【佐々木恭子コラム】 第2回:欧米の研究にみるパーパスの理論的背景とは

2010年代以降、米国での出来事を発端に注目を浴びている企業のパーパス(目的、存在意義)を見直す議論。第1回のコラムで触れたように議論の火付け役は投資家や企業団体などの実務者でしたが、実社会での動きを背景に、学術界でもパーパスの研究が再び注目されるようになりました。今回のコラムでは、パーパスの理論的背景について解説します。

企業のパーパスについて、多くの実務者や学者がさまざまな視点で議論を交わす中、米国ペンシルベニア大学ウォートン校のクラウディン・ガーテンバーグ教授は、パーパスに関する議論を2つの大きな視点で整理しました[^undefined]。1つ目はCorporate purpose、2つ目はPurpose of the corporationです。日本語にすると両方「企業の目的」となってしまいますが、この2つのニュアンスの違いを簡単に説明します。

1つ目のCorporate purposeは、組織の機能やリーダーの役割に焦点を当てたもので、企業全体の行動を導く指針としてのパーパスについて掘り下げた理論体系です。前回のコラムで取り上げた企業理念に関する議論や欧米の経営学で確立されたミッション、ビジョン、 バリューなどの理論がこちらに含まれます。

そして2つ目のPurpose of the corporationは、社会における企業の役割に注目した理論です。企業は一元的に株主に対する責任を持つというプリンシパル=エージェント理論や、企業が責任を持つ範囲は株主だけでなく従業員や地域社会などのステークホルダーを広く含むというCorporate social responsibility (CSR)理論もこちらに含まれます。1つ目のCorporate purposeの視点が企業の内部に注目していたのに対し、2つ目のPurpose of the corporationの視点は、企業を外から見たときの企業の目的について議論しています。

企業のパーパスが企業のサステナビリティ行動にどのように関係しているのかを追求するため、私は主に1つ目の視点、つまりCorporate purposeについて掘り下げて研究しました。このコラムで今後パーパスと書く場合は、Corporate purposeの視点を主軸とします。

筆者が留学していたメルボルンの街のシンボルである「フリンダース・ストリート駅」(筆者撮影)

目標と義務 : 2つの側面

さて、パーパスは企業全体の行動を導く指針のようなものであり、企業理念やミッションと似たような位置づけであることを説明しましたが、これをさらに体系化した学者たちがいます。経営学の有名ジャーナルの一つであるJournal of Managementに論文を発表したジョージ教授らです[^undefined]。彼らはパーパスに関する既存の論文や理論を広くレビューし、パーパスの議論にはGoal-based perspective(目標の側面)とDuty-based perspective(義務の側面)の2つがあると主張しました。

このうち「目標の側面」は、企業のミッション、ビジョン、戦略的意図に関する理論と密接に関連し、必ずしも社会的な視点を含みません。目標設定、戦略的ポジショニング、戦略立案などと関連し、システム思考と自然科学に基づいています。組織や企業にフォーカスし、変化のメカニズムはトップダウンと外発的動機によります[^undefined]。経営学の歴史を紐解くと、パーパスの目標の側面に関する理論は20世紀の初頭まで遡ることができ、組織におけるミッションステートメントの研究などが当てはまるとしています。

パーパスの目標の側面について、前述のガーテンバーグ教授が挙げた分かりやすい例があります。米国最大規模の銃器メーカーであり、170年以上の歴史をもつSmith and Wesson(スミス&ウェッソン)は、独立宣言に根差したアメリカ人の自由、平等、安全に貢献するという強力なパーパスを持つことで知られていますが、「社会的」という概念を余程広くとらえない限り、この会社が社会的、またはサステナビリティに貢献しているとはいえないでしょう。しかし、パーパスの目標の側面に照らしてみれば、パーパスに基づく経営を実行しているとガーテンバーグ教授は論じています。

これに対してパーパスの「義務の側面」は、倫理、価値観、道徳の理論を包含し、企業の社会的・環境的義務を明示します。依拠するパラダイムは組織ではなく従業員個人に焦点を当てたヒューマニズムと社会科学で、「目標の側面」とは対照的に、変化のメカニズムはボトムアップと内発的動機に基づいています。また、CEOなどの意思決定者の価値観と深く結びついており、従業員一人ひとりを「人間」として扱います。彼らの価値観やモラルに働きかけることで、パーパスを通じた組織的行動が促進されると考えます。

ジョージ教授らによれば、気候変動や格差などの社会課題を背景とした昨今のパーパス議論は主にパーパスの義務の側面と関連があると説明しています。例として、英国発の自然派化粧品・コスメブランドであるThe Body Shop(ザ・ボディー・ショップ)とその創業者であるアニータ・ロディック氏を挙げ、彼女の没後も同社は環境スチュワードシップ、人権の擁護、自尊心、フェアトレードの支援など創業者の価値観に基づくパーパス経営を行っていると紹介しました。同社のように利益と同時に社会的価値を追求する社会的起業家は、パーパスの義務の側面を実行しているのです。

理論から実証へ

ジョージ教授らやガーテンバーグ教授など積極的にパーパス研究を行っている学者たちにとっても、まだ解き明かされていない課題がたくさんあります。例えば、ジョージ教授らはパーパスの目標の側面と義務の側面という2側面を提示しましたが、これらが実際に一企業の中に同時に存在するのかどうかは明らかになっていないとしています。また、ガーテンバーグ教授は、パーパスとサステナビリティはお互いに関連し合っているだろうと推測しますが、具体的にどのように関連しているのかについては、今後実証研究が必要だとしています。

今回のコラムでは、パーパスの議論に関して、欧米の学者が整理する理論をご紹介しました。日本企業の昨今のパーパスに関する考え方や取り組み、企業理念、サステナビリティに関する行動は、これらの理論をもとに整理してみるとどう見えるでしょうか?次のコラムから日本企業の事例をもとに解説していきますのでお楽しみに。

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