【インタビュー】元ベトナム代表監督三浦俊也さんが語るアジア杯日本代表vsベトナム代表

アジア最強のナショナルチームを決める大会AFCアジアカップ2023が12日に開幕する。5度目の同大会制覇を狙う日本代表は14日午後8時30分にベトナム代表との初戦を迎える。

決戦を前に、2014年5月から2016年6月までベトナム代表を率いた三浦俊也さんにQolyが独占インタビューを敢行。日本とベトナムを熟知する名将が代表監督時代を振り返りながらベトナム代表を語った。

ベトナム代表監督就任経緯とは

――まずはベトナム代表監督就任の経緯を教えてください。

日本サッカー協会長の田嶋(幸三)さんから連絡が来ました。いまのベトナム協会の(チャン・クオック・)トゥアンさんが当時副会長で、その方が現場を回している実権のある方でした。ベトナム代表が低迷している中で「日本人の監督がほしい」、「誰か紹介してほしい」というところで田嶋さんが私に話を持ってきたことが最初になります。

――話を頂いた際の率直な思いを教えてください。

正直なところ、ベトナムには行ったことがなかった。サッカーとは別にフィリピン、タイに行った程度でした。なのでベトナムはあまり想像がつかないというのが第一印象ですね。話がまとまるのかよく分からない感じでした。

――監督就任当初のベトナム代表の印象を教えてください。

(就任)記者会見で100人のメディアが来ました。最初それにびっくりしましたね。なかなかそこまでの経験はなかったような気がします。注目度の高さを感じました。

最初に合宿をやって1週間後、私が就任してからミャンマー代表と練習試合を組んだんです。そのときの印象でいうと、日本のJ1のクラブと比べると(実力が)少し落ちますが、東南アジアのチームがどの程度かあまり想像ができてなかった中で、(北海道コンサドーレ)札幌で所属していたレ・コン・ビンが代表の中心でした。

技術はあるし、ちょっとフィジカルが弱い。インテンシティが低いけど、そんなにお話にならないレベルではない。「結構できるなあ」という感じでしたね。

――監督に就任してどのような目標を設定していましたか。

U-23(ベトナム代表)も兼任でしたので、現実的な目標はオリンピック予選も、ワールドカップ予選も「アジアの最終予選まで行く」。ただ(当時の)ワールドカップ出場枠が4.5ですよね。オリンピックの出場枠は確か3かな。(大会出場は)日本、韓国、オーストラリア、イランこの辺を上回らないといけないので、現実的には難しいだろうと。(当時は)最終予選まで出たことがなかったので、まずそこに目標を置きたいという感じですね。

自分の中ではそこでしたが、アジア代表になるのは現実味がないからなのか協会も、選手も、メディアもファンも、どちらかというと東南アジアでの大会を目標に考えていました。A代表はスズキカップ(東南アジア選手権、現三菱電機カップ)、U23はSea Gamesを最大の目標にしていました。

ベトナム独特のカルチャー

――指導にあたって難しさなどはありましたか。

まずいい点からいえばサッカー協会がすごく力を持っていて、招集の権限が強かったですね。Vリーグ(ベトナムリーグ)に有無を言わせず日程も決められました。そういう意味では代表はやりやすいという環境にあったと思います。

難しさでいえば東南アジア全般に言えますが、スケジュールですね。例えば日本なら半年後に大きな大会がある場合はミーティングをして、ベニュー(開催地)も決まっているし、対戦相手もこの辺と対戦する。そういう中でキャンプをいつからやって、いつ移動してどこと練習試合をしてというミーティングの後からブッキングし始めますよね。東南アジアはそれができないんです。

――なぜですか。

文化ですね。いまの会長さんは日本人のことも分かってくれたので「分かった、分かった」と言って結構やってくれました。ただ彼らの考え方からすると、例えばキャンプが半年後にある場合、一応ミーティングはしてスケジュールを立てるんですが、10日前ぐらいにまたもう1回集まって…。結局なにも準備してないんですよね(苦笑)。

そうなると練習試合の相手も思うように組めなくて、飛行機がブッキングできない、ホテルが空いているのか分からないことがありました。8割方大丈夫なんですけどね。それは私がタイに行っても、その他の東南アジアのインドネシア、マレーシアの人たちに聞いてもみんな一緒ですね。(逆に)日本はそこがきっちりしていると思います(笑)。

