脱水型触媒による環境に優しく効率的な化学プロセスを開発

アセチレンに隣接する不安定炭素カチオン種の発生法

2024年1月12日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

脱水型触媒による環境に優しく効率的な化学プロセスを開発 アセチレンに隣接する不安定炭素カチオン種の発生法

【本研究のポイント】
・アルコールを強力に脱水できる触媒を開発し、今まで発生が困難であった炭素カチオン1)種を良好に発生できるようになった。
・発生した炭素カチオン種は、炭素-炭素、炭素-酸素、炭素-窒素結合形成が簡単に進み、複雑な分子を簡単に構築できる。本論文では、パーキンソン病治療薬などの医薬品や天然物の合成例を示した。
・持続可能な開発のためには、環境負荷の小さな化学プロセスが求められる。脱水過程は廃棄物が水のみであり、これからの化学プロセスの柱となる手法である。今後、保護・脱保護2)過程を含まない本法を用いた様々な化学プロセスの開発が期待できる。

【研究概要】
近年、環境への負荷を最小限に抑えるための環境に配慮した化学プロセスの開発が求められています。その中でも「脱水反応」は、不要な廃棄物を出さず、環境にやさしい手法であり、様々な化学プロセスへの応用が期待されています。
この度、岐阜大学教育学部 吉松三博教授のグループは、強力な脱水作用を有する触媒の開発に成功しました。この触媒は、カチオン性インジウムと特異なリガンドを有する場合に強力な脱水剤としてはたらくため、脱水反応を容易にします。
吉松教授らは本論文において、今まで困難であった不安定カチオン種の発生に対してこの触媒が有効であることを報告しました。そして、今回開発した方法は、保護・脱保護過程を必要とせず、有害なハロゲンなどの廃棄物を出さない新たな化学プロセスです。また、本論文において、抗癌活性のあるコルヒチン誘導体やパーキンソン病治療薬の形式合成にも成功しています。今後、持続可能な開発が求められる時代において、脱水プロセスを強力に進めることができる触媒は、新たなものづくりの切り札として化学分野で広く用いられることが期待されます。
本研究成果は、日本時間2023年12月16日にCommunications Chemsitry誌のオンライン版で発表されました。

【研究背景】
アセチレンに隣接する炭素カチオン(プロパルギルカチオン)は不安定であることが知られています。炭素カチオンを使用した反応では様々な化合物が同時に得られることから、その制御が非常に難しい化学プロセスでした。1975年に、オクラホマ州立大のNicholasらがコバルトオクタカルボニルによってアセチレン部分を保護する方法を考案し、Nicholas反応と命名されました。この方法によって三つの炭素原子が一度に分子内に導入可能となり、有機合成3)分野の幅が広がりました。しかし、現在の持続可能な開発が求められる社会状況のなかでは、できるだけ触媒過程でものをつくること、さらに、なるべく廃棄物が少ない手法を選択することが化学分野において求められています。そのような背景のなか、アルコールの脱水は、廃棄物が水のみであり、様々な化合物へ変化できることから非常に注目されています。しかし、不安定中間体を経由する脱水プロセスを可能にするためには、強力な脱水剤(触媒)の開発が必要です。さらに、どのようにして発生した不安定中間体を分解させずに、次の反応へ進めるのかという問題もあります。

【研究成果】
本研究成果によって、これまでNicholas反応の保護・脱保護なしでは不可能だった脱水プロセスを良好に進めることが可能となりました。この脱水反応は、強力な触媒活性を示すカチオン性インジウムという触媒の開発によって達成しました。そして、安定化基を持たない中間体が次の反応剤と良好に反応することができたのは、自己縮合によって生じるエーテルの生成が迂回路となって、再び必要な活性種の発生を可能にできたことが要因です。

本研究の概要図

【今後の展開】
現在、脱水反応は従来の化学プロセスの環境負荷の小さな代替法として利用されています。今後、保護・脱保護過程を持たない、水のみを廃棄物とする化学プロセスは、様々な分野で利用されていくことが予想されます。特に、医薬品の製造過程では、付加価値の高さが優先され、環境負荷に対する配慮が軽視されてきました。そのため、この分野での合成プロセスに脱水反応を導入することで大きな環境負荷の低減を期待することができます。

【用語解説】
1)炭素カチオン:
アルコールの脱水反応によって発生できる陽電荷をもった活性種であり、高い反応性のために多くの生成物を与える。その制御が難しいが、合成反応として多用されている。
2)保護:
化学反応を進める際の不都合を取り除くため、その要因をブロックあるいは進みやすいように不具合を取り除く操作をいう。
3)有機合成:
化学反応によって人工的に有機化合物をつくる過程のことをいう。

【論文情報】
雑誌名: Communications Chemistry (2023)6:279
論文タイトル: Cationic indium catalysis as a powerful tool for generating α-alkyl propargyl cations for SN1 reactions
著者: Mitsuhiro Yoshimatsu, Hiroki Goto, Rintaro Saito, Kodai Iguchi, Manoka Kikuchi, Hiroaki Wasada, Yoshiharu Sawada
DOI: 10.1038/s42004-023-01048-4
論文公開URL:https://www.nature.com/articles/s42004-023-01048-4

【研究者プロフィール】
岐阜薬科大学薬学部を卒業後、薬学博士の学位を取得。1995年から岐阜大学教育学部化学科に助教授(准教授)として就任後、2012年より教授となり、現在に至る。その間、エンジイン系抗癌活性抗生剤の合成研究、硫黄およびセレンが置換したアルケニリルリチウムを用いた有機合成、ポリエン化合物の合成、硫黄・セレンで安定化された炭素カチオンおよびアセチレンに隣接した炭素カチオン種の発生法の開発研究を進めてきた。