中性子星とブラックホールの中間に位置する “天の川の謎の天体” を発見

重い恒星の寿命の最期に、その中心核が「中性子星」となるのか、それとも「ブラックホール」となるのかは、中心核の質量によって決まると考えられています。ですが、その境界線がどこにあるのか、理論的にも観測的にも正確な位置はよくわかっていません。

マックスプランク電波天文学研究所のEwan D. Barr氏らの研究チームは、ミリ秒パルサー「PSR J0514-4002E」の詳細な観測を行い、PSR J0514-4002Eに伴星があることを発見しました。興味深いことに、伴星の質量は太陽の2.09~2.71倍であり、ちょうど中性子星とブラックホールの境界線に位置しています。発見者が “天の川の謎の天体(a mysterious object in Milky Way)” と表現している正体不明の伴星は、天文学や物理学において注目されるでしょう。

【▲図1: ミリ秒パルサーPSR J0514-4002E (奥側) の伴星の正体がブラックホール (手前側) であった場合の想像図。お互いの距離は約800万km離れています(Credit: Daniëlle Futselaar (artsource.nl))】

■中性子星とブラックホールの質量ギャップ問題

太陽のような恒星は、自らの重力で潰れてしまう力と、中心核での核融合反応によるエネルギーの圧力が釣り合うことで形状を保っています。ただし、核融合反応の燃料はいずれ尽きてしまうため、この均衡もいつかは崩れ去ります。核融合反応の圧力が無くなり、星が重力で潰れてしまう現象は「重力崩壊」と呼ばれています。

重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体は「ブラックホール」と呼ばれます。一方で、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は「中性子星」と呼ばれます(※1)。中性子星はブラックホールの1歩手前で踏みとどまった “普通の物質” の極限状態であり、その組成から直径25kmの “原子核” と例えられることもあります。このため、中性子星自体の性質と共に、どこまでが中性子星の限界であるのかも注目されています。

※1…中性子星が重力に対抗する力は「中性子のフェルミ縮退圧(中性子縮退圧)」と呼ばれています。また、中性子星より手前でも重力に対抗する力は発生しており、例えば太陽くらいに軽い恒星は電子縮退圧によって生成する「白色矮星」になると言われています。

重力崩壊する恒星の中心核が中性子星となるかブラックホールとなるかは、質量によって決定されると考えられています。しかし、中性子星のような物質の極限状態は、理論的にも実験的にもほとんど理解されていません。このため、中性子星が重力崩壊してブラックホールになる質量の境界線(※2)は、天文学や物理学の大きな未解決問題となっています。

※2…中性子星の理論上の質量限界は「トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界(TOV限界)」と呼ばれています。

理論的な中性子星の限界質量は太陽の2.2倍であるとされていますが、この数値は研究によって大きな幅があり、2倍以下であるとする推定もあれば、3倍近くとする推定もあります。不完全な理論をもとに数値の幅をこれ以上縮めるのは難しいため、観測によって質量限界を直接見つける努力も続けられています。しかし、観測で見つかった最も軽いブラックホールは太陽の約5倍の質量があり、理論上の境界線を大幅に上回っています。この質量ギャップ問題も、中性子星の限界と同様に天文学上の未解決問題となっています。

■「PSR J0514-4002E」が従える “天の川の謎の物体” を発見

ところで、中性子星は高速で自転しており、狭い領域から強力な電波を放出しています。遠く離れた地球から中性子星を見ると、電波の放射領域が地球の方向を向いた瞬間だけ周期的に電波が観測されるため、電波の観測データはパルスと呼ばれます。この性質を持つ中性子星は「パルサー」と呼ばれていて、中性子星とほぼ同義語のように扱われます。その中でも、パルスの周期が1秒未満であるようなものは「ミリ秒パルサー」と呼ばれます。

【▲図2: 今回の研究で使用された観測データを取得した電波望遠鏡群「MeerKAT」は、全部で64基の電波望遠鏡で構成されています(Credit: SARAO)】

Barr氏らの研究チームは、南アフリカ電波天文台の電波望遠鏡群「MeerKAT」を使用し、ミリ秒パルサー「PSR J0514-4002E」の詳細な観測を行いました。PSR J0514-4002Eは地球からみて「はと座」の方向に約4万光年離れた天の川銀河内の球状星団「NGC 1851」に存在し、同星団に存在する13個のパルサーの1つとして2022年に発見されたばかりです。PSR J0514-4002Eは1秒間に約170回自転していると考えられています。

ミリ秒パルサーの電波放射の周期は、原子時計に匹敵するほど正確です。もしこの周期に乱れがある場合、乱れを引き起こす重力源である伴星の存在が示唆されます。もし伴星がある場合、電波の波長が変化する度合いから伴星の質量を決定することもできます。Barr氏らはPSR J0514-4002Eの観測データを分析し、未知の伴星があるかどうかを調査しました。

その結果、PSR J0514-4002Eには未知の伴星があり、PSR J0514-4002Eと伴星を足し合わせた合計の質量が太陽の3.887±0.004倍であると計算されました。そして複数の波長を詳細に分析することで、より詳細な伴星の特性が明らかにされました。それによれば、伴星はPSR J0514-4002Eから約800万km離れた距離を7日かけて公転しており、中性子星やブラックホールのようなコンパクト星であるようです。最も興味深いのは、質量が太陽の2.09~2.71倍であるという点です。

■伴星の正体がどれであっても興味深い

PSR J0514-4002Eの伴星の重さは、まさに中性子星とブラックホールの質量ギャップに位置します。中性子星としては天文学史上最も重い値である一方、ブラックホールとしては天文学史上最も軽い値です。発見者が “天の川の謎の天体” と表現するのは無理もないことです。

現段階では、伴星の正体が中性子星なのかブラックホールなのか、あるいはその間に存在すると予測されている未知の異種星 (※3) なのかは分かっていません。もし中性子星や未知の異種星であった場合、天体物理学や核物理学に与える影響は大きなものとなります。一方でブラックホールであった場合、天文学史上初のミリ秒パルサーとブラックホールの連星の発見となるため、重力理論をテストする場として非常に重要な観測対象となります。

※3…エキゾチック星とも。例えば中性子を構成する素粒子であるクォークが縮退して生成される「クォーク星」が提唱されていますが、異種星が実在するかどうかは今のところ確定しておらず、理論的な背景もほとんど明らかにされていません。

Barr氏らは、PSR J0514-4002Eの伴星はより軽い中性子星同士の合体で生じたと推定しています。正体を解明するのはこれからとなりますが、それがどのような天体であっても、確定するために行われる研究は中性子星とブラックホールに関連する天文学や物理学の謎の解明を大きく前進させることでしょう。

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文/彩恵りり

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