分断の橋渡し役としてのブランド――企業は社会的な対立を生む議論にどう関わるべきか

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近年、社会の分断が深まっている。人種や性的マイノリティ、気候変動など、意見が分かれる問題をめぐって人々は対立し、企業は立場の選択に苦慮している。だが、企業の選択肢は自社の意見を明らかにすることだけではない。新たな調査から見えてきたのは、人々にオープンな議論の場を提供し、分断の橋渡し役となり得る企業・ブランドの可能性だ。(翻訳・編集=茂木澄花)

「#MeToo」運動、ジョージ・フロイドの死、コロナ禍を経て、変化を求める人々の要求が高まり、社会から疎外された人たちを支援する動きが企業の間で広まった。以来、多くの企業が、人種間の平等、LGBTQ+の権利、中絶権、移民など、論争の的となるあらゆる話題に意見を表明している。メッセージを出した企業のなかには、搾取的や無知で無神経だと見なされて炎上した企業もあった。

しかし、こうした問題を論じたウォール・ストリート・ジャーナルの記事によれば、企業は立場の選択をためらっているという。世論は二極化しているように思われる。いまや保守的な「反ウォーク(Anti-Woke)」「反ESG」の気運も高まる状況で、どのような言動を選択しても顧客や従業員を失うのではないかと一部の企業は恐れている。そのため企業の経営層は、論争に加わるか静観するかの意思決定プロセスを改善するため取り組んでいる、と記事は伝えている。しかし、記事では触れられていないが、ブランドには特有の選択肢がもう一つある。「社会的分断の緩和につながる議論の場を作る」という選択肢だ。

人々の交流にブランドが与える影響を検証

調査では、ブランドに対する嗜好(しこう)が他の好みと同じく、個人の価値観を反映していると認識することが明らかになっている。同じブランドを好む人のコミュニティが、親しみやすく居心地の良い場だと見なされやすいのは、共通の価値観があるという想定が一因となっているようだ。しかし実際には、愛好している他の多くの趣味や社会活動などと違い、同じブランドにひかれる人の中には、幅広い層の、さまざまな心理的特性を持つ人がいる。

同じブランドを好む2人が、社会課題に関する意見で対立することは珍しいことではない。このことから、コロンビア・ビジネススクール(CBS)のギタ・ジョハール教授と私は、対立を生むテーマに関する会話への参加意欲にブランドの嗜好が及ぼす影響を調査した。

一連の実験はCBSのバーンスタイン・センター(Bernstein Center for Leadership and Ethics)の支援を受けて行った。私たちがまず検証した結果では、実際に人々は「自分と同じブランドが好きな他人は、個人的な価値観(健康的な生活や環境保護など)も自分に近い」と想定していた。そのブランドが元より政治的な意見を表明していなくてもだ。次に私たちは、議論の相手が「自分と同じ特定のブランドが好き」だと事前に知らされた場合、対立を生みやすい話題について、人々が議論する可能性が上がるかどうかを調べた。その結果、被験者は、「自動車ブランドの好みが同じ人」との議論だと聞かされた場合、最低賃金の引き上げの是非に関する議論に明らかに積極的になった。

この調査結果は、主張が分かれる議論を始めるにあたって、最大の障壁となるものを特定した既存の研究を基にしている。この研究によると、最大の障壁の一つは、「意見の不一致を想定してしまう」ことだという。言い換えれば、誰かが自分に反対意見を言うと思われる場合、一般的に人は会話に消極的になるということだ。多くの人が、自分と同じブランドを愛用している人は自分と同じ価値観を持っていると想定している。それゆえ、同じブランドの愛用者とであれば、対立を生みやすい性質の話題も話しやすいというのは筋が通っている。

ブランドの好みとは違い、人口統計的な層が近しいことは、実際に共通の社会的認識と相関がある。そして一般的に、同じ人口統計グループのほうが、主張の分かれやすい議論に対する意欲が高くなる。しかし驚くことに、この効果は人口統計的な共通点がある場合よりも、好きなブランドが同じ場合のほうが強かった。

次に私たちは、ブランドを通じて会話を促進した場合、意見の二極化が緩和されるのかどうか検証し、実際に緩和できることが示された。実験では、初対面の人たちにガソリン車の縮減問題について話し合ってもらった。その結果、全体として、そうした対話が意見の隔たりを縮めることにつながると分かった。さらに興味深いことに、会話の相手とブランド(この実験ではファストフード)の好みが一緒だと知らされている人の間では、ブランドの好みに関する情報を与えられていない人たちよりも一層、意見の隔たりが縮まったのだ。

橋渡し役としてのブランド

今回の調査で、社会的分断が今までにないほど深まっている状況において、ブランドがその分断の橋渡し役として有力である可能性が示された。ブランドへの愛着を通して、人々はバックグラウンドや過去の経験により生じた分断を乗り越えられるかもしれないのだ。

「多くの経営者が、論争に巻き込まれることにうんざりし、できれば避けたい、と声をひそめる」とウォール・ストリート・ジャーナルの記事には書かれている。「しかし、多くの経営者は、企業が社会問題や政治問題に一切コメントしないことは非現実的だと語った」

過熱する今日の社会的・政治的情勢との関わりを避けることは、企業・ブランドにとって現実的ではないだろう。しかし、関わりを持つということは、多くの社会問題や政治問題がそうであるように、“0か100”かの選択ではない。偏った情報(フィルターバブル、エコーチェンバーとも呼ばれる)の中から人々を引っ張り出し、別の考えに触れて新たな視点を得られるようにする。そんなオープンな場を作るという第3の選択肢があり得る。

ビールメーカーのハイネケンは、2017年に「ワールド・アパート(隔たる世界)」というキャンペーンで、社会的な橋渡しの役割を果たすブランドというコンセプトを示した。気候変動、トランスジェンダーの権利、フェミニズムについて相反する考え方を持つ初対面の人たちが一緒にビールを飲み、共通の見解に至る様子を示して好評を博した。

このようにブランドには、対立を生む議論との関わり方として、自社の立場を明示する以外に、議論の橋渡しをするという選択肢がある。対話を通じて人々の間の溝を埋めるために、企業・ブランドが果たせる役割は大きい。

バーンスタイン・センターでは、この新たな調査に関心を持った企業担当者向けに、2ページの概要資料を公開している。

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