小曽根真、新トリオでの新作『Trinfinity』を語る

©Takumi Saitoh

小曽根真の新作『Trinfinity』は、小川晋平(ベース)、きたいくにと(ドラムス)という若い世代の二人をトリオのメンバーに起用した意欲作だ。新しいトリオ、そしてアルバムについての話を伺った。

――小曽根さんは今まで錚々たるミュージシャンたちとトリオで演奏してきました。今回、若手の二人を起用した理由はありますか?

 「取りたてて若い人と組みたい、と思っていたわけではないのですが、“From Ozone Till Dawn”のプロジェクトで若いミュージシャンたちと付き合って行く中で、やはり自分自身が刺激をすごく受けているな、それが自分の演奏に出てきているな、と改めて実感しました。

特に、(小川)晋平、(きたい)くにとと3人でやったときのケミストリーが、自分の中ではしっくり来たんです。それでいくつか一緒にコンサートをやってみたら、彼らが僕の音楽を自分たちの中でちゃんと咀嚼して自分たちの言葉で表現してくれた。だったらこれは形を固めてトリオを作ってみよう、と決めたんです。ですので、基本的には一緒にやった音楽がよかったから、ということですね」

©Takumi Saitoh

――彼らと一緒にトリオをやる上でのおもしろみや楽しさはどんな点ですか?

 「おもしろみというのは、僕が想像しなかったことが返ってくることですね。それを聴いた僕がどう返すか、というのがとてもおもしろい。あとは、彼らが僕の音楽を通じて、やるべきことに気づいてくれる、という点です。先輩として先を歩いている人間は、そうやって大事なことを伝えていくべきだ、と僕は思うんです。

僕は学生のときは、オスカー・ピーターソンみたいに超絶技巧で弾いて、お客さんが喜んでくれたらそれでいい、とだけ思っていました。ところがその頃ゲイリー・バートンに出会って、音楽でどうやって話すのか、もっと大事なのは音楽をどうやって聴くのか、音楽の何を聴いているのか、聴いたことを物語として紡いでいけるのか、ということを教わりました。僕はバートンに、ジャズを演奏すること、セッションをすることの本当の意味を教わったんですね。それが僕にとっては本当にかけがいのない経験でした」

 ――先人が後輩に大事なことを教えるんですね。

 「若い人たちの中にも技術的に上手い人がたくさんいるし、自分たちなりにやりたい音楽を模索していることは素晴らしいと思います。でも、昔は誰でも最初はサイドメンとして始めましたよね。ハービー・ハンコックもチック・コリアもマイルス(・デイヴィス)のところにいましたし、エリック・ミヤシロもバディ・リッチのバンドで、ドラムとリード・トランペットがどうやってバンドのサウンドを作っていくかを教わったんだと思います。エリックはそれを後進に伝えたいと思って実践しているし、僕もそうなんです」

――ジャズは即興のやり取りの音楽ですね。そこで大事なことというのは…

 「セッションというのは、単にチャンバラをやることじゃないよ、とね。でもまずチャンバラの楽しさを知らないと次に行けない、つまり上手くないと次に行けないのは確かです。でも、上手くなってその先どう進んで良いのか戸惑っている演奏をする人は少なくない。

大事なのは、音楽を題材にして自分を見せてお客さんを喜ばせることではなくて、音楽で共演者と深い会話をすること、自分に聞こえてきた音楽を正確に再現することです。特にジャズという即興の音楽では、それはすごく大事なんだ、ということを僕は教わりました。それを実行するのはとても怖いことですよ。そういう、ジャズをプレイすることの基本の部分を、このトリオで彼らと共有できたらすごく嬉しい、と思います。

僕が思う「本物のジャズの言語」が話せるようになると、これは海外に行っても、言葉が通じなくても通用するんですよ。そうなると、国境を超えて、肌の色を超えて、性別を超えて、全ての壁を超えてつながることができる。音楽の中で何が大切なのかってことをシェアできれば、もっと自由になれるんです。そういうことを、僕はこの二人とシェアしていきたいと思っています。それを二人に伝えつつ、僕の方は彼らから返ってくる答えがおもしろいという、ミューチュアルな両面交通なんですよ」

 ――小曽根さんから彼らへの具体的な要求やダメ出しというのは、たとえばどんなことについてですか?

