JICA、SDGs債の発行は社会課題解決の「仲間づくり」

JICA(独立行政法人国際協力機構)は、主要業務として日本の政府開発援助(ODA)の二国間援助で技術協力、有償資金協力、無償資金協力などを担い、その規模は2022年度で年間約2兆7450億円[^undefined]となる。JICAは2008年から債券発行を開始し、有償資金協力の事業に充てている。その後、2016年に社会課題の解決を目的としたソーシャルボンド[^undefined]を発行しており、ESG投資の機運が高まっているいま、この分野の草分け的存在となっている。

現在、ソーシャルボンドを含むインパクト投資[^undefined]は、金融商品のカテゴリーとして認知されつつあるが、ソーシャルボンド/サステナビリティボンドであるJICA債発行の背景には「一緒に社会課題に取り組むパートナーを見つけたいという思いがある」と、同機構 財務部 財務第一課 課長の高橋順子氏は語る。

JICAの活動は、SDGsが広がる前から、開発途上国の発展に資するソーシャルインパクトを目指した開発支援事業が土台にある。高橋氏は「ソーシャルボンドの機運が出てきた時に、まさに我々が行っている事業目的そのものと認識して、2016年に国内初のソーシャルボンドを発行した」と説明する。2008年から債券を発行していたが、JICAが行っている事業のインパクトを市場に効果的に伝えることができていなかったため、ソーシャルボンドを発行することで、市場にJICAの活動を発信する目的があったという。

高橋氏

また2019年から、社会・環境課題の特定テーマや地域に資金使途を限定した「テーマ債」を発行[^undefined]。2023年4月には債券フレームワークを刷新し、「JICAソーシャル/サステナビリティボンド フレームワーク」を公表し、2023年5月に初のサステナビリティボンドを発行した。フレームワークでは、「JICAの事業はそのすべてが社会課題の解決に貢献する事業」であり、その中には「社会課題だけでなく環境課題の解決にも貢献する事業」があることを打ち出し、発行する債券に特色を持たせている。

注目されるのは「サステナビリティ」という概念が強化されたことだ。高橋氏は「JICAはこれまで“ソーシャル”としての認知はあったが、“環境”や“気候変動”にも寄与していることを表現したかった」と説明する。気候変動による災害の激甚化は、開発途上国のような脆弱(ぜいじゃく)な地域に大きな被害をもたらす。「2023年9月に発行したテーマ債『防災・復興ボンド』は、甚大化する自然災害に対し、防災や災害からの復興に向けた取り組みを一層強化する目的がある」(高橋氏)。

ソーシャルボンドやサステナビリティボンド発行にあたっては、資金使途となるプロジェクトをどのように選ぶのか透明性が求められる。JICAのプロジェクト選定は、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)による6つの評価基準「妥当性」「整合性」「有効性」「インパクト」「効率性」「持続性」から評価し、事業効果は定量・定性の両方から検証する。高橋氏は「特にプロジェクトが完成した後に、その効果が“持続的”になるよう運営されることが重要」だと話す。

プロジェクトの選定は、現地からの要望やJICA側からの提案により検討を始め、プロジェクトがどのように社会・環境課題の解決につながるのかロジックを明確にし、「適切な事前審査を行い、開発に伴って起きうる環境・社会への負のインパクトにも配慮する」と高橋氏はいう。「JICAのプロジェクトは規模が大きく裨(ひ)益者の人口も多い。事業開始時に、例えば10の指標で成果やインパクトの基準値を測り、完成後の達成すべきレベルを数値化、ゴールを設定している」。

また、プロジェクト評価も事前・事後評価をホームページで公開し、特に事後評価は第三者による外部事後評価として透明性と客観性を確保している。さらにプロジェクトで得た“教訓”を他のプロジェクトで生かし、改善するための自己評価を実施するという徹底ぶりだ。

一方で、気候変動に関してはCO2削減など分かりやすく一様な指標があるが、ソーシャルインパクトは事業対象地域のコンテキストなども考慮が必要で指標の設定が難しい。「JICAは評価の“教訓”から思考してより良いインパクト指標を探し、トライアンドエラーで繰り返し検証している」と高橋氏は話した。

