【アーヤ藍 コラム】第3回 ノーベル平和賞受賞者たちから学ぶ「平和の鍵」と「人生の喜び」

©Miranda Penn Turin

社会課題への関心をより深く長く“サステナブル”なものにする鍵は「自ら出会い、心が動くこと」。そんな「出会える機会」や「心のひだに触れるもの」になるような映画や書籍等を紹介する本コラム。

2023年も年の瀬が近づいていますが、パレスチナ・イスラエルをはじめ世界各地で多くの命が奪われる状況が続いています。今起きていることに目を向け、自分にできることを模索しつづけるとともに、長い目線では「平和の作り方」を考えることも大切です。

今回紹介するのは、ノーベル平和賞受賞者の2人の5日間にわたる対談をまとめた映画『ミッション・ジョイ 〜困難な時に幸せを見出す方法〜』です。その2人とは、中国によるチベット侵攻でインドへ亡命したダライ・ラマ14世と、南アフリカにおけるアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃運動の中心的人物だったデズモンド・ツツ大主教です。

著名な彼らではありますが、それぞれ簡単に紹介すると……。

ダライ・ラマ14世はチベットの貧しい農家の生まれ。両親は字も読めませんでした。しかし2歳の時、亡きダライ・ラマ13世の転生者として認定されます。両親から引き離されて宮殿へ連れられ、僧侶たちに囲まれながら育ち、幼い頃からチベットの人々の期待や希望を背負うことになりました。その後、中国軍による爆撃等が激しくなり、命からがらインドへ亡命。24歳で祖国を失い、難民となります。しかしその後もチベット国民の精神的支えでありつづけるとともに、世界中を飛び回り宗教間の相互理解や世界平和の促進などについて発信し、1989年にノーベル平和賞を受賞しました。

一方のデズモンド・ツツ大主教は、南アフリカの貧しい黒人居住地域で育ちました。もともとは教員として働いていたものの、アパルトヘイト政府が「黒人には使用人として必要な知識以上の教育は要らない」とする教育法を制定したのに反対して離職し、神学校へ入ります。非暴力を貫きながら、人権を求める声を力強く発信しつづけるツツ大主教は、反アパルトヘイト運動の中心的人物となり、同じ南アフリカの同胞だけでなく、国外からも幅広く支持を集めました。1984年にノーベル平和賞を受賞。アパルトヘイト撤廃後に設置された真実和解委員会の委員長も務めました。

©Tenzin Choejor

「平和」とは正反対な経験をしてきた2人。大切な仲間たちを失い、時には自らの命も危険にさらされ、怒りや憎しみを抱いてもおかしくない。そんな苦境を経てもなお、マイナスな感情に囚われたり振り回されたりすることなく、笑顔で世界へ語り続けます。そんな彼らにインタビュアーのダグは問いかけます。

「笑顔を絶やさない秘訣とは?」
「痛みの多い今の世界で、喜びと共に生きるためには?」
「許しを実践する力とは?」
「自分の死の可能性についてどう考える?」

この対談のテーマはタイトルにも含まれている「ジョイ(JOY)」です。日本語では「喜び」と訳されますが、彼らが考える「ジョイ」は一時的な享楽や表面的な幸せとは異なります。苦しみや悲しみを経験したからこそ感じられる、人生の意義や感謝の念であり、「他者のため」を考えることから生まれる充足感のような「喜び」なのです。

2人の言葉を一つずつだけ紹介すると……。

「ある意味で苦しみが、ものすごい苦しみが、慈悲の心を育てるのに必要な要素なのだ」(ツツ大主教)

「幸せで充実した人生を求めるなら人を助け友達を作ればいい。<中略>人の幸せを優先すると、やがて自分の喜びとなり、幸せな生活を送れる。」(ダライ・ラマ14世)

