ライブハウス「ロフト」創業者・平野悠が回顧する壮大なクロニクル、星海社新書『1976年の新宿ロフト』が本日発売。ロフトプラスワンにて刊行記念トークライブを2月7日(水)開催

ライブハウス「ロフト」創業者・平野悠の著書、星海社新書『1976年の新宿ロフト』が本日1月23日(火)に株式会社星海社より刊行された。 本書は、日本のロック・ミュージックが真の意味で市民権を勝ち取る前哨戦を、ライブハウス「ロフト」の創設者が自ら回顧する壮大なクロニクル。 1970年代に日本のロック・シーンはわずか数年で怒涛の如く成長し、やがて国内の音楽業界全体を席巻する存在として巨大な発展を遂げていった。この熱狂の先頭をいく気鋭の音楽家たちと常に併走してきたのが、ライブハウス「ロフト」だ。 日本のロック及びフォーク界のスーパースターを育てた「聖地」の創設者である著者が、いまや伝説として語り継がれる「1976年の新宿ロフト」のエピソードを大きな軸として、日本のロック・ミュージックの長く曲がりくねった歴史を、アーティストたちの素顔や業界の生々しい実情とともに明らかにする。歌謡曲に対するカウンターカルチャーとして、ロックが市民権を得ていった軌跡を堪能できる一冊だ。 『日刊ゲンダイ』での連載記事『「ロフト」創業者が見たライブハウス50年」を大幅に加筆、70年代にロフト・レーベルにも参画した音楽プロデューサー・牧村憲一との対談は本書のための録りおろし、1976年10月に行なわれた新宿ロフトのオープンセレモニーにまつわる貴重な資料も収録。ライブハウスという新たなカルチャーが胎動した時代の息吹と熱狂を感じ取れるだろう。 「80年代に入ると空前のバンド・ブームが訪れ、ホコ天にイカ天と、多くの若者から絶大な支持を得た日本のロックは全盛を極めるようになった。その発火点として新宿ロフトが果たした功績は大きい。そして、その新宿ロフトがオープンに至る過程もまた重要であり、そこからさらに遡り、前時代的だった60年代後半の日本の音楽業界の在り方や、それに異を唱えるべく1971年3月に烏山ロフトが生まれた時代背景を再検証する必要がある」──プロローグより なお、2月7日(水)には新宿歌舞伎町ロフトプラスワンにて、「創業者自ら語るライブハウス「ロフト」の半世紀〜平野悠『1976年の新宿ロフト』(星海社新書)刊行記念トークライブ〜」が開催される。 【平野悠 プロフィール】

1944年8月10日、東京生まれ。ライブハウス「ロフト」創業者、またの名を「ロフト席亭」。70年代に烏山、西荻窪、荻窪、下北沢、新宿にライブハウス「ロフト」を次々とオープン。その後、海外でのバックパッカー生活、ドミニカ共和国での日本レストランと貿易会社設立を経て90年代初頭に帰国。1995年、世界初のトークライブハウス「ロフトプラスワン」をオープンし、トークライブの文化を日本に定着させる。著作に「旅人の唄を聞いてくれ! 〜ライブハウス親父の世界84ヵ国放浪記〜」(1999年 / ロフトブックス刊)、「ニッポン放浪宿ガイド200〜人生を変える旅、運命を変える宿〜」(2005年 / 山と渓谷社刊)、「ライブハウス『ロフト』青春記」(2012年 / 講談社刊)、恋愛小説「セルロイドの海」(2020年 / 世界書院刊)がある。

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