韓国の元従軍慰安婦や遺族ら計16人が日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル高裁が昨年11月、日本政府に慰謝料支払いを命じる判決を出した。日本政府は、慰安婦問題は2015年の日韓政府間の合意などで「解決済み」だとの立場で、裁判への参加を拒んだ。上告もしなかったため、判決は昨年12月、確定した。日本政府は過去の首相らが「おわび」を表明するなどしたが、韓国の被害者や家族、支援者は何を訴えているのか。(共同通信ソウル支局 富樫顕大)
▽「逃げたら殺す」と脅されて
従軍慰安婦問題は、第2次大戦中、朝鮮半島などの女性が旧日本軍の慰安所で性的被害を受けた問題だ。1991年に故・金学順さんが韓国で初めて被害を名乗り出た。その後、他の元慰安婦も声を上げ始め、問題が広く知られるようになった。
1993年の河野洋平官房長官(当時)談話が旧日本軍の関与と強制性を認め「心からおわびと反省の気持ち」を表明した。
ソウル高裁の判決は今回の原告らについて次のような事実認定をした。
「日本の工場へ行けばお金を稼げるという日本人教師の言葉にだまされ汽車と船に乗り、到着した場所は慰安所だった」
「日本人と朝鮮人の巡査に『日本の紡績工場へ行かなければいけない』『逃げたら銃殺する』と脅されて付いて行き、慰安所へ行った」
「最初は階級の高い被告(日本国)軍人に約15日間毎日強姦され、以後は一日十数名の軍人から性行為を強要された。自殺を考えたが、自殺に失敗した同僚の慰安婦が被告(日本国)軍人に銃殺されるのを見て諦めた」
「慰安所に入り約3カ月で妊娠し、堕胎手術をしたが、医者が相談もなく子宮を摘出した」
判決は、戦後の暮らしについても「被害者らは慰安所で受けた傷害、疾病、性病の後遺症で健康な生を享受できず、正常な社会生活に適応できず、しっかりとした職業を持てず、多くが貧しく生活した」と指摘した。
▽国家は外国の裁判権に服さないのか
ソウル高裁は、慰安所の設置・運営、被害者の動員、性行為の強要は、当時の日本が加盟していた国際条約や日本刑法に反する不法行為だとして、元慰安婦の女性1人当たり2億ウォン(約2200万円)の慰謝料支払いを命じた。
実は、今回の訴訟は一審のソウル地裁では、2021年、原告が敗訴していた。「国家は外国の裁判権に服さない」との国際法上の「主権免除」の原則から、日本政府を相手取った裁判は韓国内ではできないと判断されたためだった。
一方、ソウル高裁は、「ある国民が自国内で被った不法行為は、加害国の主権免除を認めない国際慣習法が存在する」との見解を示した。
ロシアのウクライナ侵攻の戦闘で死亡したウクライナ人の遺族がロシアの損害賠償を求めた訴訟をウクライナで起こし、2022年のウクライナ最高裁が賠償責任を認めた。ソウル高裁は、こうした世界の判例を根拠に挙げた。
▽日本政府の資産を差し押さえ?
上川陽子外相は、ソウル高裁判決から3日後の昨年11月26日、韓国南部釜山で行われた韓国の朴振外相(当時)との会談で、判決について「極めて遺憾だ」と述べ、「適切な措置」を求めた。日本政府は、賠償に応じない意向だ。
原告側は日本政府の資産を差し押さえて売却し、賠償金に充てる強制執行の手続きを取るのだろうか。
ソウルの日本大使館などの資産はウィーン条約の保護を受け、差し押さえが容易でない。しかし、元慰安婦らを支援する法史学者の金昌禄・慶北大教授は「日本政府が韓国内に有する商業用財産」があれば強制執行できるとの見解を示し、そうした資産を探し出して差し押さえることを主張する。
原告代理人の李相姫弁護士は「日本の賠償履行を当分期待できない中、強制執行を考慮せざるを得ない」としながらも、今回の判決を国際的に広く知らせることを、まずは優先させたいと言う。
▽日本政府の取り組みと韓国での受け止め
日本は1995年に「アジア女性基金」を設立し、募金で賄われた「償い金」を韓国、台湾、フィリピンの元慰安婦らに渡した。だが、韓国では国家による賠償を求めて、受け取り拒否が続出した。2015年の日韓政府の合意は、元慰安婦を支援する韓国の財団に日本政府が10億円を拠出し、「最終的かつ不可逆的」な解決をうたった。当時の岸田文雄外相は「日本政府は責任を痛感している」と表明した。しかし、これも「法的責任」でないことに韓国では批判が起こり、財団の現金支給を拒否する元慰安婦らが出た。
原告代理人の梁盛遇弁護士は、どのような違法性があったのか具体的な法的責任を明確にすることで、こうした犯罪を繰り返さないことができると主張する。
▽裁判に勝ったものの…
昨年12月16日、韓国南東部・大邱で日米韓の研究者らによる慰安婦問題に関する国際セミナーが開かれ、原告の元慰安婦、李容洙さん(95)は「裁判に勝ったのに(敗訴した日本は)『悪いことをしました』と言わない。だから、日本は過ちを悔いておらず、それが私は悲しい」と訴えた。米議会へ出向いて問題を訴えるなど精力的に活動してきた李さんはこの日、「私も、もう気力がない」とつぶやいた。
セミナーが始まる前、訴訟の原告には入っていない元慰安婦の朴弼根さん(95)は、家族や支援者らとの懇談で「賠償を受けないといけない」と繰り返した。
息子の南明植さん(60)は取材に、「日本が礼儀正しい国だというならば、おばあさんたちが死ぬ前に、謝罪の一言と、その次に、正々堂々と賠償を受けたい。このまま母が死ねば、私は日本政府を相手に戦わなければいけない」と語った。慰安婦が「自発的だった」などと主張する人たちがいることが「胸にくぎが刺される思い」だ。
▽日韓対立でなく
このセミナーに参加した米コネティカット大のアレクシス・ダデン教授は、日本が国会決議などの形で「歴史的犯罪への国家責任」を明確にすべきだと主張した。その上で、慰安婦は朝鮮半島出身者だけでなく、日本人や他の国の人もいたとして、慰安婦問題を「韓国対日本の構図にしないことが大事だ」と話した。
韓国の元慰安婦支援団体の李娜栄理事長も、ソウル高裁の判決に関して「韓日間の外交問題とだけ考えたり、日本の犯罪に対抗した『民族の勝利』と捉えたりしてはいけない」と語る。慰安婦問題の根本には、植民地支配や戦争だけでなく、性搾取、性暴力の制度があり、被害をカミングアウトした元慰安婦と支援者の運動は「性差別の構造を直視し、変化させようとするものだった」と強調した。