米民間企業の月着陸船「ペレグリン」ミッション終了 月着陸を断念し地球の大気圏へ再突入

アメリカの民間企業アストロボティックは2024年1月19日付で、同社の月着陸船「Peregrine(ペレグリン)」による月着陸ミッション「Peregrine Mission One(PM1)」が終了したことを発表しました。打ち上げ直後から推進システムのトラブルに見舞われたペレグリンは米国民間企業初の月着陸に挑むことはできなかったものの、最後まで制御が失われることはなく、南太平洋上空で地球の大気圏に再突入してミッションを終えました。【最終更新:2024年1月22日10時台】

【▲ アストロボティックの月着陸船「ペレグリン」のペイロードデッキに搭載されているカメラで撮影された画像。支柱で太陽を隠して三日月状の地球を撮影するために正確な姿勢制御が行われた。2024年1月18日公開(Credit: Astrobotic)】

ペレグリンは日本時間2024年1月8日16時18分に米国フロリダ州のケープカナベラル宇宙軍基地からユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の新型ロケット「Vulcan(ヴァルカン、バルカン)」初号機で打ち上げられ、発射約50分後に予定通りの軌道に投入されました。アメリカの民間企業で開発された月着陸船が打ち上げられたのは今回が初めてです。機体にはアメリカ航空宇宙局(NASA)の5つの科学機器をはじめ、カーネギーメロン大学の小型月探査車「Iris」や日本の民間企業のタイムカプセルなど、NASAの商業月輸送サービス(CLPS)の下で合計21のペイロードが搭載されていました。

【▲ ペレグリンなどを搭載してケープカナベラル宇宙軍基地第41発射施設から打ち上げられたヴァルカンロケット初号機(Credit: United Launch Alliance)】

関連記事:ULA、新型ロケット「ヴァルカン」初号機打ち上げ 月着陸船ペレグリンの分離に成功(2024年1月8日)

アストロボティックによると、ヴァルカンからの分離後にペレグリンの推進システムで異常が発生し、推進剤が漏れ始めて機体の姿勢制御が不安定になりました。機体の制御に欠かせない電力を確保するために太陽電池を太陽へ向け直すことには成功したものの、推進剤の漏洩が止まらないことから、現地時間2024年1月9日という早い時点で月着陸実施の見込みはないと判断されていました。

同社によれば、異常の原因は酸化剤タンクとヘリウムタンクの間に設けられたバルブではないかと推定されています(2024年1月9日時点)。ヘリウムは燃料や酸化剤に圧力を加えてエンジンへ送り込むために搭載されていますが、推進システムの初期化時に一旦開かれたバルブが閉じなかったことで酸化剤タンクに大量のヘリウムが流入し、加圧されたタンクが限界を超えて破裂した可能性があるようです。また、今回が初飛行だったヴァルカンはペレグリンを計画通りの軌道に問題なく投入しており、打ち上げが推進システムの異常につながった形跡はないとしています。

【▲ 2024年1月13日時点でのペレグリン(Peregrine)の軌道上の位置を示した図。ペレグリンは月の公転軌道付近まで遠ざかる楕円軌道を周回してから月へ向かう予定だったため、この時点では月は遠く離れている(Credit: Astrobotic)】

月着陸の可能性はなくなったものの、推進剤の漏洩ペースが徐々に落ち着いてきたことから、アストロボティックは可能な限りミッションを続けてデータの収集に取り組みました。NASAは4つの科学機器の電源を入れてペレグリン周辺の放射線環境測定などを実施。得られたデータは銀河宇宙線や太陽の活動に左右される宇宙天気に関する補完的な知見などをもたらすとされています。カーネギーメロン大学の探査車Irisもペレグリンに搭載した状態で電源を入れられ、地球へのメッセージ送信を行いました。

また、自律動作する5台の小型ロボットで構成されたメキシコ国立自治大学(UNAM)の「COLMENA」は、初めてシスルナ空間(地球と月の間の空間)で動作したメキシコの科学機器となりました。アストロボティックはCOLMENAから送信されたデータが受信され始めた時の様子をX(旧Twitter)でシェアしています。

【▲ COLMENAから送信されたデータを受信し始めた時のCOLMENAの運用チームの様子。アストロボティックのX公式アカウントによるポストを引用】

トラブル発生から6日経った2024年1月14日、地球を周回する人工衛星の保護およびシスルナ空間にスペースデブリ(宇宙ゴミ)を生じさせないための最善の方法を検討してきたアストロボティックは、ペレグリンを地球の大気圏へ再突入させると発表しました。商業ミッションであるPM1におけるペレグリンの飛行に関する決定権はアストロボティックにありましたが、NASAと協力した同社はアメリカ政府や宇宙コミュニティからの意見を踏まえ、責任を持ってミッションを終える決断を下した形です。

NASAによると、ペレグリンは日本時間2024年1月19日6時4分に地球の大気圏へ再突入しました。燃え残った残骸が地上へ到達するリスクを最小限に抑えるために、再突入地点は南太平洋上空に設定されました。アストロボティックによると、軌道修正にはペレグリンに5基搭載されている主エンジンが使用されましたが、エンジンに送り込まれる燃料と酸化剤の比率が推進剤の漏洩によって通常の動作範囲から大きく逸脱していて長時間の噴射はできないことから、短時間の噴射が20回以上繰り返されています。また、軌道修正後は漏洩する推進剤の反動による軌道の変化も考慮して機体の姿勢が制御されました。

目標の月着陸は断念されたペレグリンのPM1ミッションですが、アストロボティックは次の月着陸船「Griffin(グリフィン)」によるミッション「Griffin Mission One(GM1)」に目を向けています。グリフィンは2024年11月に打ち上げられ、NASAの月探査車「VIPER(Volatiles Investigating Polar Exploration Rover、ヴァイパー、バイパー)」などを搭載して月の南極域へ着陸する予定です。ペレグリンの設計・製造・試験や今回のミッションで得られたすべての経験は、グリフィンをはじめとする今後のミッションに直接役立てられるとアストロボティックは述べています。

【▲ アメリカ航空宇宙局(NASA)の月探査車「VIPER」の想像図(Credit: NASA, Illustration by Daniel Rutter)】

関連記事:NASAの探査車「VIPER」はアストロボティックの月着陸船で月面へ(2020年6月12日)

ペレグリンのトラブル発生から大気圏再突入まで、11日間で合計22回のミッションアップデートを積極的に発信したアストロボティックは、最後のミッションアップデートをラテン語で「Ad luna per aspera」(困難を乗り越えて月へ)と締め括っています。NASAのアルテミス計画でも有人月面探査が行われる月の南極周辺への着陸を目指すGM1の成否が注目されます。

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文/sorae編集部

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