インドで女性の社会進出を後押し、住民に自信が芽生える

デリー市の地下鉄の様子(写真提供:久野真一)

高橋氏は駐在員としてインド首都の地下鉄建設による街の変化を住民目線で見てきた。デリー市は大気汚染や交通渋滞などの社会問題が起きていたが、2003年に一区間が開通。交通渋滞の緩和やクリーンな交通手段の整備を目的にした事業だったが、何よりも大きかったのは女性の社会進出を後押しすることだったという。

「南アジアは文化的な理由により女性の社会進出が難しい。唯一の公共交通手段であるバスも治安が悪く、女性の多くは利用を避けたがる」と高橋氏は振り返る。本事業では、デリー市内を縦横に走るメトロに女性専用車両や監視カメラを設置することで、女性や幼い子どもなどが安心して出かけられるようになった。

またインドは、都市部と地方で貧困格差が大きい。インド国内でも極めて貧しい北東部地域のトリプラ州は、山岳地帯の州で焼畑農業により森が荒廃しているという。そのため、土壌の保水性が低下し災害が増え、さらに貧困に陥るという負のスパイラルが課題だった。こうした課題を解決すべく、JICAはインドの各地で植林事業を支援し、植林を軸にした環境保全、貧困削減を住民参加型で2000年代より進めてきた。

住民の森林管理能力を高めたり、森に依存しない生計手段を持てるよう職業訓練を行ったり、女性たちの自助会を作り、お互いに少しずつ資金を出し合いながら起業できる機会をつくった。さらに森林組合には必ず女性を副議長に任命したり、1~2人以上を構成員にするなどジェンダーに配慮するルールを決めた。

このトリプラ州の植林プロジェクトの完成後、地元の大学が住民にアンケート調査したが、高橋氏が一番嬉しかったのは「住民が自分に自信がもてるようになったこと」だという。アンケートでは、プロジェクトに関わったことで、自分の決断で状況を改善できるという前向きな発想ができるようになり、新たな収入源も自信につながったことが分かった。

投資から社会課題への思いを持った人たちとのつながりに期待

「JICAソーシャルボンド インパクトレポート 2022年度発行分」では、「事業目的を明記し、具体的な指標を設け関連事例を多く掲載することを意識した」(高橋氏)という。この意図は投資家に伝わり、ロジックフレームがしっかりしていると好評を得ているという。

2024年1月に、個人が1万円から購入できる新たなサステナビリティボンド(JICA SDGs債)を発行するが、「社会貢献したいと考える、個人の思いを受け止めるツール」であるという。高橋氏は「JICA SDGs債を通じてJICAの取り組みを理解していただき、投資から社会課題への思いを持っている人たちとつながり、新しいパートナーシップを築きたい」と改めて期待を込めて語った。

注1) JICAサステナビリティ・レポート2023注2) ソーシャルボンド:発行体(民間事業法人、金融機関、独立行政法人等)が、国内外のソーシャルプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券(金融庁「ソーシャルボンドガイドライン 2021年」を参照)注3) インパクト投資:経済的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的および環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資(一般財団法人 社会変革推進財団(SIIF)ホームページを参照)注4) これまで「TICAD債」(2019年度)、「新型コロナ対応ソーシャルボンド」(2020年度)、「ジェンダーボンド」(2021年度)、「ピースビルディングボンド(平和構築債)」(2022年度)を発行。2023年度は、自然災害が頻発し被害が甚大化していることを踏まえ、JICAとして初めて「防災・復興ボンド」を発行

インタビュー:山吹善彦 SBJ Lab Advanced Practitioner of Integrated Thinking
サンメッセ株式会社/サンメッセ総合研究所(Sinc)副所長/上席研究員

監修:川村雅彦 SBJ Lab Senior Practitioner of Integrated Thinking
サンメッセ総合研究所(Sinc)所長/首席研究員

文・構成:松島香織 サステナブル・ブランド ジャパン  撮影:原 啓之

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