バーバンクサウンドの影の立役者、ロン・エリオットが残した、唯一のソロ作『キャンドルスティックメイカー』は隠れた名盤

『The Candlestickmaker』(’69) / Ron Elliott

「音楽はネットで」というのが当たり前の時代になっても、LPやCDを買わずにいられない人たちは少なくない。そういう人たちは(自分も含めてだが)、「いや、求めてる盤はネットに上がってなかったりするのでね」などと言いながら、街を徘徊、あるいはパトロールするコースにいくつかの中古レコードショップを組み込んでいる。そして、店の棚や箱を漁っていて、すでに持っているアルバムなのに(何枚も!)、つけられている値札があまりにも破格だったりする盤に出会ってしまうと、「不憫だ…」などとひとりごちながら、“救出”だとか“慈善事業”と称して買ってしまうことがよくある。

変な冒頭の書き方になってしまったが、今回ご紹介するアルバムも、昨年末にそんなふうに再会してしまった名盤で、救出ついでに少しでも日の目を見せてあげたくなって、紹介することにしました。ロン・エリオットの『キャンドルスティックメイカー(原題:The Candlestickmaker)』(’69)、知る人ぞ知るSSW名盤です。

とはいえ、ロン・エリオットのことを思い、書き、さらに「ロン・エリオット」と名前をつぶやいてみたとしても、この瞬間にそんなことをしているのは広い世界を見回しても、たぶん自分しかいないだろう…。それくらい一般に彼は知られていないし、米英のロックやフォーク、ポピュラーミュージックならそこそこ知っていると自ら標榜している人たちにさえ、彼は気づかれずにいる。それはとても残念なことだ。ロン・エリオットに対してノーマークでいることは、本当にもったいない。

と、偉そうに煽っているが、単純に彼のことが知られずにいることは惜しいし、私は冒頭に書いたように、中古レコードショップで、コーヒー1杯の金額にも満たない値札をつけて売られていたことに憤慨し、つい血圧を上げてしまったわけなのだ。

元祖フォークロックバンド、 ボー・ブランメルズでデビュー

それでもフォークロック、カントリーロックといったジャンルが好きな方、ライ・クーダーやランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークスといったミュージシャンが好きな方には、少しは知られているかもしれない。特にギターに関心がある方なら「その名前、聞き覚えがある!」とかだったりするだろうか。

「フォークロック」というジャンルを出してみたのは、ロン・エリオットはかつてその代表格のようなバンド、ボー・ブランメルズ(Beau Brummels)を率い、バンドのほとんどのソングライティングを担当してきたギタリストだったからだ。バンドは1964年に結成され、フォークやカントリーミュージックに、英国のビートバンドからの影響を感じさせるサウンドで知られる。フォークロックということで言えば、ほとんど同時期に結成され、活動期間もほぼ同じザ・バーズ(The Byrds)の存在が知られるが、彼らがボブ・ディランとビートルズの出会いからスタートし、次第にカントリーやブルーグラスに傾倒していったのに対し、ボー・ブランメルズはよりミクスチャー感覚を持ち、映画音楽やソフトロックにも接近しつつ、フォーク、カントリーとロックを結びつけたサウンドを持ち味とした。エリオットが最初に影響を受けたのがジョージ・ガーシュインやカントリーのレフティ・フリーゼルだということを思い起こすと、ブランメルズが提示した音楽性もなるほどと思う。そして、それはやがて“バーバンク”というロス近郊の街の名を冠する音楽の特色とするものだった。

ちなみに、バンドのデビュー曲で、ビルボード最高15位に達するヒットを記録したロン・エリオットのオリジナル「ラーフ・ラーフ(原題:Laugh, Laugh)」(’65)は、当時ラジオDJをしていた、後にスライ&ファミリー・ストーンを率いるシルヴェスター・スチュワート(スライ)がプロデュースを担当している(トリヴィア的なネタかもしれないけれど)。ボー・ブランメルズはトータル6枚のアルバムを残しているのだが、ナッシュヴィルで現地のセッションプレイヤーを招いて制作され、バーズやフライング・ブリトー・ブラザーズより早くカントリーロックを提示したとされる『ブラッドリーズ・バーン(原題:Bradley’s Barn)』(’68)を発表後、エリオットはバンドを脱退し、ソロに転じる。

