【サンデー美術館】 No.308 「永地秀太のこと」

▲ギリシアの浮彫 永地秀太 1937年 油彩/カンヴァス山口県立美術館蔵

 昨年末より、空調機器改修工事のため一か月半ほど全館休館とさせていただいておりましたが、先週18日(木)からようやく山口県立美術館の2024年が始まりました。

 本日ご紹介するのは「生誕150年 永地秀太(ながとちひでた)」展からの一点。

 都濃郡末武北村(現・周南市)の酒造業を営む家に生まれた永地秀太(旧姓は有吉/1873―1942)は旧制徳山中学校(現・徳山高校)を卒業後上京。明治美術会付属教場を経て1898年からは陸軍幼年学校に勤務し、1902年には創立メンバーとして太平洋画会に参画するなど、明治末から中央画壇で活躍した洋画家です。

 1912年に発行された「大正十二年帝国絵画番付」では、番付入りした201人の洋画家のなかで22番目にランクイン。

 同年にはフランス政府よりレジオンドヌール勲章を贈られています。

※「生誕150年 永地秀太展」(3月31日まで)展示作品より。

山口県立美術館副館長 河野 通孝

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