戸惑う乗降扉に立ち入り禁止の先頭座席、でも床下からは聞き覚えのある音色が… アメリカで日本にはない韓国メーカー製電車に乗ってみた「鉄道なにコレ!?」【第56回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)の郊外鉄道を走る現代ロテム製のシルバーライナー5=2022年1月2日、米フィラデルフィア近郊(筆者撮影)

 韓国の自動車大手、現代自動車は2022年に日本の乗用車市場に約12年ぶりに再参入したが、韓国メーカー製の電車は日本には走っていない。これに対し、アメリカでは韓国の鉄道車両メーカー、現代ロテムが製造した電車が活躍している。乗り込もうとすると独特な乗降扉に戸惑い、期待した先頭車両の展望席には行く手を阻むものが…。ただ、走り出すと床下からは〝聞き覚えのある〟走行機器の音が響いた―。(共同通信=大塚圭一郎)

SEPTAのシルバーライナー5の車内に取り付けられた現代ロテム製なのを示したプレート=2022年4月10日、米フィラデルフィア(筆者撮影)

【現代ロテム】鉄道車両や防衛機器などを製造する韓国のメーカー。自動車大手の現代自動車・起亜のグループ会社となっている。1999年に当時の現代精工、大宇重工業、韓進重工業の鉄道車両製造部門が統合して設立された。2001年に現代自動車・起亜自動車(現起亜)のグループに入り、07年に現社名の「現代ロテム」となった。韓国の高速鉄道「KTX」用の電車を含め、韓国で使われている幅広い鉄道車両を製造。外国案件の獲得にも力を入れており、これまでにアメリカ東部フィラデルフィアと西部デンバーの都市圏で走る通勤用電車、西部ロサンゼルス都市圏向けの通勤用客車、カナダ西部バンクーバーの無人運転電車「スカイトレイン」の路線「カナダライン」で走っている車両などを納入した。

カナダ西部バンクーバーのスカイトレインの路線カナダラインに使われている現代ロテム製の電車。無人運転で、先頭部の座席も乗客が利用できる=2023年12月23日、筆者撮影

 ▽通勤用電車の〝面持ち〟の「シルバーライナー5」
 アメリカ東部ペンシルベニア州フィラデルフィア。アメリカの独立宣言が公布された1776年に鳴らされた鐘「自由の鐘」があることで知られる。公共交通機関を運行している南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)の郊外鉄道で最も新しい車両が、現代ロテムが製造した2010年登場の車両「シルバーライナー5」だ。
 切り立ったような先頭部は中央に貫通扉を設け、通勤用電車なのを体現した〝面持ち〟だ。銀色をしたステンレス製の車体には青色と赤色の帯をまとっている。
 SEPTAは120両を発注した。現代ロテムは量産車を韓国・釜山の工場で製造した上で、ペンシルベニア州の工場で最終的に組み立てた。SEPTA関係者は地元での最終組み立てによって「地域に雇用がもたらされた」と豪語する。

SEPTAのシルバーライナー5の両開き扉は柱が間にある=2022年4月10日、米フィラデルフィア(筆者撮影)

 ▽なぜここに柱を?早くも入り口で戸惑う
 フィラデルフィア中心部から近郊へ向かった際、プラットホームに到着したのがシルバーライナー5だった。ところが、早くも入り口で「どちらから乗ればいいのか」と戸惑った。
 なぜなら乗降口が独特だったからだ。2枚の扉が反対方向へ開く「両開き扉」なのは日本の通勤用電車の多くと共通しているが、扉の間を柱で区切っていたのだ。このため左側の扉から入るべきか、それとも右側の扉から入るべきかと一瞬、迷ってしまった。
 日本人としての感覚では入り口が左、出口が右のほうが自然に思える。この場合は乗り込む時には左側の乗降口を通ることになる。
 しかし、米国の自動車や鉄道の複線区間は右側通行で、左側通行の日本とは反対だ。ということは右側の乗降口から乗り込むのだろうか?
 答えはあっけなかった。乗客は右側からも左側からも降りてくるし、乗り込むほうも右側も左側もお構いなしだ。つまり「どちらでも良い」のだ。
 それならば、利用者が多いラッシュ時でもスムーズに乗り降りできるように扉の間に柱を設けなければいいのにと思う。

SEPTAの地下鉄ブロードストリート線で使われている川崎重工業製の電車「B4」=2022年4月10日、米フィラデルフィア(筆者撮影)