――カルチャーギャップがあると難しいですね。

そうですね、それはありました。ただ例えば選手が練習に来ない、遅れるも一応覚悟していたんですけど、そういうことはなかったです。練習は普通にできました。だから選手に問題があるというというより、どちらかというとクラブや協会の計画、準備の仕方が大きく違いました。

そういう文化で彼らは生活しています。日本人からするとトラブルなんですけど、彼らにとって日常なんで別にトラブルでもなんでもない。だんだん慣れました(苦笑)。

――直近のタイU-20代表の監督も似たような感じでしたか。

変わらないですね。ギリギリまでスケジュールが決まらない。「やる、やる」といって「結局いつやるんだろう?」みたいなスケジュールの立て方ですね(苦笑)。

――ベトナムでの印象深いエピソードを教えてください。

日本人もそうかもしれないですけど、韓国人だったら(遠征先などに)キムチを持ってくと思うんですよね。どこの国もそうだと思うんですけど、ベトナムの選手たちは「カップラーメンを持っていって夜中に食って寝る」という習慣がありました。

当然スポーツ選手にとって良くないと思うんですが、普段そういう慣れているものをダメというわけにもいかないし、しかも(遠征先の)海外だからストレスもかかるだろうから…。例えばカタールで1ヶ月くらい行ったときもいいホテルで食事しても、ベトナムの食事はかなり特殊なのでストレスが彼らにかかっていく中では、「そこはしょうがないんだろうな」という思いがありましたね。

最初にスズキカップがあったときはハノイで地元開催でしたけど、日本人のトレーナーが1、2ヶ月の間来てくれました。彼からは「彼らは外に夜食をその辺の露店に食べに行っている」、「昼ご飯に路上の食い物屋で食ってナマのものに当たったらやばいんじゃないですか?」というアドバイスもあって、「その辺は気を付けなさいよ」と(苦笑)。ダメとは言わないんですけど、そういうことを話したような記憶があるんですよね。彼らにとって日常なので問題ないと思っていたんでしょうね。日本での常識だと、キャンプ、遠征中は生ものは出さないようにしていますので。

あと彼らは車じゃなくてバイクに乗る。例えば多分Jリーグ、ブンデスリーガは選手がバイクに乗ることを禁止しているはずなんですよね。そういうのもちょっと気になったりはしましたけど、「しょうがないだろうな」というところもありましたね。

ベトナムの国旗を身に着けるモチベーションの高さ

――東南アジア各国はその国のルーツがある選手を欧米から積極的に招集しています。そこを視野に入れてマネジメントはされていましたか。

そうですね。東南アジアの選手は体が小さいので、どうしても体が大きい選手を求めるときに「ハーフの選手を探したい」という意見はお互いにあるんですが、なかなか代表にフィットするぐらいのレベルの選手が少なかった。

私がタイのU-22を率いたときもそうですけど、ハーフの日本人、ハーフのヨーロッパ人を見つけたいと思っても草の根で探すしかないですね。これは反町(康治、日本サッカー協会技術委員長)にも「どうしているの?」と聞きました。ヨーロッパにも日本のハーフがいるんですね。あっちで生まれ育って、フランス代表になるのか日本代表になるのか。あるいはドイツ代表になるのかという選手が実はいます。でもそれも大体自己申告だったり、親から売り込んだり、代理人が売り込んだりという形です。いまの登録制度では調べられないんですよね。日本のサッカー協会はいまそれに取り掛かるようなことを言っていました。

今回はケガで出られないのかな。ロシアのハーフのラム(ダン・バン・ラム、元セレッソ大阪)という選手は自分から言ってきたような感じですよね。何人か僕の経験の中ではチェコだったかな。そっちの方のハーフの選手がいましたね。

――ベトナムで指導されていて試みた部分を教えてください。

最初は(チームのことが)分からなかったので、一般的なところから入っていきました。いいところは伸ばす、悪いところは修正する両方の作業。いいとこでいうと、技術的にそんなに問題ありませんでした。技術的にというのはボールを持ったときはそんなに悪くないなというのがありました。

弱いところはデュエルを嫌がったり、競れなかったし、インテンシティが日頃のトレーニングを見ていると低かった。そこはトレーニングの中で1か月くらいあると明らかに改善できたところだと思います。

――マネジメントする上で注意していた点は。

ベトナムの文化を理解することです。それがないと人間は付いてこない。その仕事がサッカー以外の部分と半々くらいの重さがあると認識していました。できる限り衝突はしつつも理解をしながら、ときには喧嘩をして、仲良くなるを繰り返しながらスタッフや協会とはやっていたと思います。

