もしも太陽の中心に原始ブラックホールがあったら? 「ホーキング星」の可能性を探索

宇宙誕生の直後、非常に小さな質量の「原始ブラックホール」が生成されたという説がありますが、その実物は現在1つも発見されていません。では仮に、恒星が原始ブラックホールを捕獲し、中心部に保持した場合、どのようなことが起こるのでしょうか?

マックス・プランク天体物理学研究所のEarl P. Bellinger氏などの研究チームは、太陽の中心部に原始ブラックホールがあると仮定した場合にどのような影響があるのかをシミュレーションしました。その結果、原始ブラックホールが小さい場合には、太陽に観測可能な変化を及ぼすことなく存在できることが分かりました。また、条件によっては恒星に変化をもたらすことも分かったため、恒星の観測を通じて、間接的に原始ブラックホールの数を推定することができるようになるかもしれません。

【▲図1: 恒星の中心部に原始ブラックホールが存在するホーキング星の模式図(Credit: Max-Planck-Institut für Astrophysik)】

■原始ブラックホールとは?

原始ブラックホール」とは、誕生直後の宇宙で発生した局所的な高密度空間で生成されたと考えられている、非常に小さなブラックホールです。通常のブラックホールは軽くても太陽の数倍程度の質量を持ちますが、原始ブラックホールは恒星質量よりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています(※)。

※…理論的には、原始ブラックホールは約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つと考えられています。しかし、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失うため、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上であると考えられています。

原始ブラックホールは、重力以外の方法では観測できない謎の重力源「暗黒物質(ダークマター)」の候補の1つです。他の多くの暗黒物質の候補とは異なり、原始ブラックホールには現代物理学の理論を書き換えずに存在を仮定することができるという利点があります。一方で、原始ブラックホールの観測には現在でも成功しておらず、本当に存在するのか、仮に存在するとした場合どれくらいの数が現存するのかは分かっていません。

■太陽に原始ブラックホールがあったとしても気づかない?

Bellinger氏らの研究チームは、恒星の中に原始ブラックホールが存在するとした場合、恒星の進化に影響があるのかどうかをシミュレーションしました。恒星が原始ブラックホールを保持する可能性は、1971年にスティーヴン・ホーキングによって提唱されており、Bellinger氏らはこのようなタイプの恒星を「ホーキング星(Hawking stars)」と呼ぶことを提案しています。

恒星が原始ブラックホールを取り込む状況は稀であると考えられますが、もしそれが起きた場合、原始ブラックホールは恒星の中心へと少しずつ落ち込み、そこで少しずつ恒星を飲み込んで成長していきます。しかし、恒星の中心部は放射が極めて強く、原始ブラックホールの重力を振り切って運動する物質が大半であるため、恒星は極めてゆっくりとしか消費されないと考えられます。

Bellinger氏らは、太陽が原始ブラックホールを取り込んだ場合に、太陽の性質や進化がどのように変化するのかを検討しました。様々な質量の原始ブラックホールでシミュレーションすることで、太陽の様子が標準的な状況から外れる可能性を検証できます。

シミュレーションの結果、恒星内部に存在するブラックホールの質量が太陽の100万分の1以下 (地球の約3分の1) の場合、太陽の明るさやニュートリノの発生量などに観測可能な影響が現れないことが判明しました。この程度の質量を持つ原始ブラックホールが誕生する可能性は理論的にも検討されています。

【▲図2: 通常 (左側) と、中心部に太陽の1000億分の1の質量の原始ブラックホールがある場合 (右側) との、太陽の明るさの時系列変化。通常の恒星は赤色巨星になる前でも少しずつ明るさが増大しますが、原始ブラックホールがある場合には、核融合の停止後により急激に明るさが増大します(Credit: Earl P. Bellinger, et al.)】

ただし、今は観測可能な影響が現れないと言っても、原始ブラックホールの重さによっては、太陽の未来は大幅に変更されるでしょう。

標準的な恒星進化論で考えると、太陽は今から約70億年後(誕生から約120億年後)には赤色巨星となり、外層が地球を飲み込むほど膨張した後に少しずつ離れて行き、最終的には白色矮星を残すと考えられます。

太陽の1000億分の1の質量(大きめの小惑星や衛星に匹敵する質量)を持つ原始ブラックホールが太陽の誕生直後から中心部に存在するシナリオの場合、今から約14億年後 (太陽誕生から約70億年後) のブラックホールの質量は太陽の1000分の1まで成長していると考えられます。中心部の物質が失われることで核融合が停止した太陽はブラックホール化する一方で、ブラックホールへと吸い込まれる物質の流れ(ボンディ降着流)による放射が生まれるため、太陽の明るさは核融合で輝いていた時以上になります。

