出動準備中の消防団員下敷きに 「地域の誇り」住民沈痛 輪島

地震で多くの住戸が倒壊した輪島市門前町高根尾の集落

 震災で命を落としたのは、消防団員の使命感ゆえだった。輪島市門前町高根尾の会社員、稲垣寿(ひさし)さん(46)は1日夕方に起きた1回目の地震を受けて出動準備中、震度6強の大地震に遭い、つぶれた2階の下敷きになった。高齢化の進む地域で、将来を期待された若きリーダーの命が無慈悲に奪われ、住民は悲しみに暮れている。

 「ヒサシが消防団員でなかったら、助かったろうに」。13日、避難先の門前中で、高根尾の区長、中橋政久さん(76)が沈痛な面持ちで語った。

 1日午後4時6分に地震があった後、稲垣さんは同居する母と祖母を逃がし、自宅の1階で出動する準備を始めた。上着を着て、ズボンにベルトを通そうとした午後4時10分、2度目の揺れが襲った。

 たちまち2階が崩落、太い桁に脚を押さえつけられ、稲垣さんは生き埋めになった。駆け付けた中橋さんらが119番通報するも、電話はほとんどつながらず。「いつになるか分からん」。住民たちは、持ち寄ったバールやハンマーでがれきを押しのけ、稲垣さんを発見した。

 「上半身は動いてて、話もしとったんです」と中橋さんが振り返る。励ましの言葉をかけながら、救出作業を進めたが、余震でたびたび中断を余儀なくされた。

 最後はチェーンソーで木材を切り、1時間がかりで稲垣さんの体を引っ張り出した。「助かった」。一同、安心したのもつかの間、しばらくして稲垣さんは、担架代わりのふとんの上で息を引き取った。

 「うちの誇りやった。地域にとって、大変な損失や」。中橋さんが嘆く。稲垣さんは消防団だけでなく、寺の門徒会や神社の獅子舞保存会など、地域のさまざまな分野で欠かせない存在だった。本来なら、集落を挙げて葬式を営みたかった、という。

 だが、地区の住戸のほとんどが全壊か半壊の被害を受けて3日には門前中に集団避難し、その余裕はなかった。行政の手続きも遅れ、発災10日後の11日、ようやく野々市市の葬儀場で、親族のみで稲垣さんを荼毘(だび)に付した。

 「これから2人で頑張ろう、と思ってたのに。戻ってきてほしいが、そうもいかん」。叔父の勝治さん(75)が言葉を絞り出す。

 「ヒサシは、地震から逃げたんでなく、地震に向かっていったんです。誰よりも強い男だった。落ち着いたら必ず、皆で弔います」。稲垣さんの写真に向け、中橋さんが約束した。

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