急ピッチで進む馬毛島の自衛隊基地工事…島を丸ごと基地にする異例ずくめの国家事業 地元は建設バブルに沸く

〈関連=変わりゆく馬毛島。1年前と現在の様子を比べて見る〉北側上空から見た馬毛島。左は2023年1月12日撮影、右は24年1月8日撮影=いずれも本社チャーター機から撮影

 鹿児島県西之表市馬毛島の自衛隊基地整備は、昨年1月の基地本体着工から1年となった。インフラのない「離島の離島」を丸ごと基地化する異例ずくめの国家事業。地元の産業や暮らしに与える影響を追った。

 今年1月中旬、いちき串木野市。造船所が多い漁師町の漁港や新港に、高さ約10メートルのケーソン(鉄筋コンクリート製の構造物)が立ち、数百個の消波ブロックがずらりと並んでいた。

 大半は約160キロ先の馬毛島へ台船で引っ張って運ばれる。「言われた通り造るだけだよ」。茨城から派遣された中年の男性作業員は汗をぬぐった。

 防衛省の委任を受ける国交省によると、こうした基地関連の「現場」は港を中心に、鹿児島市や出水市、鹿屋市、奄美市など県内13カ所に広がる。大阪、三重、長崎など県外7カ所でも製造が急ピッチで進み、出港を待つ。

 ただ、工事は天候次第だ。馬毛島周辺は波の高さが1.5メートルを超えると、船が出せず現場はストップする。昨夏は台風がフィリピン沖まで北上した時点で作業が休みになった。複数の工区が連動する巨大事業だけに、工程表は刻々と変わり先行きは読みにくい。

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 荒天の多い冬場を迎えた今、作業員は合間を縫うように馬毛島へ通う。対岸の西之表市では、早朝6時ごろから数十隻の漁船による通勤が日課だ。中種子、南種子から港へ向かう人もいる。事前登録した顔認証チェックを受け上陸する。

 種子島、馬毛島の工事関係者は昨年12月時点で2800人。うち千人は馬毛島の仮設宿舎で暮らし種子島と行き来する。かつては6畳ほどの広さに2~4人で寝泊まりする時もあった。60代作業員は「テレビやエアコンはあるが監獄の気分だった」と話す。

 現在は原則1人部屋に改善されたが、3000室に4000人が暮らす計画のため部屋数が足りない。防衛省はチャーター船で本土から通勤させることも検討する。

 住居需要を見こし、種子島には作業員向けの「コンテナハウス」が団地のように造られる。馬毛島整備に携わる地元出身の50代男性は「今だけのバブル。本当は基地の完成後を考えるべきだけど、巨額事業に誰もあらがえない」と明かす。

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 工事関係者が最も注目するのが今春完成予定の馬毛島の仮設桟橋だ。人とモノの玄関が大きく広がり、3交代の24時間体制が加速する。4月から時間外労働の規制も始まり、人手の確保は急務。地元業者には「普通は無理だが、金をかけて人も材料も集めるだろう」との見方が強まっている。

 基地建設は防衛、国交の2省体制で進む。滑走路や港湾など主要な工事は、価格や設計が変わる度に国とゼネコンの交渉で済む方式も採用。当初計1680億円だった工事の随意契約は変更が相次ぎ、昨夏までに倍増した。

 基地の工期は残り3年程度。今秋にも滑走路が姿を現す見通しだ。米軍空母艦載機の陸上離着陸訓練を硫黄島(東京都)から移転する「日米合意」に向け、周到な準備が進む。過去に防衛省の工事を経験した建設業者は言う。「旗を立てる日は決まっている。実現のためには何でもする組織だ」

(連載「基地着工1年 安保激変@馬毛島」1回目より)

馬毛島で使う消波ブロックの製造現場=17日、いちき串木野市

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