「いいクルマ」への進化ぶりが半端ない。AT仕様の追加で広がる楽しさ/トヨタGRヤリス試乗

 モータースポーツや自動車のテクノロジー分野に精通するジャーナリスト、世良耕太が『トヨタGRヤリス』を試乗した。2024年1月12日に東京オートサロン2024で世界初公開された最新のGRヤリス。2023年末に袖ヶ浦フォレストレースウェイを舞台に行われた事前試乗会では、いち早くサーキットとダートコースでその実力を体感。新開発の8速ATもラインナップに加わり、刺激にあふれた走りをより多くのドライバーが楽しめるようになったのは朗報だ。

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 TOYOTA GAZOO Racing(TGR)は1月12日、『東京オートサロン2024』で「進化したGRヤリス」を発表した。視認性や操作性を向上させたコックピットの採用など、モータースポーツへの参戦を通じて生じた課題を反映させた変更が主体だが、クルマ全体のポテンシャルを引き上げてもいる。

レースやラリーといった実戦でのポテンシャルをより向上させるために進化したGRヤリス。その改良は多岐にわたる。

 エンジンは最高出力/最大トルクともに向上させた。最高出力は24kW(32ps)アップの224kW(304ps)、最大トルクは30Nmアップの400Nmになった。2022年に発表したGRカローラに投入した技術をスライド採用した格好で、高い過給圧に対応できるようピストンの材質を変更するなどしている。

1.6リッター直列3気筒ターボは出力とトルクを大幅に向上。モータースポーツへの参戦を考慮し、サブラジエターやインタークーラースプレーもパッケージオプションで用意される。

 ボディ剛性を高めるため、車体骨格のスポット溶接打点数は約13%増加、構造用接着材の塗布部位は約24%拡大した。大きな荷重がかかる走行をした際に「アライメントが微妙にずれる」という声に対応し、フロントダンパーのボディ側取り付けをボルト1点締結から3本締結に変更している。

3本締結に変更されたフロントダンパーのボディ取り付け部。ステアリング操作に対するレスポンスの正確性がより向上した。

 4WDのモード内容も変更した。GRヤリスはGR-FOURと呼ぶ4WDシステムを搭載している。リヤデフ前に搭載するカップリングユニット内にある多板クラッチの圧着力により前後トルク配分を制御する仕組みだ。

 現行型はシフトレバー前方のダイヤルを押すとNORMAL(60:40)になり、ダイヤルを左に回すとSPORT(30:70)、右に回すとトラック(50:50)なる。

 進化型はダイヤル中央のボタンを押すとTRACK(60:40〜30:70)になる。現行型は固定配分だったが、進化型は走行状態に応じて前後の配分を変える可変制御になった。ダイヤルを左に回すとNORMAL(60:40)、右はGRAVEL(53:47)だ。SPORTは廃止され、GRAVELに置き換わったことになる。

選択している4WDのモードは、新たにフルカラー液晶となったメーターに表示される。

 GRヤリスの開発に携わるプロドライバーのひとり、大嶋和也選手は4WDモードセレクトについて次のように持論を述べた。

「運転のうまい人がサーキットを攻めるには、TRACKよりGRAVELがしっくりくるかなと思っています。タイヤの限界領域を使えるドライバーにとっては、駆動配分が変化することによって違和感を感じる状況があるかもしれません。その手前の領域で乗っている場合は、曲げるためにクルマがヘルプしてくれるので、TRACKの良さが味わえると思います」

 ドライブモードセレクトが追加されたのも、進化型の変化点だ。4WDモードセレクトの左側にトグルスイッチが追加されている。電動パワーステアリング、エアコン、パワートレーンの設定を切り換えることが可能で、SPORT、NORMAL、ECOが選択可能だ。

センターコンソール下部の右側に4WDモードを切り替えるロータリースイッチを配置。その隣に新設されたドライブモードセレクトが備わる。

 何より大きな変化点は、AT仕様が追加設定されたことだろう。従来は3ペダルの6速MT車しか選択できなかったが、進化型GRヤリスでは2ペダルの8速AT車が選択できるようになった。これは、「より多くの方に走る楽しさを提供し、モータースポーツの裾野を広げたい」とするマスタードライバー・モリゾウ氏の想いに応えた格好である。

進化型GRヤリスのAT仕様は、新開発された8速AT「GR-DAT」を搭載。Dレンジのままでもプロドライバーのごとく最適なギヤを選択してくれるため、シフト操作の煩わしさから解放される。

 ATの制御ソフトウェアはスポーツ走行に最適化し、Dレンジを選択した場合でもドライバーの意思を汲み取るギヤ選択をしてくれる。

 サーキット(袖ケ浦フォレストレースウェイ)で試したが、大嶋選手レベルの、タイヤの限界領域を使えるドライバーが運転している状況では、ドライバーの意図を先読みしてギヤ選択をしてくれるだろうという印象。その手前の領域で乗っている場合は、希望より高い段でコーナーに進入するきらいがあった。

袖ヶ浦フォレストレースウェイで行なわれた進化型GRヤリスの試乗。

 ま、そんなときはマニュアル操作でギヤ段を落とせばいい。GAZOO Racing Direct Automatic Transmission、略してGR-DATと名づけられた新開発の8速ATは、意図してクロスしたギヤ比に設定されている。変速スピードの速さにこだわり、従来8速ATの半分程度、変速スピードを意識したスポーツカー向けATの4分の3程度、スポーツカー向けDCTと同程度の変速スピードを実現している。

 つまりレスポンスがいい。シフトレバーを右に倒してMモードに切り換えると、前後に倒すことでマニュアル変速が可能になる(パドルシフトも装備している)。

 シフトレバーでの変速操作の向きは、モータースポーツからの学びを生かし従来から反転。引き操作でシフトアップ(+)、押し操作でシフトダウン(−)とした。減速Gがかかるときに押し、加速Gがかかるときに引くことになり、体の動きとレバー操作の動きが一致するため操作に無理がない。

AT仕様は、シフトレバーを右側に倒すとマニュアルで変速操作が可能。シフトレバーの位置も現行のCVT搭載モデル(GRヤリスRS)より75mm上昇しており、操作性向上が図られた。

 MTにはMTの操る楽しさがあるが、ブレーキングポイントの見極めはクラッチとシフト操作に気を取られないぶん、2ペダルATのほうが断然楽だ。コーナー進入〜立ち上がりに意識を集中するなら、MTより断然ATである。

 ダート走行ではより強く、ATのありがたみを感じた。試乗コースには2速のまま緩く旋回し、急減速しつつ1速にシフトダウン。同時にパーキングブレーキを引いて向きを変え、パイロンターンを決めるセクションが用意されていた。

 素人同然の筆者にとっては極めて難易度の高いチャレンジで、一度目のトライでは1速にシフトダウンするのに気を取られ、うまく向きを変えられずに失速〜エンストの失態を演じた。

 クラッチとシフト操作から解放され、ブレーキとステアリング、パーキングブレーキレバーの操作に集中できるGR-DATのほうがはるかに操作は楽で、気負わずに済む。ダート走行の“難しさ”が“楽しさ”に変わるのを感じた。サーキットではMTの操作を楽しみたい気もするが(タイムを重視するなら断然GR-DATだ)、ダートでは迷わずGR-DATを選択する。

選択肢が広くなったことも含め、GRヤリス、「いいクルマ」への進化ぶりが半端ない。

RZ“High performance”にはトルセンLSDが新設定された。

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