で伸び伸びとやらせてもらっています。

<YouTube:Subaqueous Silence

――それにしても、不思議です。だって田中さんのトリオのリズム・セクションもそうだし、田中さんが懇懇意にしているドラマーのトーマス・ストローネンにしてもそうですし、それこそヤン・ガルバレクをはじめとするECMの先輩たちも同様ですが、みんな個性に富みまくっています。ノルウェーって人口が少ないじゃないですか。それなのに、どうしてこれほどまで優秀なミュージシャンが次々に出てくるのか、驚いてしまいます。

そうですね。政府からアーティストには手厚い助成がされているんです。ミュージシャンもそうした助成があると、本当に自分のやりたいことに時間をかけ、余裕を持ってできますよね。ですから、たとえばお客さんが入る音楽をしなければいけないけないとか、そういう邪念のようなものがないんです。

 ――ECMから出る次作のプランについてもお教え願えますか。

 今、ソロ・レコーディングの準備をしているところです。

 ――完全ソロで録音するんですか。

そうです。武満徹さんの曲を弾こうと練っています。

 ――すべて武満さんの曲をやるんですか。

あと自分の短い曲も書いていて、それらを合わせようと自分のなかでちょうど組み立ているとことですね。

 東京でのライヴは7年ぶり

 ――さて、2024年の1〜2月にかけて日本で行う公演のことをいろいろお聞きしたいと思います。

 東京の公園通りクラシックスさんでは、東京のミュージシャン2人とトリオでします。市野元彦さんと千葉広樹さんとやります。

 ――ピアノとギターとダブル・ベースという編成ですと、晩年のプーさん(菊地雅章)のトリオと同じ編成となりますね(そちらは、トッド・ニューフェルドとトーマス・モーガンを擁した)。このドラムレスの編成はどういう感じで決まったんですか。

このトリオ公演をするにあたって、ドラムの福盛進也さんと彼とお仕事をされている花井さんにお手伝いしてもらい、つなげていただきました。

――福盛さん、大人だな。自分で叩くとは言わずに(笑)。

その同じ夜に、福盛さんは佐藤浩一さんのトリオで叩くからかもしれません。

 ――それって、対バンということですか? 

はい、そうです。

 ――贅沢ですね。田中さんは自分のトリオはベースのクリスティアン・メオス・スヴェンセンとドラムのペール・オッドヴァール・ヨハンセンというメンバーで固定していますが、今回は新たな顔ぶれのもとフレッシュな感じで音を重ねることになるんですね。

本当にそうですね。私は東京に来ても、そんなにミュージシャンの方を知らないんです。

――ですよね。生まれ育った和歌山から直接オスロに行ってしまっていますから。

そうなんです。東京は知らなくて、和歌山にずっと住んでいましたら。

 ――東京でライヴをするのはいつ以来ですか。ぼくは2016年にNAKAMA (田中や彼女のトリオのベーシストであるクリスティアンらとのカルテット)で来日した際に見させていただきましたが。

2017年にはトーマス・ストレーネンと来て、タイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドで六本木にあったスーパー・デラックスさんでしたことがありました。

――ですから、日本人ミュージシャンとやるのはレアですよね。そのトリオでは、わりとフリー・フォームな感じで行くのでしょうか。それとも、一応曲のモチーフはお出しになるんですか? 

私は曲を書くとなったら、一緒にやる人たちのために書くという感じなんです。ですから、今から何か準備出来たらします。とはいえ、私としてはせっかくこの3人が出会うのですから、音を出してみて、どういうふうに行くのかを楽しみたいです。もしマテリアルを提示するとしても本当にシンプルなもので、自由に会話の成り行きを楽しむ方向で行きたいですね。

 ――会話を素直に楽しむなかから、えも言われぬ余白や余韻が出てくるような気がします。

 そうですね。なんかすごく素敵なミュージシャンのお2人ですから。

 ――一方、和歌山市と東大和市ではソロ・ピアノの公演も行いますが、それはどんな感じのものになりますか。たとえば、人によってはソロ・ピアノはやはり一度は対峙しなきゃならないものではあるものの、ちょっと恐れ多くて先伸ばしにしているという人もいますし。田中さんの中ではソロ・ピアノはどういう位置にあるものなのでしょう。