 実際、SEPTAの2路線ある地下鉄に使っている電車はどちらも柱のない両開き扉だ。うちブロードストリート線(大通り線)では日本の川崎重工業が製造した電車「B4」が活躍している。1982年に登場したステンレス製車両で、先頭部の上部に計10個の円形のカラフルなランプが並んだ派手な見た目が特徴的だ。

小田急電鉄の「ロマンスカーGSE」70000形=2018年2月23日(筆者撮影)

 ▽前を向く先頭車両のクロスシート、「ロマンスカーGSE仕様」に期待するも…
 シルバーライナー5が入線してきた際、先頭部を眺めてひそかに期待したのが「ロマンスカーGSE仕様」の展望席だ。といっても、小田急電鉄の特急用車両「ロマンスカーGSE」70000形のように運転席を2階に設けているわけではない。

小田急電鉄の「ロマンスカーGSE」70000形の展望席=2018年2月23日(筆者撮影)

 シルバーライナー5は先頭部の中央に貫通扉があり、正面から見て左側に運転席がある。一方、右側には車両先頭に向いて座るクロスシートがあり、1列目の「かぶりつき」席ならば迫力あふれる前面展望を楽しめるのではないかと考えたのだ。しかも通常の通勤用電車なので特急料金は不要で、乗れればお得感がある。
 期待を抱きながら先頭に近づいていくと、待ち受けていたのはショックを受ける光景だった。2列目の座席のところに規制線が張られており、先頭の座席への立ち入りを「禁止」していたのだ。SEPTA関係者によると「衝突事故が起きた場合に乗客が死傷するリスクを考え、先頭の座席を使用禁止にした」ということだ。
 皮肉だったのは、乗客の立ち入りを禁じた「かぶりつき」席に運転士のかばんが置かれていたことだ。運転席は貫通扉を挟んだ片側だけのスペースで手狭なため、運転士が荷物置き場に使っていたのだ。
 それならば先頭部全体を乗務員室にした方が良かったのではないか。車内には切符の検札や扉の開閉をする車掌も乗り込んでいるため、かばんを座席に放置しておいても心配はないのかもしれない。しかし、壁で仕切られた乗務員室内に保管したほうがより安心だろう。

SEPTAのシルバーライナー5の先頭部=2022年4月10日、米フィラデルフィア(筆者撮影)

 ▽聞き覚えのある音、床下機器はもしや…
 電車はスムーズに発進した。床下から聞こえる機器の音を聞く限り、モーター(主電動機)に流す電力を適切に調整する制御装置「インバーター」と、モーターが快調に駆動している。実はそれらの音色には聞き覚えがあり、「もしや日本のあのメーカーの製品ではないか」と推理した。
 とはいえ、メーカー関係者からは「韓国メーカーは自国企業の製品を優先して使う」と聞いたことがある。半信半疑ながらも関連サイトを調べたところ、推理は当たっていた。
 シルバーライナー5は、三菱電機が製造したVVVFインバーターとモーターを搭載していたのだ。三菱電機製のインバーターとモーターは日本国内に限らず、米国を含めて海外の幅広い電車にも採用されている。

カナダ・バンクーバー都市圏のスカイトレインの路線「カナダライン」の車内に取り付けられた現代ロテム製なのを示すプレート=2023年12月23日(筆者撮影)

 ▽日韓関係にとって模範的な〝ハーモニー〟
 韓国メーカーの電車に乗っても日本メーカーの製品に感心したのは、聞き覚えがある音色で安心感を覚えたからなのか、それとも日本人だからなのかは定かではない。
 ただ、国籍を問わずに優れた製品を採用することで、顧客が満足する最終製品を納入するのは当然の流れだ。例えば日本のソニーグループの有機ELテレビも「有機ELパネルはともに韓国のサムスン電子グループ、またはLG電子グループから調達している」(業界関係者)というのが実情だ。
 反日姿勢が目立った韓国の文在寅(ムン・ジェイン)前大統領のもとで悪化していた日韓関係は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の就任後に改善に向かっており、経済を含めた幅広い連携強化策が検討されている。
 筆者が駐在しているアメリカの首都ワシントンで先日会った韓国政府高官も「韓国と日本は経済の停滞や少子高齢化といった似た課題を抱えている。だが、両国には優れた技術と競争力の高い企業があり、協力することで課題を乗り越えたり、より強みを発揮できるようにしたりすることが必要だ」と強調していた。日韓の間には依然として障壁が残されているものの、未来志向で手を携えていく必要があるのは論をまたない。
 シルバーライナー5の快走と床下から聞こえてきた音色は、日韓の模範的な〝ハーモニー〟を奏でていたのかもしれない。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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