全国初の公立劇団「ピッコロ劇団」30周年 阪神・淡路大震災の避難所公演が原点 震災ゆかりの2作、秋から再演へ

激励公演を回想するピッコロ劇団員の平井久美子さん(左)と吉村祐樹さん=尼崎市南塚口町3

 全国初の公立劇団として誕生した兵庫県立ピッコロ劇団(同県尼崎市)が今年、創立30周年を迎える。発足から1年足らずで阪神・淡路大震災に直面。当時避難所などを回り、激励公演を行った経験が、演劇を届ける活動の原点となっている。秋には幾度も再演を重ねてきた、財産とも言える演目を上演。震災から30年となる来年には、神戸が舞台の作品を再演する。(小尾絵生)

 ピッコロ劇団は1994年4月、県立尼崎青少年創造劇場(通称ピッコロシアター)を拠点に、団員20人でスタートを切った。

 地震が起きたのは第2回公演「風の中の街」の開幕1週間前だった。団員も自宅が壊れるなど被災したが全員命は助かった。「今、何ができるのか」。若い力を炊き出しや、がれき撤去に役立てるべきではないか、という議論もあった。

 「君たちは演劇で生きていくと決めたプロだ。演劇で何ができるか考えるべきではないのか」。同公演の演出家で東京の老舗劇団「文学座」の藤原新平さんや同劇団の俳優らの言葉で方向が決まった。

 地震から約3週間後、団員は避難所になっていた小学校などを回る激励公演を開始した。演目は「ももたろう」と「大きなカブ」。土ぼこり舞うグラウンドに、ロープで仕切っただけの舞台を作った。鬼退治の場面で子ども達と相撲をとったり、カブを一緒に引き抜いたり歌ったりして、やり場をなくしていた子ども達のエネルギーを受け止めた。

 旗揚げ時から在団する平井久美子さん(55)は「子どもの反応は率直で、つまらなければ見てくれない。激励公演を原点に、子どもが楽しめる芝居作りはピッコロの強みの一つになった」と振り返る。

 4月までに52カ所の小学校や幼稚園、福祉施設などで公演を実施。10、11月には第2弾として、児童文学作家の岡田淳さん原作、初代劇団代表の秋浜悟史さん(2005年死去)演出の「学校ウサギをつかまえろ」を小学校の体育館など12カ所で上演した。

 子ども達を舞台に上げ、一緒に芝居を作った。その経験はいまに続く親子向けのファミリー劇場や、小学校などで公演するお出かけステージに受け継がれている。

 「学校-」はその後も再演を重ね、今年秋にも小学校公演として上演する予定だ。演出を担う団員の吉村祐樹さん(46)は震災後の2002年に入団。同演目には出演者、演出家として関わってきた。「自分も含め当時を知らない世代の団員に伝えることは劇団のこれからを考える上でも重要」と力を込める。

 来年2月には04年に劇団創立10周年、震災10年の節目で初演した作品「神戸 わが街」を再演する。ソーントン・ワイルダーの名作「わが町」を前劇団代表の劇作家別役実さん(20年死去)が潤色した作品で、誰にでも起こりうる日常の出来事を通して、生きることの意味を問いかける。

 吉村さんは同作でも演出を担う。「劇団創設30年から震災30年へ、このタイミングだからこそ上演する意味がある作品。劇団が積み上げてきた芝居作りを基に、子どもや地域の人を巻き込んでいけたらと思い描いている」

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