もともと私もそんな感じでしたね。本当に恐ろしいものだと思うんですけど、オスロのフェスティヴァルで、ソロのコンサートをしないかと言ってもらったのが、多分大きなきっかけでした。それで、徐々に慣らしていったという感じです。

――だって、次のアルバムはソロですもんね。

そうですね。やはりコロナがあって家で自分と対峙する時間が増えたということもありますし、一人でピアノを弾く時間も増えましたし。他者と演奏するのがすごく好きなんですけど、一方一人だと自分が行きたい場所に思うまま行けるという部分はあります。

――その際は、武満さんの曲も弾きますか。

弾きます。

 ――それから、大友良英さんとも2日間お手合わせします。彼とのギグは、どういう経緯で決まったのでしょう?  

ノルウェーに行ったときにいろんな人がオートモ、オートモと言っていて、ヨーロッパではめちゃくちゃ人気がおありなんですよね。それで大友良英さんのことを知ったんですけど、本当にフリー・ジャズから映画音楽まで幅広く活動されていますよね。また、ラジオのパーソナリティもなされていて、めちゃくちゃ知識があってしかもその語り口がすごく分かりやすい。すごい温かい愛がある方だなという思いがあるんですが、そのラジオ番組で私たちのトリオ作とか、トーマスたちとの『Bayou』などを紹介してくださったんです。それで、フェイスブックで“ありがとうございます。機会があったら、演奏を聴きに行かせてください”とメッセージを送ったんです。そしたら、“じゃあ一緒に即興演奏しませんか?”って返事をいただいたんです。

――今回の大友さんとのライヴは、そのやりとりがきっかけになるんですか。

そうなんです。そして、誰か共演したい人いますかって聞いてくださったりもしました。2日目に一緒にやる方々は、みんな大友のお勧めなんです。

 ――大友さんと一緒にやる2日間は、デュオとクインテット編成で日替わりになるんですよね。

はい、2日間しましょうと私から提案させていただきました。せっかくなので一回だけじゃなくて、もう少し長い時間を使ってどういうふうに音楽が温められるかな、と。2日間とも即興になります。

――デュオはもちろん、クインテットのほうもどうなるか楽しみです。

本当にそうですね。ずっと長い間、いろんな活動をされている方なので、学びは大きいと思います。あと、やはり大友さがどんな方なのかなっていうのにすごく興味があり、その人柄に触れられる2日間がすごく楽しみですね。

タイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドでのライヴ

 ――そして、2月にはさらにトーマス・ストレーネンが率いるタイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドでの公演も福岡と大阪と東京でしますよね。

東京は、福森さんの新バンドと対バンですね。

<YouTube:Shinya Fukumori Trio – Hoshi Meguri No Uta | ECM Records

――タイム・イズ・ア・ブラインド・ガイドって今トップ級にECM的とも言いたくなるボーダーレスな深淵を描くグループであるという認識をぼくは持っているんですが、けっこう向こうではライヴをやっているんですよね。

はい、結構定期的にツアーしていますね。最近だとブラジルに行きました。ブラジルに行くのは3回目ですね。リオやサンパウロや近くの都市でやりました。

<YouTube:Thomas Strønen | Time Is A Blind Guide – Lucus/Lucus | ECM Records

――なんか愉快です。ピアノ・トリオにヴァイオリンやチェロ奏者が入る編成のもと北の国のワビサビを描くグループが、南米の陽気な音楽大国で受けるというのは。

音楽とか文化的なことを扱っている大きな機関があって、そこがブッキングをしてくれたり、あとトーマスがずっと一緒に仕事をしている人がいて、その人が企画してくれたりとかしていますね。ブラジルのお客さんはオープンな感じがします。

 このインタビュー後にアルバム『スベイクエアス・サイレンス -水響く-』のトリオ、田中鮎美トリオでの2公演も1月に決定した!お見逃しなく!

Written By 佐藤 英輔

【田中鮎美作品情報】

田中鮎美トリオ『スベイクエアス・サイレンス-水響く-』
Ayumi Tanaka Trio / Subaqueous Silence
UCCE-1188 ¥2,860(税込)

CD購入&デジタル配信はこちら→https://jazz.lnk.to/AyumiTanakaTrio_SubaqueousSilencePR

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