鮭を盗み、イクラ持ち去り…迷惑行為で釣り場が次々閉鎖 その中で続く「奇跡」の場所には、住民の工夫があった

フーレップ川河口海岸に並ぶ釣り人たち=2023年10月、北海道枝幸町

 腹を割き、イクラにする筋子だけを持ち帰り、鮭(サケ)の身を捨てる人。他人が釣った鮭を盗む人。肩がぶつかるほどの距離に無言で割り込んでくる人―。その釣り場には、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
 河口以外の川で鮭を捕るのは違法だが、そこでは夜明け前、遡上する鮭の頭を上から棒で叩き、持ち帰る密漁者までいた。
 昨年10月上旬、北海道のオホーツク地方で1週間、記者は車中泊しながら滞在し、釣りに没頭する休暇を楽しんだ。鮭の個体数の多さから北海道の釣り師たちの間で「鮭釣りの聖地」とも呼ばれる北海道枝幸(えさし)町では、トラブルが続出する荒れた釣り場がある一方で、住民と釣り人の自治で管理され、心地よく楽しむことができた場所もあった。(共同通信=小島鷹之)

 ▽有志で管理
 午前3時、北海道の北端に近い枝幸町のフーレップ川河口。大阪からフェリーと一般道などで丸一日かけて到着した後、車中泊していたが、寒さで目覚めた。胴付き長靴にライフジャケットで身を固め、海岸に向かう。
 真っ暗な河口の砂利道でヘッドライトの明かりを頼りに、膝下までの浅い川をのぞくと、約70センチの鮭(サケ)が数匹、川底に身をこすりながら懸命に遡上しているのが見えた。

フーレップ川を遡上する鮭=北海道枝幸町

 既に30人ほどの釣り人が立っていたが、誰もさおを振らず、談笑しながら午前4時まで待っていた。それがここのルールだ。
 近年、道内各地で密漁やごみの不法投棄など一部の釣り人の迷惑行為が原因で、釣り場が続々と閉鎖されている。この状況を変えるべく、釣り人と地元住民が「フーレップ川河口有志会」を組織し、管理しているのがこのポイントだ。釣り場閉鎖は全国でも起きているが、自治で維持するのはあまり聞いたことがない。休暇で1週間滞在した記者が、背景を探った。

車中泊したワゴン車

 ▽魚信なくも心地よく
 「どうぞ」。午前4時にかけ声が響いてから、延々と5時間さおを振った。仕掛けは「ウキルアー」と呼ばれる北海道独自の仕様で、金属製ルアー「スプーン」の針に、魚の切り身など餌をかけ、ルアーの数十センチ上に浮きを付け、鮭がいる一定の水深を引いて誘う。
 北海道では、規制のない河口より下の海でのみ鮭を釣ることができる。水産資源保護法で川や湖など内水面での鮭釣りは全国で禁止され、北海道漁業調整規則で海の禁漁に関する区域や時期が定められている。
 既に最盛期を過ぎたこの日は魚の気配が薄く、記者の釣りざおに残念ながら当たりはなかった。だが、オホーツク海の雄大な風景を眺めながら、地元の釣り人と肩を並べて心地よく釣りを楽しむことができた。

フーレップ川河口海岸に並ぶ釣り人たち

 ▽新型コロナ禍で問題噴出
 釣りざおをしまい、有志会の江藤文人代表(46)と、地元の集落在住の山本敬副代表(48)に話を聞いた。
 江藤さんは枝幸から100キロ以上離れた旭川市で建設関係の会社を営んでいるが、9~10月の最盛期は釣り場近くに止めたワゴン車で寝泊まりし、密漁や路上駐車の監視、清掃など保全活動をしている。
 問題が噴出したのは新型コロナウイルス禍だった。屋外の安全なレジャーとして釣り人気が全国的に高まったが、ルールやマナーを守らない釣り人が増えた。フーレップ川河口でも、野外での排便、騒音、路上駐車など地域住民とのトラブルが急増した。

鮭釣りの規制を説明した看板=北海道枝幸町

 針が付いたごみを釣り場近くのコンビニのごみ箱に捨てる人も続出し、この店はごみ箱を閉鎖した。
 人気の釣り場には人が殺到するため、早朝に向かっても車を止められないことが多い。そのため、鮭釣り師たちは前夜に釣り場入りして車中泊して朝に備える。記者もワゴン車内に鉄パイプと木材でベッドを組んで布団を敷き、車内で寝泊まりして北海道に滞在した。
 限られた駐車場に車を止められなかった人が路上に駐車し、中には農場や民家の前など私有地に止める人もいる。地元住民の生活の妨げになる例が後を絶たないという。

フーレップ川河口有志会が清掃活動で集めたごみ

 ▽「釣り場の問題は地域の問題」
 「釣り場の問題は地域の問題。釣り場の維持には、住民の理解が必要不可欠だ」。江藤さんは話す。
 有志会は、地元の風烈布集落の出身・在住で顔が広い山本さんが住民の窓口になり、何かあれば有志会がいつでも対応できる態勢を作った。山本さんは「おかげで苦情は今のところゼロ」と笑う。
 また、「ごみは持ち帰る」「夜間は車のエンジンを止める」「魚や魚の内臓は捨てないでください」など暗黙の了解とされてきた複数のルールを明文化し、看板を設置した。昨年末には有志会のホームページも立ち上げ、フーレップ川河口のルール以外にも北海道の鮭釣りのルールを周知したり、有志会のメンバー紹介などを掲載している。

