知っておきたい日銀の「ゼロ金利政策」、解除されるとどんな影響がでる?

最近になって「日銀のゼロ金利解除が近付いている」といったようなニュースを目にしたことはありませんか? もしくは、「これから金利が上がるかもしれない」などの内容かもしれません。たしかに、最近になって「金融政策の転換」や「金融緩和政策の出口」についての報道や記事が多く出るようになりました。実は、これらはすべて同じ出来事の内容を表したものです。

「ゼロ金利解除」は、みなさんの生活にも大きく関わってくることです。今回は、日銀によるゼロ金利解除や金融政策について、「今さら聞けない」「自分で調べてもよくわからない」という方々のために、わかりやすく解説していきたいと思います。


人々の「デフレマインド」は徐々に解消

日本の金融政策を司る日本銀行(日銀)のトップ・植田和男総裁は2023年12月7日、国会の場で「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言。この発言を受けて、為替市場では急速に円高が進みました。このチャレンジングという発言には、植田総裁の深い意向がうかがえます。日銀が25年近くも続けてきた「ゼロ金利政策」を止め、これまでとは違った金融政策に移る行動を“チャレンジング”と表現したわけです。

では、日銀が行なう「金融政策」とはいったいなんなのか。まず、日銀の仕事から紹介しましょう。日銀のホームページには銀行券の発行や管理、決済に関するサービスの提供など、全部で6つの「仕事」が書かれています。どれも重要な仕事ですが、みなさんの生活に大きく関わるものとしては、通貨の発行・管理と金融政策の運営でしょう。金利や世の中に出回るお金の量を調整することで、物価や金融システムを安定させることが、日銀の主な役割です。

日本では不動産バブル崩壊以降、物価が下がる「デフレ」の状態が続いていました。物価が下がると企業の売り上げは減り、人々の給料も上がりません。給料が上がらないとモノが売れなくなるので、景気はどんどん悪化します。そこで、日銀は銀行に融資する金利をゼロか、ゼロに近い状態にしました。そうすることで銀行はお金を調達しやすくなり、低い金利で民間企業や個人に貸し出すことが可能になります。低い金利でお金が借りられるので、企業や人々の消費が増え、景気は改善。その結果、物価が上昇するという流れを見込んだわけです。

ところが、日銀にとって大きな誤算がありました。それは、人々や企業に染みついた「デフレマインド」がなかなか抜けないこと。日銀がどんなに金利を下げ、お金を世の中にばら撒いても、企業は研究開発や設備投資を行わず、消費も活発化しませんでした。モノの値段が需要と供給で決まりますが、日銀がゼロ金利政策をとっても需要が増えなかったため、デフレから脱却できなかったのです。故・安倍晋三元首相が「日銀と連携してデフレからの脱却を目指す」と口癖のように言っていたのには、こうした背景がありました。

しかし、ここ数年、新型コロナによる物流の停滞やロシアとウクライナの戦争などの影響で、原油や天然ガスといったエネルギー価格が急上昇。価格の上昇は穀物や他の商品にも波及し、世界全体でモノの値段が上がる「インフレ」の状態に突入します。日本もその影響から免れず、円安の影響で輸入品の価格上昇も加わったことで、民間企業は次々と値上げに踏み切ります。

帝国データバンクの「価格改定動向調査」によると、2023年の10月以降、2、3年ほど続いた「値上げラッシュ」は一旦落ち着きつつあるようです。今回の値上げラッシュ以前は、人々は「値上げ」というワードに非常に敏感になっていて、お店が値上げに踏み切ろうものなら「もう行かない」「高すぎる」「便乗値上げだ」などと一部(主にネット上やSNSなどで)で批判される傾向がありました。しかし、ここ数年はどうでしょうか。モノによっては、「これ以上、上がると困るけど、ある程度は仕方ない」と受け入れる人が増えてきた印象です。人々に染みついた「デフレマインド」が解消されつつあるということでしょう。

給料の上昇が必須条件

先ほど、「物価が下がると売り上げが減り、給料が下がる」と述べました。現在は「物価が上がって売り上げが増え、給料が上がる」という流れの真っただ中。コロナ後、企業の売り上げは増えつつありますが、まだ給料が“明確に”上がってはいません(額面上の給料はジリジリ上昇しているが、物価の上昇分を差し引いた「実質賃金」は、2023年10月までで19か月連続でマイナス)。

