和田騒動で考える「人的補償」廃止論の是非…若手のチャンス消滅、ドラマ性の欠如につながる可能性も

(写真:時事通信)

1月11日、西武はFA移籍した山川穂高内野手(32)の人的補償として、ソフトバンクから甲斐野央投手(27)の獲得を発表した。当日、一部スポーツ紙で和田毅投手(42)の移籍が報じられ、ファンに動揺が走ったが、ベテラン左腕は残留となった。

「西武は直前で甲斐野投手に切り替えたという情報もあります。『誤報だ』と叩く人もいますが、報道が出たことで方針転換をする例はスポーツ界でも芸能界でもよくある。実際、ソフトバンクの三笠杉彦GMは和田投手の獲得報道について『コメントはありません』とスポーツ紙の取材に答えています。誤報の一言では片付けられないと思います」(スポーツライター、以下同)

和田は2003年ダイエー(現・ソフトバンク)に入団。1年目に14勝を挙げ、リーグ優勝に貢献。阪神との日本シリーズ第7戦では完投勝利で日本一を決め、胴上げ投手に。新人王に輝いた。入団11年で9度の2桁勝利を記録した和田は2012年、海を渡った。アメリカで4年過ごし、2016年にソフトバンクに復帰すると、いきなり15勝で最多勝を獲得した。

「途中でメジャーへの移籍があったとはいえ、国内生え抜きで通算158勝、2月で43歳になる。和田投手を慕う選手は多く、投手陣の精神的支柱でもあります。和田投手が抜ければ、数字に表れない面でのマイナスも計り知れなかった。一方、西武は和田投手を取れば、成績だけでなく他の投手に与える影響が大きいという考えもあり、最後まで迷ったのでしょう」

今回の騒動で、「人的補償は必要なのか」という声も上がっている。廃止論は今に始まった話ではない。2018年オフ、巨人がFAで広島から丸佳浩選手(34)、西武から炭谷銀仁朗選手(36)を獲った際、人的補償で生え抜きのベテランである長野久義選手(39)、内海哲也投手(41、現・巨人コーチ)が移籍。多数の巨人ファンが悲しみに暮れていた。

「結果的に巨人は連覇を果たしました。しかし、長年チームに貢献し、人気もあった2人の移籍はファンの中でも疑問の声が相次ぎ、批判も絶えなかった。すると、2019年オフに原辰徳監督(当時)が人的補償の撤廃を訴えました。理由は『そうすれば巨人以外のチームももっと参戦するだろうし、選手の権利であるFAは尊重されるべき』という考え方でした」

原監督の発言は巨人ファン以外には素直に受け止められなかったと言っていい。

「巨人はドラフトなど自分たちに不利と感じた制度を有利に改正してきた歴史がある。1993年から上位2人に逆指名制度が適用されたのも、アマチュアの有力選手を人気と資金力のある自軍に引き込むための施策だと思われています。実際、新リーグ結成をちらつかせながら、強引に導入した経緯がありますからね。FA導入も同じでした」

人的補償の撤廃は本当に必要なのか。

「ドラフトの1位指名にウェーバー制度がない日本球界で、FAの人的補償が廃止されれば、戦力の不均衡が起こります。資本主義社会の競争原理を考えれば、資金力の豊富な球団が毎年のようにFAで選手を獲得することは当然ですし、あるべき姿かもしれません。

しかし、プロスポーツの魅力はグラウンド内だけではない。ドラフトで希望球団に行けなかったり、人的補償で移籍したりすると、新たなストーリーが生まれる。ファンの中には、その選手に感情移入してプロ野球を好きになる、興味を持ち続ける人もたくさんいます。選手には申し訳ないですが、プロスポーツには“物語”が必要です。また、戦力の均衡が崩れれば、リーグ自体が衰退するでしょう」

もう1つ忘れてはならない点もある。

「今回はベテランの和田投手の名前が上がりましたが、過去には一岡竜司投手(巨人→広島)や田中正義投手(ソフトバンク→日本ハム)のように開花した例もある。和田投手の件で、人的補償はマイナスのイメージを持たれていると感じましたが、選手にとってチャンスの芽が眠っている制度とも言えます」

西武からソフトバンクに移籍した甲斐野はどんなドラマを見せてくれるか。

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