レニー・ワロンカーのもとで バーバンク・サウンドの一翼を担う

ロン・エリオットは優れたギタリストとしても知られ、バンドと並行して他のアーティストのレコーディングセッションに招かれるようになる。彼の関わったもので、比較的知られているアーティストとアルバムを列挙してみよう(年代順)。Van Dyke Parks – Song Cycle(’67)、Harpers Bizarre – Feelin’ Groovy(’67)、The Everly Brothers– Roots(’68)、Harpers Bizarre – The Secret Life Of Harpers Bizarre(’68)、Randy Newman – 12 Songs(’70)、Van Morrison-Almost Independence Day(’72)、Little Feat – Sailin’ Shoes(’72)、Randy Newman – Good Old Boys(’74)などがある。特にランディ・ニューマンの『12 Songs』ではあのクラレンス・ホワイト(EX:ケンタッキー・カーネルズ、ザ・バーズ)、ライ・クーダーとともにギタリストとして名を連ねている。リトル・フィートの名盤ではローウェル・ジョージ作の『アポリティカル・ブルース(原題:A Apolitical Blues)』でエレクトリック・ギターとしてロン・エリオットがクレジットされている! また、ハーパース・ビザールやエヴァリー・ブラザーズのアルバムでは楽曲提供の形でクレジットされていて、彼のソングライターとしての才能にも注目されていたことが分かる。他にも私の知り得ていない、実は相当な数のセッションワークがあるのかもしれない。

いずれにせよ、彼のセッションワーク、関わった人脈から浮かんでくるのが、先述の「バーバンクサウンド」と呼ばれる、凝った音作りで知られる括りだった(簡単には説明しにくい。ここに挙げたアーティストの作品を聴くしかない)。カテゴリーでもなければ音楽のジャンルでもない。主にカリフォルニア州ロサンゼルス近郊、ハリウッドの映画関連の企業が集まるエリアであるバーバンク(Burbank)、そこを拠点とするセッション系ミュージシャンらによって生み出されるもので、誰からともなくそう呼び出したものだ。本作やロン・エリオットが率いた先のボー・ブランメルズはその草分けで、ランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークスは代表的なアーティストとして知られる。その中心人物というか、キー・パースンとなるのがワーナー・ブラザーズのプロデューサー、レニー・ワロンカーで、彼の手腕によってライ・クーダーやランディ・ニューマンらの数々の名盤が生まれ、それと共に“バーバンク”の名も多くに知られるようになる。

豪華セッションメンが名を連ねる、 たった1枚だけのソロアルバム

後期のブラメルズの『トライアングル(原題:Triangle)』『ブラッドリーズ・バーン(原題:Bradley’s Barn)』をプロデュースし、エリオットの才能を買っていたレニー・ワロンカーの後押しもあったのだろう(アルバムのスペシャルサンクスにワロンカーの名前がクレジットされている)、意を決して制作されたのが本作『キャンドルスティックメイカー』だった。アコースティックギターの響きを生かしたスピード感のある「モーリー・イン・ザ・ミドル(原題:Molly in the Middle)」で幕を開け、バド・シャンクのフルートを入れた2曲目「レイジー・デイ(原題:Lazy Day)」ではエリオットのギターの上手さが光る。続く「オール・タイム・グリーン(原題:All Time Green)」ではボー・ブラメンズ時代の仲間、サル・ヴァレンチノも加わり、グルービーなサウンドを聴かせる。よくうねるベースはクリス・エスリッジで、この人はフライング・ブリトー・ブラザーズやLAゲッタウェイをはじめ、ロサンゼル周辺の多くのアーティストのレコーディングに名を連ねるプレイヤーだ。「トゥ・ザ・シティ、トゥ・ザ・シー(原題:To the City, To the Sea)」ではストリングスを配した厚みのあるサウンドで、これはいかにもバーバンク的な凝ったもの。ブラスのアレンジをあのレオン・ラッセルが担当している。そして「ディープ・リヴァー・ランズ・ブルー(原題:Deep River Runs Blue)」ではライ・クーダーが入り、得意のスライド・ギターを弾いている。まだまだ彼らしい独特のタメを効かせたものではなく、繊細というか初々しいプレイだ。ドラムのポール・ハンフリーはフランク・ザッパとも仕事をしているプレイヤー。そして、LPではB面すべてを費やして「キャンドルスティックメイカー組曲(原題:Candlestick Maker Suite)」が収められている。組曲というだけあって「パート1 ダーク・イン・トゥ・ダウン(原題:Part I-Dark Into Dawn)」「パート2 クエスチョンズ(原題:Part II-Questions)」と曲調を変えた2部構成の凝ったつくりで、よくこんな曲が書けたものだ。全体を通してヒネリの効いた演奏に乗ってロン・エリオットの朴訥としたヴォーカルが聴けるのだが、悪くいえば没個性、だが嫌味のない味わいのある歌声で、これはこれで悪くない。

