創業70年の歴史に一旦幕、2月に休館。文豪に愛された「山の上ホテル」の歴史と隠された名所、今味わうべきスイーツとは?

今回の記事の舞台は、1954年に開業した「山の上ホテル」(御茶ノ水・神田)。本の街として知られる神田の街にあり、川端康成や池波正太郎などの作家をはじめとした「文化人」に愛されたホテルです。食にこだわるホテルとしても名高く、ufu.でも何度か名スイーツを紹介してきました。

創業70周年を迎える2024年2月中旬、建物の老朽化に伴い、長期的な視点に立って今後のあるべき姿を検討するため、休館することを発表。今回の記事では、休館前のスぺシャル企画として、その建築や知られざる見どころと、今こそ食べるべき伝統のスイーツを徹底取材しました!

実は「生活」の改善のための女子教育施設だった?至るところに歴史が詰まる

「山の上ホテル」は、戦後、高度経済成長期がはじまる1954年に開業。建物自体は1937年に建てられ、「生活」の改善研究や、西洋の生活様式などを啓発する女子教育を担う施設として使われていました。その後、GHQの接収を経て、1954年1月に現在のホテルの姿になりました。

度重なる改修・改装によって当時のまま残る部分はほとんどないそうですが、2019年のリニューアルの際、特徴的だったアール・デコ様式の部分をいくつか復元。至るところが幾何学模様で彩られた美しい空間になっています。

例えば、階段の下や巾木(壁の下の部分)にはめ込まれた幾何学模様のタイル。この階段の1段目は、創業当時のまま残る数少ない部分なのだそう。

また、五芒星のテラゾー床もアールデコ様式を復元させた部分のひとつ。リニューアル工事の際、カーペットをはがしたところ発見された意匠なのだとか!

上から見た螺旋階段。黒と赤のコントラストが鮮やか

また、このホテルで有名な場所のひとつが螺旋階段。上から見おろすとぐるぐると渦巻き状になっていて、写真映えするスポットです。(※宿泊者限定)

そして、文化人好きにぜひ訪れてほしいのが、数多くの作家が集まっていたロビー。常連だった作家の絵画やオブジェで彩られています。メールやFAXで原稿が送れなかった時代には、原稿を待つ編集者で溢れかえっていたというエピソードもあります。

当時のまま残されている机の横の本棚の中には、山の上ホテルの常連だったという伊集院静や田辺聖子の書籍が並んでいました。

文豪たちに愛された喫茶室「コーヒーパーラー ヒルトップ」

6つの飲食店に1つのパティスリーと、様々な美食が集う山の上ホテル。その中でも1980年開業の「コーヒーパーラー ヒルトップ」は、多くの作家が息抜きや打ち合わせに利用した喫茶室としても有名です。

カップやお皿、シャンデリアなどは、創業当時の社長・吉田俊男氏の奥様チョイスのものなのだとか。統一されたブランド品を使用するのではなく、一つ一つお気に入りを集めたぬくもりある雰囲気は、個人経営のホテルならでは。

名物は「水出しアイスコーヒー」。手作業で12時間かけて丁寧に抽出させたクリアで雑味のない味わいには、ファンも多数。このレトロな抽出器も見どころで、いちばん近い席には作家・池波正太郎さんがよく座っていたのだとか。

店内に飾られている絵画は、池波正太郎さんの作品

常連だった池波正太郎さんは、お客さんが少ない落ち着いた時間に来ては、店員さんとのおしゃべりを楽しんでいたのだそう。手間ひまかけた食事やスイーツ、丁寧な接客からにじみ出るもてなしの心が、作家たちの心に響いたのかもしれません。

歴史と共に受け継ぐ。今食べるべき伝統のスイーツたち「コーヒーパーラー ヒルトップ」「ホテルショップ ヒルトップ」

「コーヒーパーラー ヒルトップ」は、開業当時から大幅にメニューを変えることはなく、クラシックなメニューを少しずつ刷新してきたのだそう。休館前の今味わうべきスイーツについて、ペストリーシェフの安﨑さんにお話をお聞きしました。

まずは昔からメニューに入っていたもののひとつで、今1番人気の「山の上ホテルの プリンアラモード」(2000円)。

低温で長時間焼いて仕上げた固めプリンはコク深く、さっぱりとしたバニラアイスと相性抜群。「2019年の復刻リニューアルのとき、初代料理長のレシピをもとに、当時の味を知る総支配人と一緒に現代版にアップデートしました」と安﨑シェフ。

こちらも開業当時から提供し、2019年に復刻した「伝統のババロア」(1500円)。ドレスの裾が広がるような美しいフォルムに、思わず惚れ惚れしてしまう逸品。

ぐるりと飾られたアラベスク模様のような美しいソースは、安﨑シェフの考案で2019年に加えられた部分。ババロアの生地はまったりと濃厚でありながら、口の中でスッと溶け、後味は軽やか。名物の「水出しコーヒー」とぜひ味わってみてください。

また「ホテルショップ」でテイクアウトできる手土産スイーツも銘品揃い!

「山の上レモン」(左、1個¥330)は、フレッシュレモンを塩でもみ洗いし、果汁を絞るところから手作り。レモンの香りが余韻に残る、爽やかな味わいです。「山の上マロン」(右、1個¥330)はフランス産の高級マロングラッセをしのばせた、ダイレクトに栗の味わいが楽しめる逸品。
どちらも、安﨑シェフの「見た目と味が同じであることが、“美味しい”の条件」というスタンスが活かされたヒット商品です。

そして外せないのは、2010年に安﨑シェフが「農林水産大臣賞」を受賞したロールケーキを更に磨き上げた「山の上ロール」(1本1944円)。千葉産のフレッシュな生クリームを、新潟県産の米粉を使用したしっとりふわふわ生地で巻いています。
卵がしっかりと感じられる味わい、口の中で生地とクリームが一緒に溶けるくちどけがたまらなく、まさにシンプルイズベスト。

2024年2月13日休館予定。足を運ぶなら今!

休館期間は未定だそうですが、決まりしだい改めて公表するとのこと。2024年1月の取材時点では、山の上ホテルの味を今のうちに味わっておきたいと、朝から並ぶ人々が大勢いらっしゃいました。

70年歩んできた歴史が、食にも建築にも散りばめられた「山の上ホテル」。ぜひ休館前に足を運んで、その物語を味わってみてください。

About Shop
コーヒーパーラー ヒルトップ
東京都千代田区神田駿河台1-1 山の上ホテル B1F
営業時間:11:30 ~ 21:00(20:00LO、ドリンク20:30LO)
定休日:なし

photo/Cream Taro Writing/Nanako Maeda

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