2023年夏。通信制高校・日々輝学園宇都宮キャンパスに勤務する山本明子(やまもとあきこ)さん(62)の元に、経理担当者から吉報が届いた。
「学費の支払いが終わりました」
1年前の春に同校を卒業した杏寿(あんじゅ)さん(20)=仮名=が、滞納していた50万円ほどの学費を完済したという。県北の旅館に就職し、毎月の給料から、こつこつと支払っていた。
経済的に頼りにしていた別居中の母親との連絡が途絶え、唯一の居場所だった学校を失いかけ、「死にたい」とさえ思った杏寿さん。
それでも学校関係者や友人の支えを受け、何とか社会に足を踏み出した。見守ってきた山本さんは、自立しつつある教え子の姿がうれしい。
◇ ◇
「働いて、返します」
21年秋。高校3年生の杏寿さんは就職活動が始まる頃、山本さんと約束を交わした。
同居する父親が、わずかに学費を払うようになってはいたが、滞納額は増える一方。修学旅行のための積立金も、学費に充てた。
杏寿さんが中学時代に家を出た母親、ギャンブルに金をつぎ込む父親に頼る気は、最初からなかった。
「親から取り立てるくらいなら、自分で払う方がはるかに楽だと思っていた」
就職先は、住み込みで働ける環境があることが第一、唯一といっていい条件。親の借金などのしがらみのない場所で、早く独り立ちしたかった。
◇ ◇
繁忙期は1週間働き詰めになることも当たり前の職場。でも話すことは好きだから、接客担当を任される今の仕事を「楽しい」と感じてはいる。
一方で、日々を生きることに精いっぱいで、意欲や希望をすり減らしながら育った「普通じゃない自分」に将来について問われても、目標は「ない」としか答えようがない。
ただ、少なくとも今の杏寿さんに「よりどころ」はある。相談に乗ってくれる姉や高校時代に出会った教師、親友たち。
働き始めて間もない頃、杏寿さんは同僚に暴言を吐かれて傷つき、仕事を辞めたくなったことがある。
「手当たり次第、連絡した」。山本さんも、相談相手になった。悩みを共有し、解決策を一緒に考えた。後日、上司に注意してもらい不安は解消された。
「頼らないこと」が当たり前だった杏寿さんが出したSOS。山本さんは、そこに希望を見いだす。
「彼女は乗り越えられる子。支えてくれる人に一人でも多く出会って、困った時に助けを求められるならやっていける」
山本さんも、その一人としてつながりを持ち続けようと思っている。
揺らぎながら一歩ずつ進む教え子に、温かな視線を向けて。