惜しむらくは、おそらく発表当時でも、もう少し曲数を増やしてもいいのではという意見があったのではないか。トータルで30分程度という収録時間はさすがに物足りない。もう少し聴きたいという不完全燃焼なものを感じる。1969年という時代性も考慮しつつ客観的に見て/聴いても、これはやっぱり売れなかっただろうと思う。実際、セールス的には惨敗だったらしい。過去のボー・ブランメルズ時代のアルバムなど聴くと、その経験と才能を持ってすればシングル向きの曲も作れたと思うのだが、正直言って本作からシングル曲は選べなかったのではないか。ラジオでオンエアされそうな曲があるかどうかも微妙だ。所属レーベルのA&R;マンも、アルバムをどうプロモーションすればいいのか分からず、困惑しただろう。だからと言って駄目だとは思わない。随所にロン・エリオットの才気は感じられるし、バーバンクサウンドを感じさせるカラーもある。エリオットもレコーディングに参加している、これまたバーバンクサウンドの名盤とされるヴァン・ダイク・パークスの『ソング・サイクル(原題:Song Cycle)』の凝りに凝った、ある意味難解とも思える実験的な楽曲、サウンドに比べれば、より明快で分かりやすいつくりなのだが。

まったく正当な評価もされることなく、本作はあっと言う間に市場から消えてしまったらしい。それはそうだろう…と納得してしまう一方、どこか気持ちのすみに引っかかってしまう。マニア向け、と言ってしまったらそれまでだが、捨てがたい魅力のあるアルバムなのだ。

この結果にはさぞかし彼も落胆したのだと思うが、根気良くもう少しソロアーティストとして何枚かアルバムを作ってみても良かったんじゃないか? ところが、ロン・エリオットはあっさりソロでの活動に見切りをつけてしまう。以降は1973年にパン(Pan)、その翌年にはジャイアンツ(Giants)というバンドを組み、それぞれアルバムを1枚ずつ残しているのだが(マニアが血眼で探す超レアアイテムとなっているらしい)、内容の良さとは別に、いずれもヒットには縁遠く、やがてロン・エリオットの名はほとんど聞かれなくなってしまう。

1984年にリリースされたドリー・パートンのアルバム『ザ・グレート・プリテンダー(原題:The Great Pretender)』にロン・エリオットがほとんどの曲でエレキ、アコースティックギターで参加していることが分かっている。これが目下のところ確かな消息としては最新のものになる…。亡くなったという報せは目にしていない。現80歳、今はどうしているんだろう?
※動画サイトを漁ってみると、ペダルスティール奏者として同名の人物がいる。ライ・クーダーとも共演しているバディ・エモンズと交流があるプレイヤーで、卓越した技量の持ち主らしく『Pure American Steel』というアルバムも残しているのだが、当人がここで紹介しているロン・エリオットと同一人物なのか確証が得られていない。メールで問い合わせできればと調べてみたが、それも叶わず。情報をお持ちの方がいたら、お知らせください。

ソロキャリアとして、たった1枚しかアルバムを残さなかったロン・エリオット。その珠玉のバーバンクサウンドが詰まった傑作『キャンドルスティックメイカー』。地味ながら、ぜひ聴いていただきたい1枚です。アルバムが楽しめて、目立たない中に巧みなギターワークを感じ取れたら、あなたもなかなかの数寄者かも。

TEXT:片山 明

アルバム『The Candlestickmaker』

1969年発表作品

<収録曲>
01. モーリー・イン・ザ・ミドル/Molly in the Middle
02. レイジー・デイ/Lazy Day
03. オール・タイム・グリーン/All Time Green
04. トゥ・ザ・シティ、トゥ・ザ・シー/To the City, To the Sea
05. ディープ・リヴァー・ランズ・ブルー/Deep River Runs Blue
06. キャンドルスティックメイカー組曲/Candlestick Maker Suite
パート1 ダーク・イン・トゥ・ダウン/Part I-Dark Into Dawn
パート2 クエスチョンズ/Part II-Questions

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