“ごみを出さないギフト”に見た、高知・馬路村「零細農協」の可能性

「ごっくん」工場の梱包場。若い男女がたくさん働いている(馬路村農協)

ユズ飲料「ごっくん馬路村」で知られる高知県の馬路村農協が快調に経営を続けている。人口わずか800人の村にあって、農協の社員・従業員は約100人。山峡にもかかわらず村が自立できるのは農協が元気だからだ。スケールメリットを求め、日本の農協は合併を繰り返してきた。農水省も都道府県も、農協中央会も合併への旗を振った。その象徴が県域農協だ。県内の農協組織を一つにすれば販売力が強化される、合理化もできる、と。しかし……。新たに誕生した高知県の県域農協には明るい話題がない。逆向きに走る馬路村農協に焦点を当てると「通販」「環境」というキーワードが浮かび上がった。(依光隆明)

林野率96%、人口799人

馬路村は高知県東部の山あいに位置している。平家の落人が住み着いたという伝説が残る山里である。高知県東部には奈半利(なはり)川、安田川という二つの大きな川が流れているが、いずれも馬路村を源流としている。奈半利川の源流域が杉の美林で知られる魚梁瀬(やなせ)である。

村の面積は165.5平方キロ。東京の大田区、世田谷区、練馬区を合わせたほどの大きさだ。役場のある村中心部の海抜は280メートルで、太平洋岸からは約20キロ離れている。おおむね北は徳島県に接し、南は安田町、東は北川村、西は安芸市に接している。

林野率は96%で、国有林が115.4平方キロ、民有林が40.9平方キロ、可住地面積が9.2平方キロ。農耕地は田が32ヘクタール、畑が49ヘクタールあるに過ぎない。人口は799人(2023年12月末)で、高知県内で下から2番目。1960年に3425人を記録した後、60年間で4分の1以下になった。高齢化率は40%を超えている。日本のあちこちにある典型的な過疎・高齢化の山村と言っていい。

166分の1という生き方

馬路村農協は馬路村のみをエリアにしている。県経済連、県園芸連という系統販売組織を含め、高知県の農協組織は2019年1月に高知県農業協同組合(JA高知県)に一本化された。参加しなかった農協は3農協だが、その一つが馬路村農協だった。

JA高知県は組合員数約8万8千人、販売取扱高では全国2位(2019年度、689億2000万円)という巨大農協である。これに対し、馬路村農協の組合員は323戸・531人(2021年3月末)。組合員数だけを見ると実に166分の1である。いわば大きい農協の代表格と小さい農協の代表格なのだが、元気さは対照的だ。JA高知県は発足当初から産地偽装や賞味期限切れ原料使用、使い込みなどさまざまな不祥事が発覚し、2022年3月に県から農協法に基づく業務改善命令を受けた。加えて毛細血管のような過疎地域の支所や購買店舗(A-COOP)を予想以上のスピードで次々と閉鎖している。片や馬路村農協は小さな村内にA-COOP店舗2店舗を維持し、村民の生活基盤を下支えしている。年間売上高は2005年から30億円を記録し続け、高知市内にアンテナショップまで出している。

「ごっくん馬路村」は通販で

このタオル1枚を緩衝材にしてギフトセットを作る(馬路村農協)

馬路村農協は普通の農協とは逆の道筋を歩んできた。
農協は「委託販売」が原則なのだが、馬路村農協は「買い取り」である。組合員が作った農産物を市場に出して販売し、売り上げを組合員に戻すのが委託販売。ところが労力をかけて売りさばいても農協に落ちるマージンは2%しかない。これでは農協に利益が残らない。以前は信用事業と共済事業の黒字が経営を支えていたのだが、金利の低下等々でどちらの事業も低迷している。つまりこれまで通りの経営では行き詰まる、と馬路村農協は考えた。行き着いたのがユズの全量買い取りによる加工品の販売である。全量買い取りは相場に左右されないので農家のメリットは大きい。相手が農協だから買いたたかれることもない。鍵は農協が作った加工品が売れるかどうか。売れなければ話にならない。

加工に力を入れる農協は珍しいが、馬路村農協は村と農協の生き残りをかけてユズ加工品の開発とその販売に取り組んだ。それがざっと40年前である。試行錯誤の中で生まれたのが「ごっくん馬路村」とぽん酢しょうゆ「ゆずの村」という大ヒット商品だった。馬路村農協がクレバーだったのは、それらのヒット商品を安易に流通へ流さなかったことだ。のちに組合長となる当時の営農販売課長、東谷望史さんは「生産者から原料を高く買うので、どうしても原価が高くなる。20%とか30%の流通マージンを取られたら利益が残らない」と説明する。もう一つの理由は「村に仕事を作りたい」だった。そのためにひたすら通販に力を入れていく。「生産したものを流通に流したらそれで仕事は終わり。自前で販売しようとしたら電話のオペレーターから梱包係までたくさんの人がいる。村に仕事を作ることができると考えた」と振り返る。

