隅田川の〝通勤新線〟 水の上は速くて爽快だった

 【汐留鉄道倶楽部】昨年10月、東京都心に「舟旅通勤」と銘打った定期交通ルートが誕生した。江東区豊洲と中央区日本橋を船で結ぶ全く新しい通勤路線だ。豊洲はマンション開発著しい「住宅地」、かたや日本橋はオフィスビルが林立する「ビジネス街」。この2地点を地下鉄でもバスでもなく船で通勤とは、意外な着眼に興味を持った。

 東京の東部地域は江戸時代から運河や掘割が縦横に張り巡らされ、地方の荷物を江戸市中に運ぶ水運が発展していった。隅田川をはじめ現存する水路を生かして今では多くの船着き場も造られ、水上バスで往来して楽しむビジネスが盛んになっている。

豊洲の船着き場から乗船した「アーバンランチ」号

 観光目的の側面が強いが、通勤にも使おうと数年前から東京都が湾岸と都心を結んだ実証実験を繰り返していた。

 その〝舟旅通勤〟開通後の昨年末、豊洲から日本橋まで実際に乗ってみた。豊洲の乗り場は巨大造船所跡地に造られた商業施設内の船着き場。乗船券500円は事前にネットで買っておいた。豊洲発の〝上り便〟は火、水、木の週3回、16時から19時40分発まで5便のダイヤで運航されている。もちろん〝下り便〟もあり、日本橋から豊洲へ5便がある。

 16時ちょうどに私が乗る「アーバンランチ」号(41人乗り)は出航した。実際の客は6人とすいていた。若いカップルにおじさん数人、それに外国人観光客。仕事帰りとは言い難かったが、時間帯が早いせいだったのかもしれない。船内は客室とデッキに分かれている。デッキでの解放感は抜群。出航後、幅の広い晴海運河を上流に向かう。結構速い。「晴海橋」をくぐる直前、以前このコラムでも紹介した「さびた鉄橋」をくぐった。既に廃線となった貨車専用の鉄橋で豊洲マンション街の中で孤高の〝昭和遺産〟を死守し続けていた。現在は遊歩道にするための工事中。やがて赤茶けたさびもない、モダンな色彩になってしまうことだろう。

隅田川との合流地点。夕日に航跡とビルが美しい

 心地よい風を浴びていると、やがて隅田川と合流する。川幅がさらに広くなり船も本領発揮とばかりスピードを上げる。船尾のデッキから眺める船の航跡と沈む夕日に川風、佃の町の高層マンション群のコントラストは〝沿線〟の見どころといえるだろう。

日本橋川に入るとやがて首都高が頭上を覆い視界がさえぎられる

 1926年(大正15年)完成の重厚な造りの「永代橋」をくぐると速度はぐっと落ちて進路を左に変え幅の狭い日本橋川に進入する。「豊海橋」「湊橋」をくぐると首都高が頭上を覆い急に視界が悪くなる。「なんと無粋な」と身勝手な思いを抱いたりする。続く「茅場橋」「鎧橋」「江戸橋」といった歴史を感じさせる橋を下から次々と見上げる。客は皆カメラでめったに見られない〝下から目線〟を楽しんでいた。やがて終点の日本橋が見えてくる。川面から名橋を見上げるというのはなかなか乙なもの。

終点日本橋に到着。立派な船着き場が整備されている

 日本橋のほぼ真下に船着き場があること自体あまり知られていないかもしれない。

 ここまでの乗船時間は約15分。目線の低さから見る町や橋の〝底〟が面白かったのか、体感的にはあっという間、わずか10分程度の短時間航行に思えた。

右から有楽町線、大江戸線、東西線

 さて、通勤という以上〝ライバル〟となるだろう地下鉄と比較してみた。豊洲―日本橋は直行路線がなく、一番便利なのは有楽町線の銀座一丁目から銀座線の銀座駅まで地上を歩く改札外乗り換えで178円(ICカード利用)、約20分かかる。地上に出ない改札内乗り換えだと有楽町線、大江戸線、東西線の3線を乗り継ぎ、やはり約20分かかるが運賃は464円かかる。船は500円なのでそう大きな違いはない。だが、比較しても意味はない。運航を支援する東京都も「通勤手段の新たな選択肢の一つにしてくれれば」と話す。今春には晴海―日の出間にも二つ目の〝舟旅通勤〟が計画されているという。

 渋滞なし、混雑なし、そして川を疾走する爽快感。〝通勤新線〟として今後定着していくかどうか―、成り行きが楽しみだ。川や運河で多くの〝舟旅通勤〟がそこかしこでみられるようになれば、東京の風景ももっと変わっていくことと思う。

 ☆共同通信・植村昌則

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