ウェッブ望遠鏡で観測された最も遠い銀河候補の距離を確定 予想外の星形成も確認

誕生直後の宇宙に存在する銀河を見つけるのは簡単ではありません。単純に距離が遠いことに加えて、銀河までの正確な距離を測ることが難しいためです。非常に遠くにあるとされた銀河が、実際にはもっと近い距離にあったと判明した事例もあります。

東京大学の播金優一氏などの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で観測した遠方銀河の候補の内、「メイジャー銀河(Maisie's Galaxy)」と「CEERS2_588」について、観測データの詳細な分析を行いました。その結果、この2つの銀河が真に遠い銀河であることを独立して証明し、初期の宇宙にはいくつかのモデルによる予測よりもずっと多くの銀河が存在することを明らかにしました。また、これらの銀河では星形成(恒星が新たに誕生すること)が予想以上に活発であることも判明しました。

※…この記事における天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離 (または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な数値にも様々な解釈が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。

【▲図1: 今回研究された銀河の1つであるCEERS2_588の疑似カラー画像(Credit: NASA, ESA, CSA & Harikane et al.)】

■遠い銀河であることを証明するのは難しい

宇宙は今から約138億年前に誕生しましたが、最初期には恒星も銀河も存在しませんでした。では、銀河はいつ誕生したのでしょうか?この疑問に答えるには、実際に初期宇宙に存在する銀河を見つける必要があります。

ただし、その作業は簡単ではありません。光の速度は有限なので、私たちは遠くの宇宙を観るほど、より初期に近い宇宙を観ることになります。しかし、遠くになればなるほど銀河の見た目の明るさは暗くなるため、見つけること自体が困難になります。

仮に銀河を見つけたとしても、今度は距離を測定することが難しいという別の問題が出てきます。銀河から放出された光は、宇宙の膨張にともなう「赤方偏移」と呼ばれる現象によって、地球へ届くまでの間に波長が引き伸ばされています。宇宙の膨張速度はある程度知られているため、赤方偏移の度合いから銀河の距離を逆算で求めることができます。

赤方偏移の度合いを知るには、物質が特定の波長の光を吸収することで現れる影である「吸収スペクトル」の波長を知る必要があります。吸収スペクトルの値は本来固定されていますが、赤方偏移によって値がずれるため、吸収スペクトルは赤方偏移の度合いを知るための目印となる訳です。しかし、ただでさえ弱い光の中から吸収スペクトルを正しく読み取ることは極めて困難な作業です。これに加えて、赤方偏移によってズレた吸収スペクトルの波長が、たまたま別の物質による吸収スペクトルの値に近付くことで、赤方偏移の推定値が大幅に変わってしまうことがあります。

例えば、ウェッブ望遠鏡によって発見された「CEERS-93316」という銀河の赤方偏移は、当初16.39であると測定されていました。これは地球から346億光年離れた、今から135億5000万年前の宇宙に存在する銀河であることを示す値であり、測定結果が正しければ観測史上最も遠い天体の発見記録となるはずでした。

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しかし後の分析によって赤方偏移の値は4.912へと大幅に下方修正され、地球からの距離は258億光年、時代は今から125億9000万年前に書き換えられました。このような大きな違いが生じたのは、赤方偏移が約16である場合のスペクトルと、赤方偏移が約5である場合のスペクトルが非常に類似しているという偶然が絡んでいました。

■遠い銀河候補の距離を独自に確認

播金氏らの研究チームは、ウェッブ望遠鏡で発見・観測された、遠方にあると思われる25個の銀河について詳細な分析を行いました。今回の研究では特に「メイジャー銀河」と「CEERS2_588」という2つの銀河に着目した分析を行いました。この2つの銀河は、同じくウェッブ望遠鏡によって発見された3つの銀河「JADES-GS-z13-0」「JADES-GS-z12-0」「JADES-GS-z11-0」に次いで、4番目と5番目に遠い銀河の候補です。また、非常に遠方に存在すると思われていた先述のCEERS-93316についても研究チームは分析を行いました。これらの銀河は、それぞれ別の科学者による研究がありますが、播金氏らは独立して分析を行い、遠方にある銀河の性質について一定の制約を得ることを試みた形です。