馬路村農協のアンテナショップに並ぶ商品群。アイテム数は100を超える(高知市)

組合員全員がユズを有機栽培

スケールメリットも無視した。いや、むしろ逆方向に進んだ。農協におけるスケールメリットはロットを増やして市場や量販店に対する影響力を増やすこと、組織の合理化、人員削減などだが、馬路村農協はそこに背を向けた。ロットを増やさず、できるだけ少量多品種できめ細かく消費者に届けている。A-COOP店舗では魚も売っているし(高知市内まで毎朝職員を派遣して魚を仕入れている)、パン屋も持っている。農協の職員、従業員は増え続け、自前で独身寮まで整備した。東谷さんは「段ボール組み立てなどの単純作業は機械にやらせ、それ以外は人手でやることにした。雇用につなげたいから」と解説する。

逆方向に歩み得た原動力が通販だった。少量多品種も、雇用を増やすことも、通販を軸とすることで現実となった。2002年に通販の第1回全国大会が開かれたとき、会場は馬路村だった。それだけ馬路村農協が通販に力を入れていたということだ。現在、馬路村農協の顧客台帳は8万人分。一時はもっと多かったが、団塊の世代の引退とともに顧客数は減った。半面、顧客との絆は深くなっている。

自身のユズ畑を見回る東谷望史さん(馬路村)

2022年秋、農林水産省が発表した初の有機農業市町村ランキングで馬路村は圧倒的な日本一に輝いた。耕地面積に占める有機農業面積の率は、なんと81%(2位の山形県西川町が15%)。20年前から同村のユズ栽培はすべて有機JAS認定またはそれ同等(化学系の肥料、農薬、除草剤を使用しない)で行っている。最も大変なのは夏場の草取りだが、農協のユズ部会で全量有機栽培を決めた。反対の声は多かったものの、「お客さんが喜ぶならやろうじゃないか」の一言で静まった。

お客さんの顔が見えるというのが通販の特徴でもある。有機に舵を切ったころ、ギフトセットの梱包材がごみになる実態にも目を向けた。ごみが増えたら環境によくないじゃないか、お客さんは嫌なんじゃないか、と。考え付いたのがタオルを緩衝材に使う作戦だった。容器を段ボールにするセットと木の箱にするセットを作り、いずれも人気のセットに育てた。木の箱は農協の職員自身が手の空いたときに作る。かといって粗悪なものではなく、中身を取り出せばいろんな用途に使うことができる。「このギフトは捨てるものが全くないんです」と同農協の広報担当、本澤侑季さん。「人気、ありますよ。環境に気を使うお客さんの注文が多い」とも。

商品をタオルでやさしく包む。瓶の商品を乗せる(馬路村農協)

1枚のタオルを商品と商品の間に立て、あるいは瓶を乗せて緩衝材にする。
すべて手作業で、手順通りにくるくるとタオルを商品の間へ入れる。セットの種類が多いので機械に任せることはできない。というより省力化するつもりはさらさらない。
理由は2つ。「真心をこめてセットを作りたいこと」と「雇用を増やしたいため」だと東谷さんが説明する。

熟練の手さばきで次々とセットができていく。大きなセットも小さなセットもある。注文に応じてセットを作り、お礼の言葉を書いた紙片を入れる。

規模の追求が当然なのか

馬路村農協の中核、「ごっくん」工場(馬路村)

馬路村はかつて林業の村だった。その象徴が魚梁瀬杉の大径木を山と積んだ貯木場であり、そこを出入りする全国屈指の森林鉄道網だった。その貯木場はいま、「ゆずの森」と名付けた馬路村農協の施設群が立地している。搾汁工場、「ごっくん」工場、化粧品工場、農協本所、パン屋、土産物屋、そしてコナラの小さな森。梱包場は「ごっくん」工場の中にあり、若い男女が大勢働いている。工場内部には見学ルートが設けられ、「ごっくん」の製造風景や梱包作業を見下ろすことができる。コロナで減ったが、かつては年間300組の見学者があった。それらの人たちが村内に落とすお金も馬路村を潤わせている。

合併によりスケールメリットを追求する企業や組合、学校は多い。しかしその先に何があるのか、規模を追求するのはいいことなのか。「馬路村農協がなかったらすでに馬路村はない」とは馬路村でよく聞くことだ。逆向きに走った馬路村農協がなぜいまも元気でたくさんの雇用を生み出しているのか、実のある教訓をくみ取った方がいいかもしれない。

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