国と都の“控訴”が物議…「大川原化工機事件」地裁が“違法捜査”と判断した警視庁公安と検察の「まずい対応」

「警視庁と検察のメンツを守るための控訴だ」との批判が各方面から上がっている(弁護士JP編集部)

化学機械メーカー「大川原化工機」の社長らが逮捕されたえん罪事件をめぐる国家賠償請求訴訟で、「捜査機関の違法な取調べ等があった」として先月27日に東京地裁(一審)から賠償命令を言い渡されていた国と東京都が控訴したことが、10日に明らかとなりました。

社長らは逮捕後、勾留請求を受け公訴提起(起訴)までされましたが、その後起訴は取り消され、社長らには刑事補償の手続きが取られて事実上の無罪が認められています。

先月27日の一審判決では、捜査機関による違法な取調べ等について争われた結果、その事実が認定され、国と都に賠償金およそ1億6000万円の支払いが命じられました。しかし、国と都はこれを不服とし、控訴する方針を固めたようです。

本記事では、一審判決を要約し「どのような違法な取調べ等があったのか」を解説します。(弁護士・林 孝匡)

原告

■ 大川原化工機株式会社
噴霧乾燥に関する技術の研究などを行う会社

■ 大川原氏(代表取締役)
■ 島田氏(取締役)
■ 相嶋氏(会社顧問)の相続人3名

事件の概要

■ なぜ逮捕されたか
大川原氏・島田氏・相嶋氏が逮捕された理由は、外為法違反です。具体的には、外為法で規制されている噴霧乾燥機などを経済産業大臣の許可を得ずに中国と韓国に輸出したという容疑です。

■ 公訴の取消し
しかしその後、検察は公訴を取り消しました。

■ 損害賠償請求訴訟を提起
大川原氏らは、国と東京都に対して国家賠償請求訴訟を提起しました。理由は「警視庁公安部の警察官による逮捕・取調べや、検察官による勾留請求・公訴提起違法」であったというものです。名誉および信用毀損に係る損害や慰謝料などおよそ5億7000万円の損害賠償を求めました。

おもな争点は警察官や検察官に「故意または過失」があったのかです。国家賠償法第1条1項では「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定されています。

裁判所の判断

先月27日、東京地裁は「逮捕・取調べ・勾留請求・公訴提起は違法」と判断して、およそ1億6000万円の賠償を命じる判決を言い渡しました。どの点が違法だったのか、順に解説します。

▼ 逮捕は違法
まずは刑事の基礎知識を。誤認逮捕すべてが違法となるわけではありません。違法となるのは「その時点で現に収集した証拠資料および通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を勘案して、その判断に合理的な根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて捜査を開始または継続したと認めうるような事情がある場合」に限定されます。

本件逮捕は、上記のような限定されたケースに該当するので違法と判断されました。

化学機械に関する技術的な話は割愛しますが、本件で社長らを逮捕するためには、噴霧乾燥機の測定口の温度が細菌を殺菌する程度にまで上昇している必要があったのです。

捜査の過程で警視庁公安部は、相嶋氏(会社顧問)やほかの従業員から「測定口の温度が上がりにくい箇所がある」と聴取しており、相嶋氏らはその理由も説明していました。

とすると、警視庁公安部としては当該箇所の温度を再度測定することは当然に必要な捜査だったのです。再度測定していれば、測定口の温度が細菌を殺菌する程度にまで上昇しないことは容易に明らかだったのにもかかわらず、その測定を行わずに逮捕しており、裁判所は「警視庁公安部の逮捕には合理的な根拠が客観的に欠如していることが明らかであり違法」と判断しました。

▼ 勾留請求も公訴提起も違法
検察官も断罪されています。裁判所は「勾留請求・公訴提起いずれも検察官が必要な捜査を尽くすことなく行われたものであり違法」と判断しました。

理由は、逮捕の違法性の箇所とほぼ同じです。検察官は、公訴提起「前」の時点で「会社従業員らが噴霧乾燥機について温度が上がりにくい箇所を指摘している」と報告を受けていたのにもかかわらず、再度の温度測定を実施しませんでした。

▼ 島田氏(取締役)の取調べも違法
裁判所は違法な取調べとして2点あげています。取調べが違法となるのは「被疑者の自由な意思決定を阻害することが明らかな態様である偽計を用いた」場合です。2点を順に解説します。

取り調べ等が違法だったのか、国と都は高裁で改めて争う構え(metamorworks / PIXTA)

1. 文言の解釈をあえて誤解させた
警部補が、警視庁公安部の「殺菌」の解釈を明確にせず、島田氏に対して「熱風によって装置内部の細菌が一部でも死滅すれば『殺菌』にあたる」と誤解させました。そしてその誤解に乗じて殺菌に関する要件該当性を肯定することを認めさせる供述調書が作成されたのです。

警部補も法廷で「島田氏の取り調べの際、殺菌に関する誤った解釈を示して『殺菌』に関する島田氏の供述をとろうとした」旨の供述をしています。

2. 修正のお願いを無視
警部補は、逮捕された島田氏の弁解録取をする際、弁解録取書を事前に作成していました。そこにはあらかじめ警察が描くストーリーとして「社長の大川原正明と現顧問の相嶋静夫から指示された『非該当で輸出する』との方針に基づき」と記載されていたのです。

島田氏は、事実と異なるとして文言の修正をお願いしました。具体的には「ガイダンスに従って、許可の申請が要らないと考え輸出した」と修正してほしいとお願いしました。

お願いされた警部補は、パソコンで編集しているような動作をして修正したように装っただけで実際には修正しませんでした。そして、「社長らと共謀して無許可で輸出した」という内容に書き換えて弁解録取書を印刷しました。

警部補はこの弁解録取書を島田氏に示して署名押印を求めました。島田氏は、自身が要請した修正が行われているものと考え署名押印しました。署名押印後、改めて確認すると、自身が要請した修正内容とは異なる内容に修正されていることに気づき、警部補に強く抗議しました。

この警部補の対応について裁判所は「島田氏を欺罔(ぎもう)行為(編注:人を欺く行為)して同人が了解していない内容の供述調書に作成させるものであり、島田氏の自由な意思決定を阻害することが明らかな態様による供述調書の作成と言わざるを得ず違法」と判断しました。

以上のように、東京地裁は「逮捕・取調べ・勾留請求・公訴提起は違法」と判断して、国と都におよそ1億6000万円の賠償を命じる判決を言い渡しました。

しかし、国と都は一審(地裁)判決を不服として控訴する方針を固め、原告らも控訴の方針を固めたようです。一審では、取り調べの態様について警部補と島田氏の供述が対立していたので、二審(高裁)は事実認定の部分でも地裁とは異なった認定となる可能性があります。高裁判決が出れば、また詳しく解説します。

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