フーレップ川河口近くにある釣り場のルールを説明する看板=フーレップ川河口有志会提供

 ▽迷惑行為しにくい雰囲気作りを
 ただ、こうした活動はボランティアで強制力はないため、あくまで「お願い」だという。江藤さんはこう語る。
 「呼びかけなどを通じて活動を理解する釣り人を増やすことで、釣り場で迷惑行為をしにくい雰囲気を作ることが大切だ」
 釣り人同士のけんかや密漁など、警察や行政が出動する事態に発展すると、釣り場の立ち入り禁止に発展しかねない。有志会ではその手前で解決できるよう努めている。
 言うことを聞かない人も多いが、自分より釣りがうまい人にはなかなか頭上がらないのが釣り人のさがだ。
 後日、江藤さんと一緒に別の場所で釣りをした記者は、夜明け前から3時間竿を振り続けても釣れなかったが、日が昇ってから見ると、江藤さんは既に10匹ほどを釣り上げていた。

記者が釣った鮭

 ▽釣り人の輪、じわり拡大
 有志会の設立は2018年ごろ。他の釣り場で出会った江藤さんと山本さんの2人が意気投合し、「まずは足元から」と清掃活動から始めた。初めは「偽善者だ」などと後ろ指を指されたが、今では有志会は常連の釣り人や地域住民ら約10人に拡大している。
 ルール設定には有志会で議論を重ね、2人の意見が食い違うこともあったが、毎年試行錯誤を重ねながら、最適なルール作りを目指している。
 活動に賛同する釣り人は増え続けており、函館など道内の別の地域でも江藤さんらの活動に賛同する人たちが釣り場の清掃活動などを始めたという。

釣り場周辺のごみを拾う有志会の江藤文人さん(手前)ら

 ▽3匹釣れたが後味悪く
 「よし、食ったぞ」。記者は翌日、フーレップ川河口から10キロ以上離れた同町の別の河口でさおを出した。有志会の管理が及んでいないポイントだ。釣果は最大80センチの鮭3匹。鮭はかかった瞬間に竿先にずしりと重みがのり、力強い引きで最後まで抵抗し、釣り人を楽しませてくれる。
 記者は釣った鮭を下処理し、宅配便で自宅に送り、郷土料理「ちゃんちゃん焼き」にしたり、切り身を乾燥させて鮭とばを作ったりと、鮭を余すところなく味わった。
 ただ、この釣り場では、腹を割いてイクラにする筋子だけ持ち帰り、身を捨てる人や、他人のメスの鮭を盗む人が現れたりと、後味が悪かった。鮭を盗まれた男性は記者の隣でさおを出していたが「メスの鮭だけ盗まれました」とこぼし、呆然としていた。それを聞いた他の釣り師たちも絶句していた。
 この河口では、30匹以上の鮭の死骸が転がっており、中には命が尽きた鮭もいたが、ナイフで腹を割かれた鮭が大半だった。鮭は地元の漁協などが個体数を増やすために稚魚を放流しているため、捨てられた鮭を見て怒りを覚える住民も少なくない。
 他にも肩がぶつかるほどの距離に、無言で入ってくる人もいるなど、釣り場は殺伐とした雰囲気だった。「隣に入ります」「よろしくお願いします」などと声を掛けるのがマナーだ。

腹が割かれ、イクラにする筋子だけ取られて捨てられた鮭=北海道枝幸町

 ▽密漁者の姿も
 また、川で鮭を捕獲することは禁じられているが、夜明け前で誰にも見られていないと思ったのか、水の上から木の棒で鮭の頭をたたいてとり、持ち帰る密漁者もいた。密漁は犯罪で、北海道警は鮭釣りシーズンになると、釣り場をパトカーで巡回している。
 釣りは自身がプレーヤーかつ審判として自分を律しなければならないが、自主的にルールを守ることの難しさを感じた。

北見幌別川の入り口に設置された2024年からの釣り場閉鎖を予告する看板=北海道枝幸町

 ▽釣り場なくなる危機感
 鮭も釣り人も減った10月20日、今季の管理を終えるべく、江藤さんや釣り人約20人が清掃活動をし、記者も参加した。「今年もお世話になりました」と住民にあいさつしながら、釣り場の周囲約1キロをごみ袋片手に歩いた。
 釣具のパッケージやファストフードのごみ、ペットボトル、ティッシュペーパーにくるまれた大便など、ごみ袋約30枚分に達した。
 札幌市から参加した常連の男性は「いつも来る釣り場がなくなるかもしれないという危機感がある」と話し、黙々とごみを拾っていた。

清掃活動をした江藤文人さん(前列右から4人目)と山本敬さん(前列左から3人目)と参加者ら=2023年10月、フーレップ川河口有志会提供

 ▽楽しめる環境を後世にも
 今後も課題は多い。今秋、枝幸町内の人気の釣り場2カ所で、釣り人の行動が原因でトラブルが発生し、来年以降は閉鎖される可能性が濃厚となった。
 うち1カ所は北見幌別川の左岸に広がる釣り場で、数カ月に渡ってテントやロープを張ったりして場所を占拠する釣り人が多い「テント村」とやゆされる場所。マナーの悪さが問題になっていた。閉鎖されれば、問題を起こしてきた釣り人たちがフーレップ川河口に集まることも予想される。
 清掃活動の後、山本さんは参加した釣り人の前で呼びかけた。
 「釣りは、けんかやトラブルを起こすためのものではない。たくさん釣って、家族に喜んでもらえるよう釣りをしてほしい」
 江藤さんは有志会の輪が広がれば、枝幸町の別の場所も自主管理の対象として保全していきたいと考えている。
 「仕事で飯が食えなかったころ、千円ちょっとのルアーを一つ買うのに悩んだ時にも、生きる楽しみをくれたのが釣りだった。女性や子どもも含め、誰もが釣りを楽しめる環境を後世にも残したい」

釣ったメスの鮭を持つ記者

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