輪島市の自宅傾き、道路寸断 孤立集落からヘリで救出 兵庫・淡路島に避難の親子「復旧は無理。ここで人生やり直すしか」

避難先で食卓を囲む大家勉さん(中央)と妻の美智子さん(右)、長男の真一さん=淡路市下司

 能登半島地震で被災した石川県輪島市の親子3人が兵庫県淡路市に避難している。淡路島に住む親族を頼って訪れ、自営業の男性が空き店舗を改修して受け入れた。孤立集落からヘリコプターで救出されたという3人は「能登には戻れない。ここで人生をやり直すしかない」と心境を語った。

 輪島市空熊町前田の大家勉さん(71)と妻の美智子さん(66)、長男の真一さん(43)。自宅で揺れに襲われた。家は傾き、ガラスが飛び散る中、やっとの思いで外へ。家や周囲の状況に勉さんは「復旧は無理だと思った」と振り返る。

 山間部にある5世帯の小さな集落。元日は帰省の人を含め16人がおり、全員無事だったが、道路が土砂崩れでふさがり、孤立した。

 「すぐ救助が来る」と思っていたが、上空のヘリは通り過ぎるばかり。雪で「SOS」の文字を作り、手を振ったが反応はなく、車で寝る日が続いた。

 4日午後、ようやくヘリからレスキュー隊員が降りてきた。「輪島へ行きます」。高さ約10メートルにつり上げられ、ヘリに乗り込んだ。

 仕事で兵庫県洲本市に住む次男智さん(40)とも電話がつながり、「移住するつもりで淡路に来てほしい」と言われた。迷いもあったが「このままでは心も体も病んでしまう」と説得され、9日に移ってきたという。

 現在は、淡路市下司で雑貨店やカフェなどが集まる複合施設「シェブロン」の空き店舗で暮らす。施設を運営する田中信一社長(65)=神戸市中央区=が「阪神・淡路大震災の恩返しを」と被災地からの利用者を募っていた。

 「古里を捨てるような後ろめたさがあった」と勉さん。テレビで被災地を見るたびに涙が出る。「淡路島は気候が良く、人が優しい。来ることができて良かったと思えることがせめてもの救い」と話した。(内田世紀)

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