選手は代表に対してすごくロイヤリティ(忠誠心)を持っていたので、そういう意味ではやりやすかった気がします。「ベトナムの国旗を付ける」ということに対して彼らはモチベーションが高かった気がするので、そこは楽でしたね。

――ベトナムの強みを教えてください

強みは割と日本と似てるんですけど、「集団でチームのためにやる」、「チームが優先される」ということが結構ある。アグリカルチャー(農耕)の文化というか、みんなで集団して行動することが好きなんですよね。

みんなと同じ時間にご飯を食べて練習するところは、まとめやすかったと思います。逆にいうと、個性的に自己主張する選手は欧米に比べるとかなり少ない。日本もそうだとは思うんですけど、そういう文化だったと思います。

――U-23も代表監督を兼任されました。2つのチームを指揮する難しさはありましたか。

僕はなかったですね。日程が被れば難しいと思いますけど、ほとんど被ってなかったような気がします。そうするとむしろ利点のほうがありました。代表監督はチームのキャンプしか練習がないので、体は空いているんですよね。なので、その間にU-23のキャンプで良かった選手を、代表に入れると、「あ、A(代表)に彼を入れてもいいな」という自分の目で見て引き上げられる利点をすごく感じました。逆にいうと、日韓ワールドカップの時に(フィリップ・)トルシエさんが2つ持っていた点は理に適っているんじゃないのかなと思っています。

ベトナムとタイの違い

――その後はベトナム1部ホーチミン・シティを率いました。

代表は短い期間にパッと集まって大会が終わったら解散という感じでモチベーションをちょうどいい具合にキープしたまま始まって終われます。

クラブは毎日なので、1年間やることでの多少のマンネリやチームが良くない時期など、そういうところがちょっと違うところだと思います。ホーチミンのときは1度連続で10回勝てなかった時期もありました。クラブのほうはそのあたりの難しい部分はあったりします。ただトレーニングが継続できることが利点です。「代表のときはあんなに集中して頑張っていた選手が、クラブでお金を貰っているのになんでクラブではモチベーションに差があるんだろう」とね(苦笑)。

そこは注目度の差なのかもしれないですけど、モチベーションが代表のときに比べるとやや低いと思いました。あと試合における集中力、盛り上がり方はちょっとフワっとしていて、下手したら「練習試合なのかな?」というぐらいのテンションを感じたときもありました。

――タイでもU-20代表を率いていましたけど、タイとベトナムで違いはありましたか。

タイの場合は18、19歳が多かったので、まだまだプロなんですけど成り立てというか、お小遣いをもらいながらやってるってレベルでした。(当時の)ブリーラム・ユナイテッドは石井(正忠、現タイ代表監督)監督がトップで、僕がセカンドチームとU-20代表監督でした。

ベトナムにいたので東南アジアの文化というか、なかなかスケジュールが決まらないなどは違和感がなく、「まあ、こんなものかな」という感じでやっていました。

ベトナムと比べると、タイは車文化でインフラが進んでいるんですよね。ベトナムはまだモーターバイクの文化なんですよ。サッカーのインフラもタイのほうがいいです。スタジアムやグラウンドの芝はいい印象を持ちました。

――タイ代表の石井監督は今回アジアカップに挑戦されますね。

石井監督は2年連続国内3冠達成で、こんなに結果を残した監督はいないぐらいの素晴らしい実績でタイ代表監督になりました。タイ国内ではすごく期待されていると思います。

あとはタイの場合も結構スケジュールがなかなか決まらなくて、カタールに入っていますけど、どこまでベストメンバーを組めているかがポイントだと思います。タイの場合はベトナムや日本と違って代表を辞退する選手がいるんですよね(苦笑)。

現在のベトナム代表

――現在のベトナム代表の評価について教えてください。

私の次の次の監督に、韓国人の(パク・ハンソ)監督が来たときにすごく結果を残したんですよね。特に東南アジアでは(2018年の)U-23アジアカップで準優勝して結果を残したんですね。そこの中心になっていたU-20代表で(2017年の)ワールドカップに初めてベトナム代表が出た選手がいたので国際経験は割と豊かですね。

私が見ていたときよりも下の世代にポテンシャルがありそうな選手がいた。それが韓国人の監督のもとで成功して、そういう意味では経験豊富な選手は多いのかなという印象はあります。