全産業の売上高、営業利益、経常利益の推移

画像:内閣府「2022年の企業収益の振り返りと2023年度の見通し

日銀は、景気が過熱したり、物価の上昇が激しくなったりした時は、世の中に出回るお金の量を、蛇口を締める(=金利を上げる)ことで収束を図ります。反対に、景気の悪化や物価下落に対しては蛇口を開ける(=金利を下げる)ことで改善を図るわけです。

これまで日銀がゼロ金利政策を取っていたのは、「物価の安定(デフレからの脱却と安定したインフレ状態への突入)→給料の増加」と、それに伴う景気の改善が目的です。現状は、「人々の給料が上昇」「景気が改善」というシナリオの途中。このタイミングで下手に金利を上げ、世の中のお金の流れを止めてしまうと、シナリオ半ばでデフレの時代に逆戻り……となりかねません。しかし、このままゼロ金利を続けていると、物価の上昇が止まらなくなる可能性もあります。現在は、蛇口の開け閉めをするのに非常に難しいタイミングということです。

ゼロ金利解除は最速でも2024年4月?

2023年4月の就任から現在に至るまで、植田総裁は「ゼロ金利解除を含め、金融政策の転換を決断できる段階にない」ことや、「物価や賃金の上昇が継続的なものになるか判断するのはまだ早計」などと主張してきました。そういう状況の中、12月に植田総裁の口から出てきたのが、冒頭で紹介した「チャレンジング」という言葉。これによって、市場では「日銀は2024年、何らかの具体的な動きに出る」との観測が浮上し、株式市場や為替市場が大きく動きました。

とはいえ、日本の金融政策は植田総裁1人の意見で決まるわけではありません。金融政策を決める「金融政策決定会合」は年8回開かれ、メンバーは総裁1人と副総裁2人、6人の審議委員、計9人で構成されます。現在は、基本的にほぼメンバー全員が「ゼロ金利解除のタイミングは整いつつある」という見方である一方、「そのタイミングを決めるのは早い」という考えも共通しているようです。

植田総裁は2023年12月26日のNHKのインタビューで、金融政策の転換について「来年にゼロ金利解除の可能性はゼロではない」と述べるにとどまりました。また、「デフレに逆戻りするリスクは低い。(ゼロ金利解除に向けて)3月の春闘の状況を確認したい」とも述べています。この発言からわかることは、日銀がゼロ金利解除に動くのは、最速でも4月以降が濃厚ということ。これまで、金融政策転換に向けて慎重さを見せてきたことを考えると、2024年後半、あるいはそれ以降となる可能性もあるでしょう。

数か月後になるか1年以上先になるのか、正確にはわかりません。エコノミストなど金融のプロたちの間でも、意見が割れているようです。ただ、たしかなのは私たちがゼロ金利解除に向けて準備をしておく必要があることです。

ゼロ金利解除で住宅ローンの金利も上昇か

では、ゼロ金利が解除されると、どんなことが起こり得るでしょうか。まず、円高の進行と株式相場の下落、長期・短期含めた金利の上昇が考えられます。実際に、過去の植田総裁がゼロ金利解除に前向きな発言をしたケースでは、「円の急騰」、「株式相場の(一時的な)下落」、長期金利の指標となる「10年物国債の利回りの急騰」が起こった経緯があります。

住宅ローン金利等の推移

画像:国土交通省「(5)住宅ローン金利等の推移

金利が上昇すれば、住宅ローンの金利は確実に上昇するはず。基本的に、住宅ローンについては固定金利が長期金利、変動金利は短期金利に連動する傾向が見受けられます。すでに、これまでの長期金利の上昇を受けて固定金利はジワジワと上昇中。ゼロ金利が解除されれば、政策金利の影響を受けやすい変動金利も上昇に転じる公算が大きいでしょう。日銀がこの先も利上げを続けるとするなら、住宅ローンの変動金利での新規契約や借り換えを考えている人は、一旦考え直したほうがいいかもしれません。

また、経営者にとってもゼロ金利解除の影響を大きく受ける可能性があります。銀行融資の金利も、上昇する可能性が高いからです。2023年の株式市場では、この先の金利上昇を見越して銀行株が買われる局面がありました。事業を営む人にとっては、資金調達の環境がこれまでよりも厳しくなることを考えておく必要がありそうです。

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