ツツ大主教がキリスト教の儀式、聖体拝領を仏教徒のダライ・ラマ14世に行うシーン。互いへの敬意と友情の深さが見える印象的な一場面 ©Tenzin Choejor

「幸せになりたい」ときっと誰もが願ったことがあると思います。その時イメージする「幸せ」は、悲しみや苦しみがないポジティブな感情だけに満ちた状態ではないでしょうか? でも2人が語る人生の深い「喜び」はマイナスな感情が排除された状況でもなければ、ひとりだけで味わえるものでもありません。

私もかつて家族関係で壁にぶつかり、生き続ける意志をもてなくなった時期がありました。再び前を向けるようになったのは、似た経験のある方が私の心に耳を傾けてくれたからです。そして、当時は「どん底」だったその経験があったことで、今度は私が大切な人たちが苦しんでいる時に「共に在れる」ようになったと感じています。楽しい時間を共有するのはもちろん幸せですが、つらい時を分かち合えるのは、もっとずっと心の奥深くで相手とつながれるような嬉しさがあります。そういう時にこそ「生き続けていてよかった」とも思います。

マイナスに思える経験も自分次第で「ジョイ」の礎にすることができること。
孤立や孤独の状態ではなく、誰かと心のつながりを感じる時に「ジョイ」が感じられること。

彼らの実体験から生まれる言葉や表情、さらに科学的実証も交えて語られることで、説得力をもって心に響いてきます。

「待って、平和の話じゃないの?個人の喜びの話?」と思った方、ジョイが平和とどう結びつくのか、ダライ・ラマ14世が映画の中で答えています。

「まず大事なのは<中略>一人一人が心の平和と喜び(ジョイ)を得なければならない。それを家族と分け合うのだ。幸せな家族が1、10、100と増え、それが社会全体を幸せなものに変えていく」

ここで一冊の本が浮かんできます。『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか』(伊藤剛著、光文社)です。この本の中では、「戦争」で画像検索をすると武器や戦車などの具体的な画像が出てくるのに、「平和」と検索すると抽象的なイメージしか出てこないことが指摘されています。自分で想像できないものを実現するのは難しいですよね。

私たちはまず「平和」がどんな社会・世界であるのか、イメージの解像度をあげていく必要があるのではないでしょうか。そのためにはまず、身近な人たちとの日常において「ジョイ」を育む実践を積み重ね、小さいところから「平和」を形にして知っていくことが大事なのではないかと考えます。

©Tenzin Choejor

映画『ミッション・ジョイ』は年明け2024年1月12日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国で順次公開になります。ここまで読んだだけだと堅苦しい対談をイメージするかもしれせんが、映画の中は2人のちゃめっ気と笑いに溢れています。子どものようにじゃれ合い、冗談を言い合う彼らの笑い声が、見終えた時に心に残るような作品です。一年の始まりにきっと元気と希望を感じられると思います。

「年明けまで待てない!」という方や、映画鑑賞後に2人の考えをもっと深く知りたいと思われた方は、『よろこびの書 変わりゆく世界のなかで幸せに生きるということ』(河出書房新社)を手に取ってみてください。彼らの5日間にわたる対談が細かくボリューミーにつづられています。

もうひとつ、この映画を見た方にオススメしたいのが『思いがけず利他』(中島岳志著、ミシマ社)です。ダライ・ラマ14世とツツ大主教が語る「ジョイ」の源泉の一つは「他者を助けること」や「他者のためを考えること」すなわち「利他」です。

ですが、「誰かのため」と言いながら実は利己的な行為になってしまっていたり、相手にかえって負担をかけるような行為となってしまっていること、皆さんも経験したことがあるのではないでしょうか。偽善、負債、支配、利己性といったものにならない「利他」とはどんなものなのか。深めて考えたい方に手に取っていただきたい一冊です。

さあ、2023年を振り返ってみてはどうでしょう。
あなたはどれぐらいジョイを感じましたか?
2024年、あなたは自分からどうジョイを広げていけるでしょうか?

▼映画『ミッション・ジョイ 〜困難な時に幸せを見出す方法〜』
2021年製作/アメリカ/作品時間90分
2024年1月12日ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開
https://unitedpeople.jp/joy/

© 株式会社博展