――就任時と比べて感じた変化を教えてください。

僕が行ったときはベトナム代表がちょっと低迷期だったらしくて、サッカーに関してはネガティブな印象を持っていた人が多かったんですよね。(国民性としては)ちょっと勝つとワーッと火が付くというか。これは日本人も同じなんでしょうけど、そんな印象を持っていました。私の初めての公式戦が2014年の韓国の仁川でのアジア大会でしたが、第1戦でイランに4-1で勝ったらすごく盛り上がったらしくて驚かれました。それが韓国人の監督でアジア2位になって、なおさら火が付いていまのベトナム代表はものすごいブランドになったと聞きました。

――三浦さんが感じるベトナムサッカーの発展と課題について教えてください。

日本と比べた場合、草の根の広がりがまだ狭いと思います。特定の強いクラブが下部組織だと3つぐらいしかないんですね。これはタイでもそれを感じたんですけど、インフラやいいコーチの指導(の改善)が急務だと思います。

人材はたくさんいると思います。サッカーが強くなるにはマジックはないので、まず下部組織、アカデミーの数を増やして、いいコーチを教育してトップリーグを強くする。これしかないんですよね。日本もそれで強くなってきた。そこが東南アジアの課題かと思います。

今回のアジアカップについて

――ベトナム代表と日本代表が対戦します。三浦さん視点で日本にとって危険な選手を教えてください。

韓国人監督のときに、グエン・クアン・ハイで勝っていたんですね。いい守備と彼のフリーキックやカウンターシュートで勝っていた。力関係からいえばがっぷり四つに組んだらベトナムはちょっと厳しい。日本に攻めあぐねさせ、少ないチャンスを狙うことがセオリーな気がします。

――よくこういった取材をすると、日本はアジアのトップランナーと各国が警戒していると耳にします。

日本は世界的なレベルにかなり近づいていますよね。この前のワールドカップでもそうだし、今回も選手層が厚いし、選手はヨーロッパでプレーしている。飛び抜けましたね。そこで日本から勝ち点を取れそうなところといったら、韓国やオーストラリアや2、3チームがギリギリあるかという感じですね。

――AFC U-23選手権2016予選のときに三浦さん率いるベトナムが日本と対戦しましたけど、試合をしていかがでしたか。

あのときは結果的に中島(翔哉)に43分と93分で2点取られたんですね。「もう1-0でいいよ、終われ終われー」と思ったらインジュアリータイム(=アディショナルタイム)でやられて、「いらねー2(失)点目」と思いながらだったんですけどね(苦笑)。それこそ南野(拓実)や、アメリカでプレーしている久保(裕也)、植田(直通)らが出ていましたね。(ベトナムに)攻めあぐねていた印象があります。鈴木武蔵が途中から出てきて、「ベトナム人には分が悪い選手だな」と思った記憶があります。その次の試合でチャイニーズ台北(大会ではその表記)に7-0で勝ち、初めてオリンピック最終予選に出ることができました。

――なぜですか。

彼(鈴木武蔵)はフィジカルでゴリ押ししてくるタイプに感じたので、ベトナム人が嫌がるタイプでしたね。

――ベトナムのフィリップ・トルシエ監督は日本代表も指揮していました。トルシエさんはどのようなサッカーを展開してくるでしょうか。

日本のときの印象でいうと、あの当時のワールドカップは格上が多かった。守備をまずしっかり特化した形、当時流行った言葉で「フラットスリー」とかそういうことをやるのかなという気がしますけど。

――手堅く固めて反撃のチャンスを狙うカウンターを展開しそうですね。

なるというかならざるを得ないですね。対戦相手によってもやり方を変えるでしょう。例えば(ベトナムの相手が)インドネシアだったら五分五分の戦いでしょうから、またそこは違ったストラテジー(戦略)になってくると思います。日本はどうしても押し込まれる…。この前のタイ代表(の試合)のような形になるので、そこをどう耐えられるかというところだと思います。

――ベトナム戦の結果予想を教えてください。

予想は難しいですけど、ただここの予選突破は上位2チームに入ればいいんでしたっけ(3位でも突破の可能性あり)。なので(3位も含めて)そこを狙うんですよ。だから日本に勝つというシナリオは立てていないと思います。それはちょっと非現実的です。

