陶芸家とマグロ解体師、世界で1人の二刀流 兵庫・丹波篠山の市野さん「どちらも全身全霊」

市野さんのもう一つの肩書きは陶芸家。日々作陶に打ち込む=三田市藍本

 あるときは陶芸家。またあるときはマグロ解体師。しかしてその実態は…。日本六古窯の一つ「丹波焼」の里、兵庫県丹波篠山市今田町の立杭地区に、異色の肩書を持つ男性が現れた。同地区にある「信水窯」の市野貴信さん(30)=同地区出身、三田市藍本在住。昨年9月下旬に「1級マグロ解体師」の資格を取得。今年3月にはデビューの解体ショーを開く。器とマグロ、二つの魅力を掛け合わせて地域を盛り上げる。(秋山亮太)

 マグロ解体師は、流通に関わる有識者でつくる一般社団法人「全国鮪(まぐろ)解体師協会」(東京都)の認証。確かな技術とノウハウを身に付けた人材を輩出。資格取得者は同協会が品質を認めたマグロで公認の解体ショーを開き、消費者に魅力を届ける。

 市野さんは昨年1月、1級認定に応募した。マグロの種類や生態を学び、粘土の模型やカツオを練習台に解体の技術と手順を習得。長尺の口上も頭にたたき込んだ。オンラインでの審査や実技試験を経て、先輩解体師の手伝いで現場も経験。一度は最終の認定試験に落ちたが、同9月に1級認定を受けた。

 口上を述べながら解体できる腕を持つ1級認定者は、現在、全国で10人余り。近畿地方では市野さんが初めてで、陶芸家との二刀流としては「世界唯一」になるという。

    ◇

 マグロ解体師と陶芸家。関連性がないようにも見えるが、市野さんの半生と熱い思いが詰まっている。

 高校時代、スーパーのアルバイトで鮮魚コーナーに配属され、初めて魚をさばいた。「こなす数だけうまくなる」という同僚の言葉に押され、毎日100匹以上を三枚におろしたり、刺し身にしたり。客の喜ぶ顔がうれしく、気付けば魚のとりこになっていた。市場でマグロ解体を初めて目にして強烈な印象を覚えた頃でもあった。

 奈良県にあった芸術系の専門学校に進学後も、勉強のかたわら地元スーパーで魚さばきに没頭。1日に処理する魚は300匹を超え、「目を閉じていてもおろせるぐらいだった」。熱は一層高まり、テレビ番組で同協会の「マグロ解体師」を知ったことをきっかけに、資格取得と解体ショーの開催を夢見るようになった。

 一方、立杭地区で若い世代が家業を継ぎ活躍する姿にも刺激を受けた。祖父が始めた窯元を守りたい思いが強まり、アルバイトなどで資金をため、京都で陶芸や釉薬(ゆうやく)について深く勉強。腕を磨くため一日中器を作る日々は、魚をさばき続けた学生時代に重なった。

 下宿生活で使い捨てや量産品の器で食事をしたことも多く、「盛り付ける器が料理の味や見栄えに大きな影響を与える」と気付いた。手作り器で新鮮な刺し身を提供し、陶芸ファンにはマグロのおいしさを、魚好きに丹波焼の魅力を伝える。マグロ解体師の夢と、家業への思いがかみ合った。

    ◇

 昨年末には刃渡り120センチもある長大な包丁も届き、法被や大漁旗、音響設備といった解体ショーを盛り上げる道具もそろった。しょうゆ入れのくぼみが付いた刺し身を盛り付ける専用皿も開発し、準備は整った。今後は作陶しながら、地元を中心にショーを開催する。初のショーは3月下旬、丹波篠山市今田町内で予定する。

 「陶芸家として、1級マグロ解体師として、その名に恥じない仕事を続けたい」。船出を迎え、市野さんが鉢巻きを締め直す。「どちらも全身全霊。とことんきわめたい」

 解体ショーの日時や会場、参加費などは公式インスタグラムで。

© 株式会社神戸新聞社