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今回の分析の結果、メイジャー銀河とCEERS2_588について、水素と酸素のスペクトルに基づき、非常に高い確度(99.9999%)で赤方偏移の値の絞り込みに成功しました。これにより、赤方偏移の値はメイジャー銀河が11.40、CEERS2_588が11.04であると測定されました。この値から計算すると、メイジャー銀河は324億光年離れた位置にある134億年前の銀河、CEERS2_588は321億光年離れた位置にある133億8000万年前の銀河であることになります。つまり、どちらも宇宙誕生から3~4億年後に存在する銀河であることになります。

【▲図2: 本文の条件を満たす銀河の観測数 (2個) を、様々なモデルによる推定値 (青色) と比較したもの。一部のモデルは2個以上を推定するものの、ほとんどのモデルは1個以下という推定値を出しており、観測値と大幅にずれています(Credit: Harikane et al.)】

メイジャー銀河とCEERS2_588が真に遠い銀河であることが判明したことには大きな意義があります。この2つの銀河は「赤方偏移の値が11以上」「紫外線での等級がマイナス19.8以下」という性質を満たしているため、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測範囲でこれらの性質を満たす銀河が2個見つかったことになります。しかし、これまでの天文学的成果に基づいた宇宙モデルで計算すると、この性質を持つ銀河は1個も見つからないと予測するモデルがほとんどです。ウェッブ望遠鏡の観測は始まったばかりであり、他にも同じ条件を満たす銀河が見つかる可能性があることを考えると、今までの宇宙モデルは大幅な修正が必要になりそうです。

【▲図3: モデルで予測される星形成率 (青色) と、今回の研究で推定された星形成率 (赤色) 。今回の研究で推定された星形成率は、モデルの推定値より4倍も大きな値となっています。これは過去の研究による推定値 (灰色) とは大幅に違います(Credit: Harikane et al.)】

また、銀河の明るさから遠方の銀河の星形成のスピードについて推定したところ、その値は従来の推定の4倍と、ずっと速いことが明らかになりました。これほどかけ離れた活動をしている理由は今のところ不明です。もしも明るさの理由が恒星ではない場合、クエーサーのように銀河の中心部に存在する巨大ブラックホールの活動が理由かもしれません。ただし、恒星とブラックホールのどちらであっても、初期宇宙にこれほどの状況を作るというモデルは確立されておらず、この点は謎に包まれています。

■ウェッブ望遠鏡の活躍は初期宇宙を書き換える

今回の研究を含め、ウェッブ望遠鏡の観測結果による初期宇宙の研究では、過去の宇宙モデルとは一致しない結果が数多く発表されています。高性能なウェッブ望遠鏡の観測結果は、初期宇宙の考えを大幅に変える可能性があると言えます。

また、CEERS-93316についても独立した分析を行った結果、やはりCEERS-93316は遠方にある銀河ではないことが確認されました。この分析結果のノウハウは、遠方の銀河の真の距離を測定する上で生かされることになるでしょう。

Source

  • Yuichi Harikane, et al. “Pure Spectroscopic Constraints on UV Luminosity Functions and Cosmic Star Formation History from 25 Galaxies at zspec = 8.61–13.20 Confirmed with JWST/NIRSpec”. (The Astrophysical Journal)
  • 東京大学宇宙線研究所 & 国立天文台科学研究部. “【プレスリリース】最遠方宇宙で見つかった理論予測を超える活発な星の誕生―宇宙の夜明けは予想以上に明るかった―”. (東京大学宇宙線研究所)

文/彩恵りり

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