北海道「江差高等看護学院パワハラ事件」が終わらないワケ… 道は一度謝罪も「因果関係」 “否定”賠償応じず

北海道江差町にある江差高等看護学院(2023年12月30日/小林英介)

数年前に明るみになったパワーハラスメント事件が、現在も尾を引いている。

舞台となったのは北海道南部にある江差町。その町にある道立江差高等看護学院の学校に通うとある男子学生が、教員によるパワハラを苦に2019年に自ら死を選んだ。ただ学院を所管する北海道庁はその事実をなかなか認めようとしてこなかった。ところが、道は教員がパワハラに関与していたと認め、23年5月に道保健福祉部の幹部が直接、遺族に謝罪したのだ。

報告書でパワハラ認定、知事も謝罪

「ご遺族に対して、深くお詫びを申し上げますとともに、お亡くなりになられた学生に対して、心より哀悼の意を表します」

23年5月11日。北海道庁の記者会見室。記者から質問を投げかけられた北海道の鈴木直道知事は、謝罪の言葉を口にした。21年5月に設置した第三者委員会では、江差高等看護学校と紋別高等看護学校でパワハラ53件、教員11人が関与したとして認定。その後、19年に自殺した男子学生の母親が再び調査を求め、第三者委員会が22年6月に再び設置された。

23年3月に取りまとめた「道立江差高等看護学院を巡る諸問題への対応に関する第三者調査委員会」の調査報告書には、「最終的な要因については確定できないが」と前置きしたうえで、「少なくとも本学院における学習環境が遠因となったものと認定でき、自死との相当因果関係は認められる」とパワハラと自殺の因果関係を認めたことから、知事も謝罪するに至ったとみられる。

報告書では、ハラスメントが疑われる事実として、以下の事項等を列挙した。

(1)17年、自殺した学生が再試験のプリントを提出したが、期限に1分遅れたため、教員に受け取ってもらえずに留年が決まった。
(2)(1)の後、異なる科目について再試験を希望したが、違う教員の指示で受験できず、留年後の2回目の2年生で単位を取得した。
(3)とある教員は、自殺した学生に対して「デブ」とあだ名をつけていた。
(4)19年の実習では、(2)で指示をした教員が自殺した学生に対して求められても指導しなかったり、厳しく指導をした。学生は「死にたい」等と言うようになった。
(5)(3)の教員の実習の終盤、学生はプロセスレコード(患者とのかかわりの一場面を切り取り、その時の言葉をそのまま使って再現する記録)を教員の指導を受けずに実習先の指導担当者に提出。その後、教員に指導してほしい旨伝えた。だが、教員は「提出済みなら指導できない」と回答した。学生は泣きながら指導を願ったが、教員は拒絶した。
(6)学生が自殺する前日頃には、違う教員が挨拶がなかったことや必要な書類を印刷して提出しなかったことに対して𠮟責した。

これらの事項について、報告書では「本学院の教員全体が、学生を育てるよりも振るい落すような教育方針だったこと」等を挙げた。そして、学生が「この学校では先生に好かれないとやっていけない」と答えたことも「当時の雰囲気がよく伝わるエピソード」「教員が自らの身を守る必要から、学生を救うことができなかった状況が見受けられることも、学生へのハラスメントが容認される土壌ができてしまった要因」等と指摘した。

また報告書では列挙した事項のうち、(1)や(5)など4件について自殺との相当因果関係を認めた。

「パワハラと自殺に因果関係認められない」道が一転、賠償応じず

「原因がパワハラにもあると少しでも分かったことが良かった」

報告書の公表とともに、担当者から謝罪を受けた遺族は安堵(あんど)した。江差高等看護学院でのパワハラが原因だと認め、謝罪してくれた。これまでのモヤモヤした思いを抱えたまま時が流れていくことはなくなった。そう思い、遺族側も真摯(しんし)に謝罪に応じた。

遺族側弁護士が道庁記者クラブに配布した資料によると、道は謝罪後23年6月に弁護士に依頼し、事件の損害賠償の交渉を遺族側弁護士と行った。遺族側弁護士は同年8月、パワハラと自殺について因果関係がある前提で損害賠償を請求した。

ところが同年10月、道側の弁護士から電話があり、「ハラスメント行為と自死との相当因果関係は認められない、予見可能性がなかった」等としてハラスメントを前提とする賠償には応じられないと伝えられたという。遺族側弁護士は、「電話で話をするような内容ではない」として文書で回答を請求した。すると、10月下旬に以下の趣旨の回答が届いた。

「ハラスメント行為が必然的に本件自死に直接結びついたとは言い切れない」

遺族側弁護士は「ハラスメント行為自体の精神的苦痛の賠償はするが、自死に関する賠償はできないという内容だ」と解説。記者クラブに配布した文書でも「道側の今回の回答は、このように第三者委員会の調査書の内容を完全に無視しており、ご遺族側としては到底納得できるものではなく、受け入れられるものではありません」と抗議している。

遺族の安堵の思いはあっという間に絶望へと変わった。「ご遺族は、こんなことになるのであれば道の謝罪を受けなければ良かったと述べており、非常にショックを受けており、絶望しております」(遺族側弁護士が道方記者クラブに配布した資料より)。

遺族側の悲しみは計り知れない。

道は回答拒否、知事は誠意ある対応を

では、なぜ道庁側は因果関係が認められないとしているのか。本稿記者が道庁側に取材を申し込んだところ「現在も係争中の事案であり、何もお答えすることはない」と回答を拒否した。

混迷を深める事件を解決に、または解決ではないにしても事件の解決に向けて事態を前進させ、遺族の悲しみを一刻も早く取り除く。そのためには、23年5月17日の会見で「ハラスメントに伴う法的責任について検討するなど、引き続きご遺族に誠意を持って対応していきたい」と話した鈴木知事が具体的説明をする責任があろう。

同年12月下旬には、「江差高等看護学院の正常化を求める父母の会」が、道側に方針転換を求める文書を提出している。遺族の悲しみが癒えるのは、いつになるのだろうか。

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