「先日バラードを演奏したのですが、特にバラードって隠れ場所がない。例えば、僕が弾いているときにベースが入ってきたとして、それが仮に音楽理論的には正しい音でもそれまで僕が話してきた物語から何か感じていなければ、そのベースの音は異質のものになってします。

ドラムも然り。バラードだからブラシを使う、ではなく今その瞬間に紡がれているメロディやハーモニーを聴いて何かを感じたドラマーがその思いを表現するためにブラシなのか、スティックなのか、マレットなのか?を自分で決めてドラムという楽器にしか出せない音楽を紡ぐ。その気持ちを感じるアンテナを持たないとダメだし、自分が足りないと思ったら、いろんなものを聴きに行って学ばなくてはいけないしね」

 ――うーん、厳しいですね。

「でも、そのときに彼らがすごいのは、リハーサルが終わったときに、“こんなに緊張してバラードを弾けるトリオって他にないですね”って、微笑みながら言うんです。それ、いいの?って訊いたら“いや、最高っすよ、怖いけど”って。本当に自分が精魂込めてやっているという実感があるんだと思います。

だから、本当はそんなに簡単に音を出しちゃいけないんだよね。出ている音が、すべて自分が聞こえている音です、っていうぐらいに責任を持って音を出していくことが大事で。じゃあ、その音をどうやって決めていくかというと、今その瞬間に鳴っている音楽を聴いて決めるしかない。だから僕は、自分の感覚を信じることを教えているんじゃないかと思います。そういうトリオを僕は作っていきたい」

――ところで『Trinfinity』には、トリオ以外にゲスト・ミュージシャンが参加している曲がありますね。まずは19歳のアルト・サックス奏者、佐々木梨子さんが「ザ・パーク・ホッパー」に参加しています。

「いやー、すごい時代が来ました。19歳でこんな演奏をするなんてね」

――この曲には世界的ビッグネームと言っていいダニー・マッキャスリンさんがテナー・サックスで梨子さんと共演しています。おもしろいのは、ダニーさんが梨子さんの即興に反応しているように聞こえるところですね。

「そうかもしれませんね。ある意味、すごく対照的なことをやったりしてるし、触発されている感じがします。ダニーも彼女のことを素晴らしいいって言ってました。実はあの曲は難しいんですよ。僕自身もアドリブするのに四苦八苦するような曲なのですが、相当練習してきたみたいです。彼女はスウィングの乗り方が本物。ビバップを相当聴き込んでないとできない、大人のスウィング感がありますね」

© Naoyasu Mera

――小川晋平さんの曲「エチュダージ」にはパキート・デリベラさんがクラリネットで、二階堂貴文さんがパーカッションで参加しています。

「曲が出来上がってトリオで演奏したらパキートのクラリネットが聞こえてきて、レコーディングにパキートが来てくれないかな、って言ったら、晋平の顔が変わって“マジっすか”ってね。それで、パキートにメールを送ったらすぐに“もちろん!”って返事が来ました」

© Naoyasu Mera

――小川さん、このアルバムで2曲書いてますね。

「晋平は素晴らしい作曲家です。なかなかこんな曲、書けないですよ。曲を書くのはミュージシャンにとって大事なことなので、ドラムのくにとにも曲を書くように勧めています」

 ――曲を作るってことは、即興演奏にもいい影響がありますか?

 「そうですね。僕は20代の頃チックに、自分のスタイルを作るのにどうすれば良いのでしょうか?って訊いたことがあります。そうしたら”コンポーズ”って言われました。自分のアドリブの話なんだけど、って返したら、だからコンポーズだ、自分の曲を作ると、アドリブでも自分のスタイルが絶対に出るようになる、と」

 ――そうなんですね。小曽根さんのお話を伺っていると、音楽の奥深さをいつも痛感します。

「“ジャズを演奏する”ということは、共演者と一緒に音楽の旅をして、コンマ1秒の単位で会話するということだと思っています。僕は、ドラムにもベースにも所謂“伴奏”をしないでくれ、僕にメトロノームは必要ないよ、と言っています。そうじゃなくて、音楽の旅を一緒にして、音で深い話をすることができればいい、といつも思っています」

<YouTube:The Path

Written By 村井 康司

【リリース情報】

小曽根真『Trinfinity』
2024年1月24日(水)発売
SHM-CD:UCCJ-2232 ¥3,300 (税込)
https://Makoto-Ozone.lnk.to/Trinfinity

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