「私は治療してもらえるか」認知症新薬レカネマブに問い合わせ相次ぐ 投与対象限定でも専門家「あきらめないで」

「治療薬への期待が大きすぎるため、絶望にとらわれないようなフォローが必要だ」と語る松本さん(京都市中京区・京都新聞社)

 認知症のアルツハイマー病新薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」の治療が国内で12月21日に始まった。病気の原因物質を除去して進行を遅らせる初の治療薬で、患者にとっては朗報だ。ただ、対象は症状が軽度の人に限られるため、投与が受けられずに希望を失う人が出てくるのではないかとの懸念の声が上がっている。

 「私は、レカネマブで治療してもらえるでしょうか」。認知症専門医で日本認知症ケア学会理事の松本一生(いっしょう)さん=京都市中京区=が大阪市内に開設するクリニックには、こんな問い合わせが相次ぐ。中には、症状の進行度から明らかに対象外と思われる人も含まれるという。

 松本さんは、認知症の診断を受けた人たちがお互いの不安や悩みを打ち明け合い、前を向くきっかけをつくる集いを全国に先駆けて1993年から開いてきた。間もなく、忘れられない出会いがあった。

 40代前半の男性で、認知症と診断されて仕事をやめた。「人に迷惑をかけ、何もかも世話を受けないと生きられない」と思い込み、深刻なうつ状態に陥った。しかし、集いの参加者でボランティアをする話が持ち上がった。もともと家具製作が生業だった男性は家具修理をやろうと自ら提案し、明るさを取り戻していった。「人のために生きることで自分が生きていてもいいと思える」と希望を抱いたという。

 松本さんは「この男性のように認知症になっても希望を失わず、生き生きと暮らせれば、症状の進行も緩やかにできる。レカネマブの治療を受けられなくても、『あきらめる必要はない』と私たち専門医は言い続けなければいけない」と語る。

 2024年1月施行の認知症基本法は、認知症があっても当たり前のように支えられ、そうでない人とともに生きる「共生社会」の実現を掲げている。

 12月中旬、若年性認知症の人らとそうでない市民らがともに楽しむ集いが下京区のカフェで開かれた。認知症の本人と家族、市民ら約20人がケーキを食べ、思い出やスポーツの話題で笑顔を弾ませた。「きんぎょサロン」と名付けられた集いで、市民らが場所探しからカフェとの交渉までを行い、2023年4月に始めた。

 「認知症の人と家族の会」(本部・上京区)の鎌田松代代表は「レカネマブは希望の薬ではあるが全てを解決するわけではない。友人や近所の人をはじめ、誰かが認知症になっても以前と変わらず付き合えるような、お互いを認め合う社会になってほしい」と呼びかけている。

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