また、中心部付近での部分的な核融合によって中心部から表面までの対流が起こるため、表面では大量のヘリウムが検出されるでしょう。この対流によって、太陽は通常の恒星進化論で想定される赤色巨星と比べてずっと小さなサイズ (約450万km) にしか膨張しません。地球は太陽に飲み込まれる運命を回避しますが、放射の増大によって海が沸騰するほど加熱される運命までは避けられないと考えられます。

一方、先ほどより10倍大きな質量の原始ブラックホール(太陽の100億分の1)で開始したシナリオの場合、誕生から約20億年で太陽がブラックホールに置換されてしまいます。シミュレーション結果は「取り込まれたブラックホールの質量が太陽の100万分の1以下であれば観測可能な影響を与えない」ことを示しているものの、このように「太陽の誕生直後に取り込まれたブラックホールの質量が太陽の100億分の1だった場合は20億年で太陽がブラックホール化してしまう」ため、仮に太陽の中心にこの質量のブラックホールがあるとしても、それは誕生直後から取り込まれたのではないことになります。

これとは逆に、最初のシナリオと比べて10分の1の質量の原始ブラックホール (太陽の1兆分の1) で開始したシナリオの場合、影響が現れるのは赤色巨星に進化してからとなるため、小さな原始ブラックホールほど影響はより小さいことが予想されます。ただし、どの程度の影響があるのかを正確な影響を評価するには、短時間で劇的に変化する恒星の後期段階の進化を詳しく検討する必要があるため、さらなる研究が必要となるでしょう。

■恒星中心部の原始ブラックホールを、将来的には発見できるかもしれない

【▲図3: 中心部に原始ブラックホールがある場合 (赤・青・黄・灰) での放射強度と表面温度の変化を、通常の恒星 (黒) と比較したもの。進化の途中で通常の恒星の進化から外れた、稀なタイプの恒星として存在するため、将来的には観測を通じて発見できる可能性があります(Credit: Earl P. Bellinger, et al.)】

今回の研究では、ホーキング星の状態となった恒星の性質の変化がホーキング星の発見に繋がり、間接的に原始ブラックホールを検出する可能性も示しています。原始ブラックホールを取り込んだ恒星は、進化の後期段階で「準準巨星(Sub-subgiant)」や「赤色はぐれ星(Red straggler)」と呼ばれる稀なタイプの恒星と似たような明るさや温度を示すことが今回の研究で明らかにされました。これらの恒星は詳しく研究されており、どのような環境条件でそのようなタイプの恒星が現れるのかも知られています。つまり、標準的ではない環境でこれらのタイプの恒星が見つかった場合、それは原始ブラックホールを取り込んだ恒星である可能性があります。ホーキング星の探索は、間接的に原始ブラックホールの数を推定する重要な要素となるかもしれません。

ただし、恒星が原始ブラックホールを取り込んでいる確率は、現状では極めて低いと考えられるため、実際に恒星が原始ブラックホールを取り込んでホーキング星になるかどうかは、より詳しい検証が必要となるでしょう。恒星が原始ブラックホールを取り込む状況は、お互いの相対速度が極めて遅いという状況を仮定しないといけません。典型的な原始ブラックホールはかなりの速度であり、このような状況が発生する確率は極めて低いと考えられます。

また、仮に原始ブラックホールが恒星に取り込まれたとしても、原始ブラックホールが恒星の中心部へ落ち込むまでにはかなりの時間がかかると推定されています。原始ブラックホールは極めて小さく、運動速度を減少させて中心部に落下する原因となる抵抗力をほとんど受けないためです。そのうえ、恒星は中心部以外の場所では物質密度が小さく、原始ブラックホールはほとんど物質を吸い込まないため、恒星の進化にほとんど影響を及ぼしません。この進行の遅さから、原始ブラックホールが中心部に落下する前に恒星が寿命を迎えてしまうこともあり得ます。

一方でBellinger氏らは、恒星が持つ固有の振動である「星震学」の手法で、ホーキング星を見つけられる可能性も示しています。原始ブラックホールの影響は恒星の表面に現れにくいため、恒星の内部の様子を知ることができる星震学の手法は、ホーキング星の探索に役立つ可能性もあります。ただし、その手法は最近になって考案されたものであるため、実際に利用できるかどうかを含めてさらなる研究が必要になるでしょう。

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文/彩恵りり

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