僕もオリンピック予選で決勝トーナメントというか、最終予選に出るために日本と同じグループでしたけど、「日本に勝つ」という計画は立てていないです。要は0-5、0-6で負けると大会が終わってしまうので、日本に負けるなら0-1、多くても0-2、それで他(の国)に勝つ。次に進出することが彼らのシナリオのはずなので。

日本戦は0-1で負けてもまったく問題ないと思います。まずはインドネシアに勝つこと。イラクと例えば引き分けとか、そのぐらいを多分やってくるんだろうと思います。

――アジアカップでのベトナム代表への期待を教えてください。

彼らは国際経験、アジアでの経験がすごく豊富です。自分たちの力は発揮できると思います。目標は多分ベスト8あたりになっていると思いますけど、そこは十分可能だと思います。そこはちょっと期待しています。ただ何人かケガで抜けたんですよね。

日本への期待

――日本についての期待も教えてください。

日本については、はっきり言ってアジアのレベルは予選が必要ないぐらいのレベルに来ていると思うんですよ。なので、果たしてプレミアリーグやスペインリーグをやっている間に、格下の相手と戦うことが冨安、三笘、久保と彼らにとって本当にいいのかということですね。彼らがいなくても十分優勝できると思います。

ヨーロッパで使われない選手を呼んで使うのもいいと思うんですけど。冨安が「6月にしてほしい」というのはまさしくそうで、プレミアリーグはワールドカップよりレベル高いじゃないですか。だからそっちを飛ばしてアジアカップはいまの日本代表にとってちょっと微妙な大会だと個人的な印象で思います。

――昔はコンフェデレーションズカップの出場権がありましたからね。

そうですね。本当にワールドカップの間で、ユーロと同じような時期に合わせられたらいいんですけどね。

――日本人選手で期待している選手を教えてください。

そうですね。まず決勝まで行くと7試合あります。1(試合目)がベトナム、2がイラクで、3がインドネシアですね。そうするとイラク戦でもしかしたらターンオーバーでベストメンバーを出してくるかもという印象があります。

決勝トーナメントに行くほど(相手が)多少強くなってくるでしょうから、ターンオーバーしてと。開幕戦のメンバー予想は難しいと思うんですけど、期待している部分はアタックですかね。

攻める試合が多いと思うので、ボールを持っていても、この前のタイ戦前半のように、ボールを持ったけど、あまりチャンスができなかった。イライラするようなところで、アタックの選手が個で切り開く。例えばいまだったら期待されている選手は上田(綺世)選手かな。日本人にいないストライカーのタイプ。

中盤には昔から日本はいい選手がいっぱいいるんですよね。肝心の点を取るところがまだ世界的な選手が出てきてないので、そこはいつも心待ちにしているところですね。

――日本代表にとってアジアカップは優勝以外は負けに等しいと仰る有識者もいますね。

多分協会、選手、スタッフも「優勝はマスト」でやっていると思います。そういうプレッシャーはもしかしたら多少あるかもしれないですね。前回優勝してないのでなおさらです。例えば森保(一)監督はなんとしてもタイトルを獲りたいという気持ちは強いのかなと思います。

――森保監督の手腕は、同じプロ監督としてどう見ていますか。

例えば前回のワールドカップでいうと、多分ですけどオリンピックの反省なのかなと。同じ選手が3試合連続やるとパフォーマンスが落ちるというようなところでのターンオーバーの重要性を感じてワールドカップでうまくやっていたのかなと思います。

それ以降もそういう中で、ヨーロッパで疲れている選手を休ませて、いつでもいいパフォーマンスができる11人を揃えるところがマネジメントとしてうまくできているのかなと思います。

三浦さんが話すようにベトナムは手堅い試合になると予想する。

「日本を過小評価すべきでない」‬ドイツ人指揮官フィンク監督‪独占インタビュー

これまでベトナム代表には4勝1分けと黒星を喫した経験はないが、それでも真剣勝負の舞台では何が起きるか分からない。5度目のアジアカップ制覇に向けて初戦を幸先よく制してほしい。

三浦俊也氏プロフィール1963年7月16日(60歳)経歴:1997 Brummell Sendai1998 Mito HollyHock2000–2001 Omiya Ardija2004–2006 Omiya Ardija2007–2008 Hokkaido Consadole Sapporo2009–2010 Vissel Kobe2011 Ventforet Kofu2014–2016 Vietnam U232014–2016 Vietnam2017–2018 Hồ Chí Minh City2022 FC Gifu2023 Thailand U20

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