「桜の森の満開の下」西田大輔主宰DisGOONie 舞台「Go back to Goon Docks」上演中

「DisGOONie」(ディスグーニー)の第13弾公演、舞台「Go back to Goon Docks」が上演中だ。本公演は、ディスグーニー設立時の公演スタイルと同様に「3作品一挙上演」として行う、西田が劇作家として挑んできた中で、原点回帰ともいえる異なる色の作品を上演。
「桜の森の満開の下」、原作は坂口安吾の同名小説。ある峠の山賊と、妖しく美しい残酷な女との幻想的な怪奇物語。

原作は、桜の森の満開の下は怖ろしいと物語られる説話形式の文体で、花びらとなって掻き消えた女と、冷たい虚空がはりつめているばかりの花吹雪の中の男の孤独が描かれている。

前説は楽しくアナウンス、時々、拍手など求められるので、ちょっと早めに席に着いて楽しみたい。それが終わるとノリの良い音楽、そこからソプラノの歌声、桜の花びらが降り注ぐ。
最初に登場するのは語り部、男性と女性2名。掛け合いのように語る。「1人でなきゃだめなんだ」さらに桜吹雪、そしてこの作品の主人公が登場、ウマヤド(瀬戸利樹)。聖徳太子をモチーフにしている。「聖徳太子」は後世の尊称ないし諡号。また近年は、厩戸皇子、厩戸王など本名は厩戸と言われることも多い。そして白い衣装に身を包んだ乙女が登場、彼女は桜の女(伊波杏樹)、頭蓋骨を愛でる。桜の森、桜は日本人にとって特別な植物だ。「山に山賊が住み着いた」と言う。
原作が所々に顔を出しながら、物語はウマヤドを中心に進行する。乙女は言う「あんたはあんたでいられる場所があるのかい?」はっとするウマヤド。身分のこと、己の特殊能力。彼を取り巻く人々、無垢な少年・ハヤリ(窪寺直)、「海を渡ってみたい」と無邪気に。彼と共に成長した同世代、そして権力のために色々を策を練る者など、さまざまな思惑が渦を巻く。合間に登場する桜の女、彼女は”現世”にはかかわらない。

原作は主人公は山賊、桜が満開のときに下を通れば、ゴーゴーと音が鳴り、気が狂ってしまうのだと信じていた。桜吹雪は要所要所で舞台に変化を与え、物語に幻想感を与える。語り部は所々で登場するが、1幕まで。2幕からは、この”現世”に生きる人間の欲望や狂気が怒涛のごとくに!「お前はバケモンだ」と母に言われるウマヤド。心を読めてしまうが故の孤独感、そして自分を利用しようとする者たちに囲まれるストレスフルな状況。時折、自分の前に現れる桜の女に対して「お前は何者なんだ」と言う。殺し合い、暗殺。原作にある生首で「首遊び」のシーンも用意されている。だが、そんなハードな場面ばかりではなく、時折、笑える場面も用意されているので!通路を使ったり、客いじりの演出(しばらく自粛してた演出)も復活、前の方に座ったなら、ここは楽しめる。オオキミになることを運命付けられているウマヤド、その立場故の孤独と特殊能力を持っているが故の孤独、二重の孤独感。時折出てくるセリフ「限りはある、必ず終わる」

桜はただ綺麗なだけでなく、どこか神秘的で謎に満ちているような不思議さや華やかさだけでなく儚さも併せ持つ。坂口安吾の「桜の森の満開の下」はまさにその桜のミステリアスな部分を小説に。「桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になります」と語る。桜の森には秘密がある、原作のラスト、「桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは『孤独』というものであったかも知れません」と綴っている。この舞台作品に登場する人物たち、主人公も含めてどこか孤独を抱えて生きている。人は皆、孤独かもしれない。儚い桜と人の命。それを人間の愛と嫉妬と憎しみを見せる群像劇として脚色。じんわりと染み入る作品に仕上げた。

イントロダクション
坂口安吾原作の「桜の森の満開の下」を西田大輔が脚色した作品。
聖徳太子をモチーフにしたウマヤドという人間の「 心を読めてしまう能力 」を持った青年の孤独、そしてそれを取り巻く人間群像劇である。

概要
上演作品: ①十三夜、②桜の森の満開の下、③チックジョ~
日程会場:2024年1月11日(木)~21日(日) EX THEATER ROPPONGI
作・演出:西田大輔
企画・製作:DisGOONie/マーベラス/テレビ朝日
主催:舞台「Go back to Goon Docks」2024製作委員会

公式サイト: https://disgoonie.jp/stage/vol13/

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