「分からないな…」
昨年12月上旬。自立に向けたトレーニングとして週2回、日光市内の子どもの居場所「あそびのにわ」で活動する樹(いつき)さん(20)=仮名=が、やりたいことや目標について尋ねる記者の質問に声を詰まらせた。
入学した県立高校には2カ月で足が向かなくなり、その後、通信制高校に編入した。
樹さんを中学時代から支援する「あそびのにわ」責任者の金井聡(かないさとし)さん(47)や、通信制高校と提携するNPO法人など周囲の支援を受け、樹さんはどうにか高校は卒業することができた。
でも、将来の目標や進む道はまだ見つからず、就職や進学はできないでいる。
◇ ◇
樹さんが高校を卒業して1年近くがたった頃。自立へのステップとして、金井さんが提案した。
「あそびのにわで働いてみない?」
6人きょうだいの樹さんは、小さい子どもとの触れあいが上手。「金井さんからの誘いだし、子どもの相手ならできるかなと思って」。とりあえず、応じてみることにした。
昨年夏までは交通費のみが支給されるボランティアスタッフとして、以降は交通費に加え幾ばくかの報奨金をもらいながら、樹さんは就労に向けた訓練として“働いて”いる。
樹さんが小学生の子どもたちとじゃれ合っていると、あそびのにわに笑い声が響く。金井さんが「悔しいくらい、子どもたちから人気です」と肩をすくめるほどだ。
◇ ◇
樹さんは昨年暮れ、20歳になった。誕生日を迎え、金井さんに話しかけた。
「旅行に行きたい」
これまで「何かをしたい」という思いを持てないでいた樹さん。金井さんはそんな様子を長く、間近で見てきただけに、驚きをもって受け止めた。
樹さんは最近になって、先のことまでは考えられなくても、少しずつ自分の中にエネルギーが貯まり始めてきたと感じている。
「無邪気な子どもに触れたからかな」。それ以外の理由は思い当たらない。
金井さんは「自分にできることがあるということが分かってきたから」と考えている。どんなに寄り添われても、支えられても、誰もがすぐに自分の足で進めるわけではない。でも、歩みは遅くとも「行きつ戻りつ、成長しているのが分かる」と話す。
旅行は、実現すれば樹さんにとって生まれて初めての体験になる。
金井さんに案内してもらいながら都内を観光し、好きな本がたくさん置かれた宿泊施設に泊まりたいと思っている。